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邪なるモノか聖なるモノか

アラタ、法廷にて その6

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「あー……っと、……どこから報告をすぺぇかなぁ……」

 いろんな情報を手に入れた。
 が、何も知らない者達に説明するには、まずは順序だてて話をせにゃ。

「まずは……接触を試みた相手は、人間二人の気配を感じたそのうちの一人であり、こいつからではない気配の持ち主、と……で、おそらくは、その防具にとりついているモノ、だな」

 場内がざわつく。
 屋外だから、音声も場内に響くことはないのだが、建物の壁に反射してるんだろうな。

「とりついている、ですか。呪われている、の間違いではないのですか?」

 そこだ。
 そこに大きな隔たりがある。

「……まず、この装備をつけた者すべてがこうなるとは限らない、ということが一つ」

 更にざわついている。
 黙って話続けさせろってんだ。

「それと……呪いの装備、とか言ってたよな? で、解呪してみた、と」
「あ、ああ。ですが、術者にも被告人にも、何の影響も出ませんでした」
「そこだ。装備した者の状態に異常をきたす。だが、ある種の目的があり、その目的が果たされ続けている、とも言える。そこにこいつへの利点があれば、必ずしもそれは呪いの装備とは言えない」
「え? いや、しかし!」

 狼狽えたのはアークスだけじゃない。
 傍聴席にいる全員はもちろん、裁判長まで驚いている。
 無理もないか。
 これはこうだ、と決めつけて疑わなかった定義がひっくり返されたんだからな。
 傍聴席からは、「やっぱり」とか「そうでなきゃおかしい」なんて声も聞こえてくる。
 術者の何人かも傍聴席にいるみたいだな。

「正気を失ったものが暴れて、無関係な者に害を加えた。その正気を失う元になったのは、その防具であることは明らかです」

 その主張は、間違ってはいない。
 間違っちゃいないが、正確かどうか。

「その憑りついた者の主張によれば、こいつ……被告人、でいいか。被告人を守ろうとした、ただその一点のみ。そして被害者が出た。その被害者の顔も名前も俺は知らんが、それはさておき」

 だから、こいつと接点を持ってた連中の、被害を受けた者と受けなかった者の違いは何なんだって話なんだがな。

「術者には何の被害もなかった。被害者は被害を受けた」

 被害を受けたから被害者っつーんだろうから、この物言いはちと変かもしれんが、今はさほど大した問題じゃなかろ?

「そしてそいつは、加害者……被告人を守ろうとした。ということは、そいつが何もしなければ、被告人は被害を受けていた、とも言える」
「それは……うん、まぁ、道理、ですね……」

 だろ?

「じゃあ私達の息子の怪我はどうしてくれるのよ! 明らかにその子は加害者でしょうが!」

 またも傍聴席最前列からの、女性からの怒声。
 野次馬がうるさい。

「うるせぇなぁ。俺はこの一件の事態の究明の協力を依頼されたから来て、分かったことを嘘偽りどころか脚色も偏見もなしにここで証言してるんだぜ? ケチ付けられないように証言するとしたら、そっちの方こそ嘘になって、ここで証言できなくなるんじゃねぇの?」

 この宣誓文があるんだ。
 俺には事実に基づいたこと以外の発言ができない、という制約が効くらしい。
 けど弥次馬どもには制約がねぇんだから気楽なもんだ。

「ならば、その防具に憑りついたものは一体何者なんです?」

 俺が聞きてぇし知りてぇよ。

「知らね。元人間で、冒険者で、回復役をしてたってことくらい。ただ、今の状態になったのは、遭難? した現場に現われた得体のしれない者の仕業。遭難の元になった件で非常に後悔して、そんな悲劇を繰り返さないようにしてる、つってたな。これがもう一つの情報」
「悲劇は繰り返されてるじゃないの!」

 またも野次馬。
 多分俺の発言の制限が解除されても、その声の女性とは会話にはならない。間違いなく。

「その悲劇は誰が作ったかってことじゃねえの? そういうことも知りてぇんじゃねぇの? こいつが有罪か無罪か、意見を聞きたいって依頼じゃなかったはずだぜ? 公平な立場から、事情を解明したいって話じゃなかったか? なぁ、あんた」

 アークスにも聞いてみる。
 名前を呼んだら、痛くもない腹を探られかねない。
 俺自身も立場を弁えないとな。

「そ、そうです。確かに、公平な、そして中立の立場での事態の究明の協力を仰ぎました。原告側、被告側いずれにも肩入れするようなことなく。だからこそ、名前も素性も報せませんでした。これは何度もここで述べたはずです」

 同じことを何度言ってやっても、聞こうとしない者、聞く気のない者からは文句が出る。
 もう完全に、因果関係とかはどうでもいいって思ってんだな。
 そして、結果を決め付けている。
 被告人は有罪で極刑とか。
 まぁあんたらはそれでよかろ。
 だが、彼女はそれを何百回も繰り返してんだ。
 つまり、あんたらの言う被害者が、この先も増え続けるってこった。
 だって、彼女についてはこれっぼっちも触れようとしてねぇんだからな。
 せいぜい解呪ぐれぇだろ。
 ということは、今後、てめぇの人生に関係なけりゃ、増え続けても痛くもかゆくもねぇってこった。
 だがそんな主義主張を通したらまずいだろ。
 犠牲者を止める機会は、おそらくここにしかねぇからな。

「あいつらの相手はもういいや。それよりも、まだこいつ……被告人への接触はまだだ。事態の究明を図るってんなら、こいつからの情報も必要だろ」
「え? あ、あぁ。はい、そうですね」

 生きてる人間相手に、気配を通じての接触ってのは初めての試みだ。
 果たしてどうなることやら、な。

 ※※※※※

 被告人に触れて目を閉じる。
 やっぱり何やらぼんやりとした何かの塊がある。
 ひょっとしたら、さっきまで見てた彼女の、反対側から見た様子がこれかもしれん。
 彼女に膝枕してもらって、彼女の体の方を向いて膝を曲げて丸くなっている感じ、と思うと何かしっくりくる。

「……あー……ちょっといいか?」

 ほんとに気を遣うな。
 相手がどんな奴か分からんから、こっちにはちょっかい出す気がなくても機嫌を損ねるかも分からん。
 生きてる人間である以上、肉体のない彼女との接触以上にやっかいだ。


「あぁ、俺は話を聞きに来ただけだ。お前さんに、このままじゃだめだとかここにいちゃだめだ、なんて説教めいたことを言うつもりは一つもない。もしそうなら、俺はとっくに彼女にここから追い出されてる」
「……彼女、じゃない」

 こいつも第一声は自己紹介じゃない、か。

「女神様だ。ずっと僕を……こうして守ってくれるんだ……」

 弱々しい声。
 まぁそのままでいいならそのままでいろよ。
 俺の聞きたい話を聞かせてくれるなら、な。
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