250 / 290
『法具店アマミ』再出発編 第十章 店主が背負い込んだもの
店主 昔語り
しおりを挟む
何かをした覚えがない。実際したことがない。
そんなことをしたと断定されれば、無意識のうちにそれをしたのだろうかと自分を疑ったり、相手は夢の中の出来事を語っているのだろうかと疑う気持ちが生まれたりするものである。
「泣いていた」とセレナから言われた店主は、いつ、どこで泣いていたか一瞬考える。
変な薬でも飲んだか、頭をどこかで強く打ったか何かしたかと店主は決めつける。
「……男が泣いていい条件は三つある。親が死んだ時、全財産が入った財布を落とした時、足の小指をタンスの角に力いっぱいぶつけた時。それ以外は泣いちゃダメとは言わんが、あまり泣くもんじゃないな」
「あのね」
セレナは顔を上げて店主の横顔を見つめる。
「泣く行為は、涙を流した時とは限らないんだよね」
店主の目に、本の文字は全く入らなくなった。
「ずっと一人で冒険者してた。どこかのチームの助っ人に行ったりもしたんだよね。自分に余裕がある時は、そんなメンバー達が何に対してどう思っているかを思いやることが大切になっていった。冒険者としての仕事の中での知恵だよね」
日常ではなかなかそれを活かせないんだけどね、と申し訳なさそうな顔をしながらも、その表情には笑みが浮かぶ。
それは店主も分かっている。初めてあった頃は散々振り回された。少しでもセレナに思いやりの気持ちがあったなら、あそこまでとげとげしくしていただろうか。
「そんな風に考えることが出来ちゃった。そしたら、テンシュ、泣いてたのが見えちゃった」
本を持って上に上げた腕が疲れてきた店主はパタンと音を出しながら本を閉じ、ベッドのヘッドボードの棚に置いた。
「でも何回もテンシュ言ってたよね。涙は自分で拭けって。だから慰めるつもりはないよ。けど……」
両手を布団の中に入れて目を閉じる。
時間も時間。もう寝ようとする店主だが、それでもセレナは話を続ける。
「けど、テンシュは何かを体験したんだよね。それで泣いてた。そしてその体験は今も生かされてる。それは私にも、私達にも必要なものだって思うの」
「……前にも同じことを言ったと思うが、何にもねぇよ。話せることは何もない」
「それは、テンシュがそう思ってることだよね? 私は、私に必要なことがそこにあるって思ってる。だって……あんな顔見ちゃったからね……」
今回はセレナは引く気はないらしい。
眠らせるつもりもないことを店主は感じとる。
「……好かれてる、か。……失敗を取り返しもできてりゃいつまでも囚われることはないと思うんだが、こんな風に付きまとわれるなんてこともなかったかな」
ゆっくりと息を吸い込み、深く吐く。
「俺がに、石の力が見えるなんてことがなきゃ、もう少しまともな人生になってたかもしれなかった」
「でも、その力を持ったテンシュに、私は助けられたんだよ。何回もおんなじこと言ってるけど、本当に有り難かったし、うれしかったよ」
「だが、その力で、俺は尊敬する兄弟子を追い出しちまった」
目をつぶったまま、店主は噛みしめるように言葉を出す。
セレナには店主のその表情は泣いているように見えた。
何度も聞きたいと思った店主の昔話。
しかしセレナはせがんだりせかしたりせず、店主からの言葉を待った。
いつからだろうか、いつの間にかその力は身に付いていた。
しかし物心がついた頃からという古い話ではない。
彼の仕事は、父親の背中を見て憧れた。
店主の職場である『法具店アマミ』も、自分の店だった『天美法具店』も、基本的には定休日はない。それは父親の仕事の姿勢の影響である。だから家族と一緒に出掛けるようなことはなかった。
「だからと言って、つまらないとは思わなかった。だが同じ年の子供達はどこかに遊びに連れて行ってもらったようだったから、そんな話題にはついていけない。友人が少なくなってくのも道理だよな」
「……遊び相手も少なくなったんじゃない?」
父親の仕事を見るのが楽しかった店主は、退屈になったら外で一人遊びをしていた。
しかしその力を持ち始めたきっかけがそれだったかもしれない。
「石だたみやコンクリートっていう地面に、石でひっかいて落書きしたり、石けりして遊んでたことが多かったな。一人で遊んで楽しむんだ。楽しいと感じりゃ人の目からどう見られても構わない子供時代だった」
「私も、川の水面に向かって石を投げたりしてたよ。投げた石が水面をはじいて向こう岸まで届いた時には大はしゃぎしたっけ」
「住む世界が違っても、やることは変わらねぇな」
セレナは店主の横顔に、久々に笑みを見た気がした。
そんなことをしたと断定されれば、無意識のうちにそれをしたのだろうかと自分を疑ったり、相手は夢の中の出来事を語っているのだろうかと疑う気持ちが生まれたりするものである。
「泣いていた」とセレナから言われた店主は、いつ、どこで泣いていたか一瞬考える。
変な薬でも飲んだか、頭をどこかで強く打ったか何かしたかと店主は決めつける。
「……男が泣いていい条件は三つある。親が死んだ時、全財産が入った財布を落とした時、足の小指をタンスの角に力いっぱいぶつけた時。それ以外は泣いちゃダメとは言わんが、あまり泣くもんじゃないな」
「あのね」
セレナは顔を上げて店主の横顔を見つめる。
「泣く行為は、涙を流した時とは限らないんだよね」
店主の目に、本の文字は全く入らなくなった。
「ずっと一人で冒険者してた。どこかのチームの助っ人に行ったりもしたんだよね。自分に余裕がある時は、そんなメンバー達が何に対してどう思っているかを思いやることが大切になっていった。冒険者としての仕事の中での知恵だよね」
日常ではなかなかそれを活かせないんだけどね、と申し訳なさそうな顔をしながらも、その表情には笑みが浮かぶ。
それは店主も分かっている。初めてあった頃は散々振り回された。少しでもセレナに思いやりの気持ちがあったなら、あそこまでとげとげしくしていただろうか。
「そんな風に考えることが出来ちゃった。そしたら、テンシュ、泣いてたのが見えちゃった」
本を持って上に上げた腕が疲れてきた店主はパタンと音を出しながら本を閉じ、ベッドのヘッドボードの棚に置いた。
「でも何回もテンシュ言ってたよね。涙は自分で拭けって。だから慰めるつもりはないよ。けど……」
両手を布団の中に入れて目を閉じる。
時間も時間。もう寝ようとする店主だが、それでもセレナは話を続ける。
「けど、テンシュは何かを体験したんだよね。それで泣いてた。そしてその体験は今も生かされてる。それは私にも、私達にも必要なものだって思うの」
「……前にも同じことを言ったと思うが、何にもねぇよ。話せることは何もない」
「それは、テンシュがそう思ってることだよね? 私は、私に必要なことがそこにあるって思ってる。だって……あんな顔見ちゃったからね……」
今回はセレナは引く気はないらしい。
眠らせるつもりもないことを店主は感じとる。
「……好かれてる、か。……失敗を取り返しもできてりゃいつまでも囚われることはないと思うんだが、こんな風に付きまとわれるなんてこともなかったかな」
ゆっくりと息を吸い込み、深く吐く。
「俺がに、石の力が見えるなんてことがなきゃ、もう少しまともな人生になってたかもしれなかった」
「でも、その力を持ったテンシュに、私は助けられたんだよ。何回もおんなじこと言ってるけど、本当に有り難かったし、うれしかったよ」
「だが、その力で、俺は尊敬する兄弟子を追い出しちまった」
目をつぶったまま、店主は噛みしめるように言葉を出す。
セレナには店主のその表情は泣いているように見えた。
何度も聞きたいと思った店主の昔話。
しかしセレナはせがんだりせかしたりせず、店主からの言葉を待った。
いつからだろうか、いつの間にかその力は身に付いていた。
しかし物心がついた頃からという古い話ではない。
彼の仕事は、父親の背中を見て憧れた。
店主の職場である『法具店アマミ』も、自分の店だった『天美法具店』も、基本的には定休日はない。それは父親の仕事の姿勢の影響である。だから家族と一緒に出掛けるようなことはなかった。
「だからと言って、つまらないとは思わなかった。だが同じ年の子供達はどこかに遊びに連れて行ってもらったようだったから、そんな話題にはついていけない。友人が少なくなってくのも道理だよな」
「……遊び相手も少なくなったんじゃない?」
父親の仕事を見るのが楽しかった店主は、退屈になったら外で一人遊びをしていた。
しかしその力を持ち始めたきっかけがそれだったかもしれない。
「石だたみやコンクリートっていう地面に、石でひっかいて落書きしたり、石けりして遊んでたことが多かったな。一人で遊んで楽しむんだ。楽しいと感じりゃ人の目からどう見られても構わない子供時代だった」
「私も、川の水面に向かって石を投げたりしてたよ。投げた石が水面をはじいて向こう岸まで届いた時には大はしゃぎしたっけ」
「住む世界が違っても、やることは変わらねぇな」
セレナは店主の横顔に、久々に笑みを見た気がした。
0
お気に入りに追加
270
あなたにおすすめの小説
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる