237 / 290
環境変化編 第九章:自分の力で根を下ろす
事情説明
しおりを挟む
店主は、寝苦しい夜が終わった朝を迎えた。
──────────────
昨夜の無理矢理浴室に連れ込まれた仕返しとばかりに、セレナは風呂上がりに寝間着に着替えた後、ベッドの上で店主に覆いかぶさった。
店主が理解できない大陸語で何やら話すが、店主は単語一つだけ聞き取れた。
その単語は「ぬいぐるみ」。
ぬいぐるみ自体ないのでぬいぐるみに該当する大陸語はない。日本語そのまま発音されたため店主も聞き取れた。
察するに、久々に寝る時の相棒であるぬいぐるみと一緒に眠る予定がそれどころではなくなってしまった。
その代わりになれと言ったのだと店主は解釈する。
そしてセレナは店主の体に両手を絡ませたままセレナは眠ってしまう。
が、その手の力は意外に強く、店主は解くことが出来ない。
楽な体勢になりたくてもなかなか動くことが出来ない。
[お、お前なぁ……、もう少し離れろよ……。……子供かよこいつは。ま、いっか]
笑みを浮かべて閉じている目から、かすかに涙が浮かんでいる。
そんなに近すぎてはいない彼女の寝顔を見た店主は何も言えなくなった。
─────────────
「不機嫌な顔してるねぇ。まぁ大体の予想はついてるけどさぁ」
「気持ちは分からんでもねぇけどな」
「ここは集会所でもなきゃ、寄り合いの会場でもないんだけどね」
『風刃隊』のミールが店主を顔を見て呟き、ギースがそれに同意する。
しかし不機嫌な顔をしているのは店主だけではない。
院長のジムナーも苦い顔をしている。
噂が広まったということもあるのだが、『風刃隊』からも情報を得た常連たちや世話になった冒険者チームが店主の病室に押しかけて、室内ほぼすし詰めの状態。来訪者は廊下にまであふれかえっている。
ライリー、ホールスも駆け付け、シエラには泣かれて叩かれる。
事情を説明する前から店主はもみくちゃにされる。
不機嫌むき出しになるのも仕方のないことだろう。
そして気まぐれで自分勝手な行動をとることもあった店主も流石にこのままではまずいと思ったのか、ジムナーから許可をもらい待合室の隅の方に移動する。
「えーと、先に皆に言う必要があるのは……。セレナ、今の文法と発音、ヘン?」
「大丈夫。聞きやすかった」
今までは店主はこの世界の者達と会話する中で、ウルヴェスから授かった力によって日本語並びに日本で通する外来語とこの世界の大陸語の相互自動通訳の効果の恩恵を受けていた。
しかしこの世界で貸しは作りたくない店主は、その力に甘えっぱなしにならず、自力でこの世界の言葉を身につける努力を普段から続けていた。
その効果がようやく現れた形になる。
そんな店主の話に、傍に居るセレナの補足が加わる。
まだ物の言い回しや強調したいところを変えるための文法の変化に不自由なところはあるが、周囲に思いを伝えるには十分のようだった。
「言葉が不自由になった。今までの俺の話の仕方が違うと思う。今までは法……クソジジィが押し付けた力の効果だ」
「テンシュ……そこは言い直さなくていいんじゃない? えっと、クソジジィってテンシュは言ってるけど、法王のウルヴェス猊下のことだから」
セレナの詳しい説明で一同がざわめく。
法王に向かってクソジジィ呼ばわりとは相変わらずという関心の声と、いつ法王と知り合ったのかという疑問があちこちから聞こえる。
「巨塊討伐でこいつが倒れたのは知ってるだろう?」
「私が国からの調査員達と一緒に洞窟で意識不明になった時の話。あの時はみんなに迷惑かけたわ。改めて礼を言うわ。いろいろありがとう」
「俺にとってはそれで話は終わり。この世界と縁を切るつもりだったんだ。だがこの話に新たな登場人物が現れる。俺は別世界の人間だってことは知ってると思う」
この店主の一言で驚いたのは、その説明を聞いたことがないニィナと建具屋に手伝いに来る若い衆たち。そしてこの病院長のジムナーである。
「……ニィナさん、先生。黙っててごめんなさい。ここでの店は、昔とは切り離して始めたかったから」
「まぁいろいろ事情はあったんだろうよ。それより話を続けてくれねぇか? ジジィって、法王サマのことを言うなら見当違いだろうよ。若々しい女の人だろ?」
別世界の者である。
それを隠していたことを謝罪するが、初めて聞いた者達はニィナの意見に賛同する。
「助けたのはセレナだけじゃなかった。助かった者達は国の役員ということで、一番の責任者が礼を言いにきた」
「私のところに来たんだけど、テンシュはもう来ないつもりってことを猊下に伝えたんだけど、どうしてもって。店主の世界と行き来できるのは……私とテンシュなんだけど」
人族であることから『風刃隊』のワイアットにも往来出来るようにしたのだが、ここでは大した問題でもないだろうし余計な話で時間を無駄にしたくない。
「ついでに巨塊を何とかしたいという話をされた。巨塊の栄養を消す。生き物が少ない地下にいる。他の栄養は人の思いだそうだ。感謝祭を開く。その提案をした」
「バルダー村で感謝祭を毎年二回だっけ? やってるでしょ? あの発案者なの」
ベルナット村時代の店の常連でも、その話は知らない者もいたようだった。ニィナ達は『風刃隊』と初対面で弟のミュールと久しぶりの再会をした時に聞いていた。
驚きの声が方々から聞こえる。
──────────────
昨夜の無理矢理浴室に連れ込まれた仕返しとばかりに、セレナは風呂上がりに寝間着に着替えた後、ベッドの上で店主に覆いかぶさった。
店主が理解できない大陸語で何やら話すが、店主は単語一つだけ聞き取れた。
その単語は「ぬいぐるみ」。
ぬいぐるみ自体ないのでぬいぐるみに該当する大陸語はない。日本語そのまま発音されたため店主も聞き取れた。
察するに、久々に寝る時の相棒であるぬいぐるみと一緒に眠る予定がそれどころではなくなってしまった。
その代わりになれと言ったのだと店主は解釈する。
そしてセレナは店主の体に両手を絡ませたままセレナは眠ってしまう。
が、その手の力は意外に強く、店主は解くことが出来ない。
楽な体勢になりたくてもなかなか動くことが出来ない。
[お、お前なぁ……、もう少し離れろよ……。……子供かよこいつは。ま、いっか]
笑みを浮かべて閉じている目から、かすかに涙が浮かんでいる。
そんなに近すぎてはいない彼女の寝顔を見た店主は何も言えなくなった。
─────────────
「不機嫌な顔してるねぇ。まぁ大体の予想はついてるけどさぁ」
「気持ちは分からんでもねぇけどな」
「ここは集会所でもなきゃ、寄り合いの会場でもないんだけどね」
『風刃隊』のミールが店主を顔を見て呟き、ギースがそれに同意する。
しかし不機嫌な顔をしているのは店主だけではない。
院長のジムナーも苦い顔をしている。
噂が広まったということもあるのだが、『風刃隊』からも情報を得た常連たちや世話になった冒険者チームが店主の病室に押しかけて、室内ほぼすし詰めの状態。来訪者は廊下にまであふれかえっている。
ライリー、ホールスも駆け付け、シエラには泣かれて叩かれる。
事情を説明する前から店主はもみくちゃにされる。
不機嫌むき出しになるのも仕方のないことだろう。
そして気まぐれで自分勝手な行動をとることもあった店主も流石にこのままではまずいと思ったのか、ジムナーから許可をもらい待合室の隅の方に移動する。
「えーと、先に皆に言う必要があるのは……。セレナ、今の文法と発音、ヘン?」
「大丈夫。聞きやすかった」
今までは店主はこの世界の者達と会話する中で、ウルヴェスから授かった力によって日本語並びに日本で通する外来語とこの世界の大陸語の相互自動通訳の効果の恩恵を受けていた。
しかしこの世界で貸しは作りたくない店主は、その力に甘えっぱなしにならず、自力でこの世界の言葉を身につける努力を普段から続けていた。
その効果がようやく現れた形になる。
そんな店主の話に、傍に居るセレナの補足が加わる。
まだ物の言い回しや強調したいところを変えるための文法の変化に不自由なところはあるが、周囲に思いを伝えるには十分のようだった。
「言葉が不自由になった。今までの俺の話の仕方が違うと思う。今までは法……クソジジィが押し付けた力の効果だ」
「テンシュ……そこは言い直さなくていいんじゃない? えっと、クソジジィってテンシュは言ってるけど、法王のウルヴェス猊下のことだから」
セレナの詳しい説明で一同がざわめく。
法王に向かってクソジジィ呼ばわりとは相変わらずという関心の声と、いつ法王と知り合ったのかという疑問があちこちから聞こえる。
「巨塊討伐でこいつが倒れたのは知ってるだろう?」
「私が国からの調査員達と一緒に洞窟で意識不明になった時の話。あの時はみんなに迷惑かけたわ。改めて礼を言うわ。いろいろありがとう」
「俺にとってはそれで話は終わり。この世界と縁を切るつもりだったんだ。だがこの話に新たな登場人物が現れる。俺は別世界の人間だってことは知ってると思う」
この店主の一言で驚いたのは、その説明を聞いたことがないニィナと建具屋に手伝いに来る若い衆たち。そしてこの病院長のジムナーである。
「……ニィナさん、先生。黙っててごめんなさい。ここでの店は、昔とは切り離して始めたかったから」
「まぁいろいろ事情はあったんだろうよ。それより話を続けてくれねぇか? ジジィって、法王サマのことを言うなら見当違いだろうよ。若々しい女の人だろ?」
別世界の者である。
それを隠していたことを謝罪するが、初めて聞いた者達はニィナの意見に賛同する。
「助けたのはセレナだけじゃなかった。助かった者達は国の役員ということで、一番の責任者が礼を言いにきた」
「私のところに来たんだけど、テンシュはもう来ないつもりってことを猊下に伝えたんだけど、どうしてもって。店主の世界と行き来できるのは……私とテンシュなんだけど」
人族であることから『風刃隊』のワイアットにも往来出来るようにしたのだが、ここでは大した問題でもないだろうし余計な話で時間を無駄にしたくない。
「ついでに巨塊を何とかしたいという話をされた。巨塊の栄養を消す。生き物が少ない地下にいる。他の栄養は人の思いだそうだ。感謝祭を開く。その提案をした」
「バルダー村で感謝祭を毎年二回だっけ? やってるでしょ? あの発案者なの」
ベルナット村時代の店の常連でも、その話は知らない者もいたようだった。ニィナ達は『風刃隊』と初対面で弟のミュールと久しぶりの再会をした時に聞いていた。
驚きの声が方々から聞こえる。
0
お気に入りに追加
270
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる