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『法具店アマミ』再出発編 第十章 店主が背負い込んだもの
店主 昔語り 巣立ちまで
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「……幼稚園に入った頃かな……。あぁ、毎朝ここに来るチビ共と同じ年代になった頃かな。たまたま親父の仕事の区切りが出来てよ。近くのおもちゃ屋に連れてってもらったんだ。んなこと滅多になかったんだよな。だから相当興奮してた」
「仕事をするお父さんも、一緒に遊んでくれるお父さんも好きだったのね。兄弟は?」
「いねぇよ。俺は一人っ子だった。だから何やるにも一人。そこで久々に親父と一緒に連れてってもらったもんだから、それだけでもうれしくてな。だが、面白そうなおもちゃはそこになかった」
楽しい所に連れて行ってもらえる楽しみが、その行先にはどこにもなかった。
期待を裏切られた時の喪失感は、見える世界が狭ければ狭いほど大きいものである。
まだ世界の広さも社会の広さも知らない子供時代であるならば、その程度が些細なことであってもなおさらである。
「よほどお父さんの仕事が好きだったのね」
「キラキラ輝く物が気に入ってたんだろうな。だが輝く物でなくても目を奪われた物がその店にあった。碁石だよ。黒光りってのかな。それと横から見た膨らみが存在感を押し付けてきてな」
「テンシュが闘……碁が強いのは……」
「あぁ。俺の興味が、石けりや石投げからそっちにうつった。おもちゃ屋においてある物のほとんどはたかが知れてるモンだったが、一組本物があってな。見惚れちまって以来そっちにのめった。けど強くなるためじゃねぇ。本物に触りたかったから。それだけ。だがそんな本物になかなか触る機会もない。けど……初めて触った時、ほかの物と、やはり、いろいろ違ってた。力が分かるきっかけって、そこだったかもしんねぇな」
子供の手のひらよりも小さくて、それでも油断したら手のひらを突き抜けるんじゃないかと思えるような重量感がそこにあった。
そう言う店主の昔を懐かしむ顔は穏やかである。
子供の頃の店主の顔を、その中から見つけられるだろうか。
そんなことを思い、セレナはその表情を見つめながら店主の話に耳を傾ける。
「この世界の宗教は天流教っつったっけか。こっちでは仏教だの神道だの、いろいろあってな。それに使う道具……神具仏具を卸したり製造したりする店を代々やってたんだよ。使用する素材は木が多かった。その中でちょこっとしか使わない宝石があってな同じ石って聞いてびっくりしたっけな」
「宝石に拘ってたから、興味を持ったのも宝石が先かと思ってたんだけど」
「透明色の宝石とガラスの破片の違いが分かるような子供じゃなかったからな。見てるだけより触ったり使ったり遊んだりできる物の方に関心は向くさ。だがその違いが分かるようになってからは親父の仕事よりも宝石の方に夢中になった。いろんな種類があることも知ったしな」
しかしその穏やかな店主の表情は長続きしなかった。
店の後を結果としては継いだものの、次第に強く関心を示す先は父親の仕事から宝石に替わる。
それを期待する父親は宝石職人になる決意を固めた息子に、同じ物作りの道に進む者としていつかはまた重なることがあるであろうことを期待しながら、励まし力強く見送った。
期待を裏切ってしまった。
そんな重荷を感じつつ、家族に余計な心配をかけまいと学業に就いている間にもそのための準備も怠らず整え、そして学業を終えてからは独立。そして独学で宝石職人の道を歩き始めた。
「でも夢を叶えようとする行動力はすごいと思うよ? お父さんも誇りに感じてたんじゃないかな」
「今だからそう思えることさ。けどどうしてもやりたかった。俺しかできなかったからな」
俺しかできない。
その言葉の意味を掴みかねるセレナ。
「石のことが分かるって力だよ。もっとも当時は勘が冴えるとしか思えなかったがな。石の力を見ることが出来るなんて、どんな中二病だよって話さ」
「中二……あぁ、テンシュが持ってきた本の中にもその解説めいたのがあったね。妄想に浸るなんてかわいいもんじゃない。でもテンシュの場合は、本物だったんだもんね」
将来の夢を目標にして、大成するか挫折するか諦めるか。だれだってその先の事はまったく見えない。
後々になって笑い話に出来るのは、どんな結果を迎えたとしても生活を安定させる程度には生きるすべを得た者だけである。
「結果良ければすべて良しって、テンシュが持ってきた本にもあったよね」
「そうだと良かったんだがな。だがあの頃は自分の成長しか考えてなかった。それしか考えられなかった」
店主の眉間に皺が刻まれる。
「仕事をするお父さんも、一緒に遊んでくれるお父さんも好きだったのね。兄弟は?」
「いねぇよ。俺は一人っ子だった。だから何やるにも一人。そこで久々に親父と一緒に連れてってもらったもんだから、それだけでもうれしくてな。だが、面白そうなおもちゃはそこになかった」
楽しい所に連れて行ってもらえる楽しみが、その行先にはどこにもなかった。
期待を裏切られた時の喪失感は、見える世界が狭ければ狭いほど大きいものである。
まだ世界の広さも社会の広さも知らない子供時代であるならば、その程度が些細なことであってもなおさらである。
「よほどお父さんの仕事が好きだったのね」
「キラキラ輝く物が気に入ってたんだろうな。だが輝く物でなくても目を奪われた物がその店にあった。碁石だよ。黒光りってのかな。それと横から見た膨らみが存在感を押し付けてきてな」
「テンシュが闘……碁が強いのは……」
「あぁ。俺の興味が、石けりや石投げからそっちにうつった。おもちゃ屋においてある物のほとんどはたかが知れてるモンだったが、一組本物があってな。見惚れちまって以来そっちにのめった。けど強くなるためじゃねぇ。本物に触りたかったから。それだけ。だがそんな本物になかなか触る機会もない。けど……初めて触った時、ほかの物と、やはり、いろいろ違ってた。力が分かるきっかけって、そこだったかもしんねぇな」
子供の手のひらよりも小さくて、それでも油断したら手のひらを突き抜けるんじゃないかと思えるような重量感がそこにあった。
そう言う店主の昔を懐かしむ顔は穏やかである。
子供の頃の店主の顔を、その中から見つけられるだろうか。
そんなことを思い、セレナはその表情を見つめながら店主の話に耳を傾ける。
「この世界の宗教は天流教っつったっけか。こっちでは仏教だの神道だの、いろいろあってな。それに使う道具……神具仏具を卸したり製造したりする店を代々やってたんだよ。使用する素材は木が多かった。その中でちょこっとしか使わない宝石があってな同じ石って聞いてびっくりしたっけな」
「宝石に拘ってたから、興味を持ったのも宝石が先かと思ってたんだけど」
「透明色の宝石とガラスの破片の違いが分かるような子供じゃなかったからな。見てるだけより触ったり使ったり遊んだりできる物の方に関心は向くさ。だがその違いが分かるようになってからは親父の仕事よりも宝石の方に夢中になった。いろんな種類があることも知ったしな」
しかしその穏やかな店主の表情は長続きしなかった。
店の後を結果としては継いだものの、次第に強く関心を示す先は父親の仕事から宝石に替わる。
それを期待する父親は宝石職人になる決意を固めた息子に、同じ物作りの道に進む者としていつかはまた重なることがあるであろうことを期待しながら、励まし力強く見送った。
期待を裏切ってしまった。
そんな重荷を感じつつ、家族に余計な心配をかけまいと学業に就いている間にもそのための準備も怠らず整え、そして学業を終えてからは独立。そして独学で宝石職人の道を歩き始めた。
「でも夢を叶えようとする行動力はすごいと思うよ? お父さんも誇りに感じてたんじゃないかな」
「今だからそう思えることさ。けどどうしてもやりたかった。俺しかできなかったからな」
俺しかできない。
その言葉の意味を掴みかねるセレナ。
「石のことが分かるって力だよ。もっとも当時は勘が冴えるとしか思えなかったがな。石の力を見ることが出来るなんて、どんな中二病だよって話さ」
「中二……あぁ、テンシュが持ってきた本の中にもその解説めいたのがあったね。妄想に浸るなんてかわいいもんじゃない。でもテンシュの場合は、本物だったんだもんね」
将来の夢を目標にして、大成するか挫折するか諦めるか。だれだってその先の事はまったく見えない。
後々になって笑い話に出来るのは、どんな結果を迎えたとしても生活を安定させる程度には生きるすべを得た者だけである。
「結果良ければすべて良しって、テンシュが持ってきた本にもあったよね」
「そうだと良かったんだがな。だがあの頃は自分の成長しか考えてなかった。それしか考えられなかった」
店主の眉間に皺が刻まれる。
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