上 下
485 / 493
邪なるモノか聖なるモノか

アラタ、法廷にて その6

しおりを挟む
「あー……っと、……どこから報告をすぺぇかなぁ……」

 いろんな情報を手に入れた。
 が、何も知らない者達に説明するには、まずは順序だてて話をせにゃ。

「まずは……接触を試みた相手は、人間二人の気配を感じたそのうちの一人であり、こいつからではない気配の持ち主、と……で、おそらくは、その防具にとりついているモノ、だな」

 場内がざわつく。
 屋外だから、音声も場内に響くことはないのだが、建物の壁に反射してるんだろうな。

「とりついている、ですか。呪われている、の間違いではないのですか?」

 そこだ。
 そこに大きな隔たりがある。

「……まず、この装備をつけた者すべてがこうなるとは限らない、ということが一つ」

 更にざわついている。
 黙って話続けさせろってんだ。

「それと……呪いの装備、とか言ってたよな? で、解呪してみた、と」
「あ、ああ。ですが、術者にも被告人にも、何の影響も出ませんでした」
「そこだ。装備した者の状態に異常をきたす。だが、ある種の目的があり、その目的が果たされ続けている、とも言える。そこにこいつへの利点があれば、必ずしもそれは呪いの装備とは言えない」
「え? いや、しかし!」

 狼狽えたのはアークスだけじゃない。
 傍聴席にいる全員はもちろん、裁判長まで驚いている。
 無理もないか。
 これはこうだ、と決めつけて疑わなかった定義がひっくり返されたんだからな。
 傍聴席からは、「やっぱり」とか「そうでなきゃおかしい」なんて声も聞こえてくる。
 術者の何人かも傍聴席にいるみたいだな。

「正気を失ったものが暴れて、無関係な者に害を加えた。その正気を失う元になったのは、その防具であることは明らかです」

 その主張は、間違ってはいない。
 間違っちゃいないが、正確かどうか。

「その憑りついた者の主張によれば、こいつ……被告人、でいいか。被告人を守ろうとした、ただその一点のみ。そして被害者が出た。その被害者の顔も名前も俺は知らんが、それはさておき」

 だから、こいつと接点を持ってた連中の、被害を受けた者と受けなかった者の違いは何なんだって話なんだがな。

「術者には何の被害もなかった。被害者は被害を受けた」

 被害を受けたから被害者っつーんだろうから、この物言いはちと変かもしれんが、今はさほど大した問題じゃなかろ?

「そしてそいつは、加害者……被告人を守ろうとした。ということは、そいつが何もしなければ、被告人は被害を受けていた、とも言える」
「それは……うん、まぁ、道理、ですね……」

 だろ?

「じゃあ私達の息子の怪我はどうしてくれるのよ! 明らかにその子は加害者でしょうが!」

 またも傍聴席最前列からの、女性からの怒声。
 野次馬がうるさい。

「うるせぇなぁ。俺はこの一件の事態の究明の協力を依頼されたから来て、分かったことを嘘偽りどころか脚色も偏見もなしにここで証言してるんだぜ? ケチ付けられないように証言するとしたら、そっちの方こそ嘘になって、ここで証言できなくなるんじゃねぇの?」

 この宣誓文があるんだ。
 俺には事実に基づいたこと以外の発言ができない、という制約が効くらしい。
 けど弥次馬どもには制約がねぇんだから気楽なもんだ。

「ならば、その防具に憑りついたものは一体何者なんです?」

 俺が聞きてぇし知りてぇよ。

「知らね。元人間で、冒険者で、回復役をしてたってことくらい。ただ、今の状態になったのは、遭難? した現場に現われた得体のしれない者の仕業。遭難の元になった件で非常に後悔して、そんな悲劇を繰り返さないようにしてる、つってたな。これがもう一つの情報」
「悲劇は繰り返されてるじゃないの!」

 またも野次馬。
 多分俺の発言の制限が解除されても、その声の女性とは会話にはならない。間違いなく。

「その悲劇は誰が作ったかってことじゃねえの? そういうことも知りてぇんじゃねぇの? こいつが有罪か無罪か、意見を聞きたいって依頼じゃなかったはずだぜ? 公平な立場から、事情を解明したいって話じゃなかったか? なぁ、あんた」

 アークスにも聞いてみる。
 名前を呼んだら、痛くもない腹を探られかねない。
 俺自身も立場を弁えないとな。

「そ、そうです。確かに、公平な、そして中立の立場での事態の究明の協力を仰ぎました。原告側、被告側いずれにも肩入れするようなことなく。だからこそ、名前も素性も報せませんでした。これは何度もここで述べたはずです」

 同じことを何度言ってやっても、聞こうとしない者、聞く気のない者からは文句が出る。
 もう完全に、因果関係とかはどうでもいいって思ってんだな。
 そして、結果を決め付けている。
 被告人は有罪で極刑とか。
 まぁあんたらはそれでよかろ。
 だが、彼女はそれを何百回も繰り返してんだ。
 つまり、あんたらの言う被害者が、この先も増え続けるってこった。
 だって、彼女についてはこれっぼっちも触れようとしてねぇんだからな。
 せいぜい解呪ぐれぇだろ。
 ということは、今後、てめぇの人生に関係なけりゃ、増え続けても痛くもかゆくもねぇってこった。
 だがそんな主義主張を通したらまずいだろ。
 犠牲者を止める機会は、おそらくここにしかねぇからな。

「あいつらの相手はもういいや。それよりも、まだこいつ……被告人への接触はまだだ。事態の究明を図るってんなら、こいつからの情報も必要だろ」
「え? あ、あぁ。はい、そうですね」

 生きてる人間相手に、気配を通じての接触ってのは初めての試みだ。
 果たしてどうなることやら、な。

 ※※※※※

 被告人に触れて目を閉じる。
 やっぱり何やらぼんやりとした何かの塊がある。
 ひょっとしたら、さっきまで見てた彼女の、反対側から見た様子がこれかもしれん。
 彼女に膝枕してもらって、彼女の体の方を向いて膝を曲げて丸くなっている感じ、と思うと何かしっくりくる。

「……あー……ちょっといいか?」

 ほんとに気を遣うな。
 相手がどんな奴か分からんから、こっちにはちょっかい出す気がなくても機嫌を損ねるかも分からん。
 生きてる人間である以上、肉体のない彼女との接触以上にやっかいだ。


「あぁ、俺は話を聞きに来ただけだ。お前さんに、このままじゃだめだとかここにいちゃだめだ、なんて説教めいたことを言うつもりは一つもない。もしそうなら、俺はとっくに彼女にここから追い出されてる」
「……彼女、じゃない」

 こいつも第一声は自己紹介じゃない、か。

「女神様だ。ずっと僕を……こうして守ってくれるんだ……」

 弱々しい声。
 まぁそのままでいいならそのままでいろよ。
 俺の聞きたい話を聞かせてくれるなら、な。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

処理中です...