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新、非勇者編

退場すべきもの・登場すべきもの その6

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 元国王、シアンの親父は敵意むき出し。
 感情丸出しのその顔は俺達の方に向けられてはいるが、その感情から出た言葉は間違いなく気に食わない連中全てに向けられている……はずだ。
 そして今現在、俺はその代表者にさせられてる。
 つか、そんな風に決め付けられたくはない。
 大体、実の息子に対して……

「大体貴様、どうやってここに来た? 何をしに来た!」

 何をしに……って……。
 幽閉されてた奴が言う言葉か?
 誰でもいいからとっととここから出せ、みたいなこと言わないか?
 穿った見方をするなら、幽閉された場所から出たくない、みたいな感じか。
 ……耄碌……してるわけじゃないよな?

「あなた……だから言ったでしょ? エイシアンムが……」
「黙れ、カンヌ! 父親をこのように扱う息子に伸ばす手なぞ、持ってはおらぬ!」

 まぁ……ひどい目に遭わせた相手の得になるようなことをしてあげる人物っつったら、そりゃもはや聖人君子だよな。
 にしても、シアンの母親の名前って、そんな短い名前だっけ?
 なんかもっと長ったらしい名前だったような。

「そんな! 実の息子で、しかも跡継ぎでしょう?! どこでどんな目に遭ってるか、誰も分からないのよ?! そんな言い方ないんじゃないの?!」

 ヨウミが激怒。
 けどな。
 今は違うといっても、元国王相手に怒鳴るってどうよ?

「たかが一市井人の分際で王家に向かって罵倒するなど不敬千万!」

 そう、それはそうだよな。
 俺はともかく、ヨウミは一般国民だしな。
 それに、国王の座からは退いてはいるが、本人の言う通り、王家の人間であることには変わりない。
 非常事態だからその場限りのご対面ができたわけだが、このまま成り行きを見守るのも面白い。
 が、そうはいかねぇか。

「お父さん、お母さんに死なれちゃったのはもうかなり昔だけど、それでも時々、もし二人ともまだ生きてたら、長生きしてたらって思うことあるもの! 王家だろうと国民だろうと、家族の中の繋がりはおんなじでしょう?!」

「ヨウミさん……」

 母親はこっち側の名前は覚えてたようだ。

「現象から現れる魔物に殺された人だってたくさんいるんですよ?! 自然現象だと思って、仕方ないって諦めてた! でもそうじゃなかった! 誰かが故意に引き起こした現象なんだって! シアンも、魔物によってじゃないかもしれないけど、間違いなく巻き込まれてる! 助けられるなら助けに行ってあげてください! 親子喧嘩なんか、そのあとでもできるじゃないですか!」

「ふん! 立場もかけ離れておれば、住む世界も違う市井人に、王家王族の何を語れるか!」

 それもそうだ。
 親子喧嘩にしちゃ、随分とエレガントすぎる舞台だよなぁ。
 けどな。

「ヨウミ。家族が健在でも、喧嘩にすらならんこともある」
「……あたしが言い出したことだけど、本題は喧嘩じゃなくて……」

 分かってるよ。
 人の命に軽重の差はない。
 社会において、世間においてはあるかも分からんがな。
 だが……なぜか言わずにいられない。

「確かにあいつは父親であるあんたを、ここに閉じ込めた。そう話は聞いている。もちろんあんたはそれを嫌がっただろうよ。旗手としての俺への扱いが非道、そしてその他諸々の何だかんだもひっくるめての罰、ってことだろう」

 元国王からは反論なし。
 何か言いたげな感じはするが。

「けどこの部屋、よく見たら広々としてるし、天井には、テンちゃんが普通に飛ぶくらいでないと届かない。壁に沿って並んでいる本棚は、その天井近くくらいの高さだし、その高さに届くまでの階段や踊り場もある。照明や家具なんかもなかなかのインテリア……」

 は通じない言葉か。

「えーと、調度品はなかなかのもんだし、出不精の奴がここに住み着くとしたら、泣いて喜ぶだろうぜ。……それにあんたのその体つき、痩せこけてはいるが、最初に見た時と比べりゃかなり健康そうに見える。食事は運ばれてくるんだろうが、その世話までしてもらえている」
「……私も時々その世話をしてました」

 公務のほかに、幽閉された元国王の世話までしてたのか。
 まぁそれも公務と言えば公務かも分からんが。

「……それって、幽閉じゃなくて、生活の場をここに変えた、とも言えなくもない。しかも幽閉ってば、何かの罰になるとは思うんだが、罰になってないんじゃないか? 外出に規制はかかるだろうが。外からの明かりだって、ほどほどに取り込まれてるしな」

 シアンの奴は、俺に謝罪の一つということで、元国王に罰を与えたような言い方をしていた。
 だが行動が自由にできないこと以外に不自由はなさそうだ。
 それのどこが罰だ?
 苦役を強いるのが罰なんじゃないか?
 ということは、俺に嘘をついている。
 と、俺を中心に物事を考えるとそう言える。
 まぁ一か所に閉じ込め続けることで、大衆から忘れ去られるってこともあるかもしれん。
 それもそれで罰にはなるかも分からんが……。

「外部からの攻撃から守られてる、とも言える。保護している、とも言えるが、簡単に言や大切にされてる、とも言える」
「このような扱いのどこが大切だ!」

 本人に言わせりゃ、まぁそうだろうな。
 だが全然違う。
 この元国王、痩せてはいるが気力は満ちている。
 罰を食らって心身にダメージを負っている姿じゃない。
 ただ、生活に不満があり、その訴えをぶつけるアテを見つけ次第怒ってるだけだ。

「罰を与える。それは名目上だろう。でなきゃ自分の立場をみんなに納得させられないからな。……父親に非がある。それを改めさせ、物事の道理、筋道に従って……ひょっとしたら政権を担ってほしい、とまで考えてたんじゃないか?」
「なんだと?」
「でなきゃ、食事の世話なんかするわけがない。健康を維持しなきゃ、どんな事にも取り組むことはできねぇからな。それが認められたら、また一緒に生活するつもりだったんじゃねぇか? もちろん俺の推測でしかねぇけどよ」
「こんな境遇に追い詰めて、また一緒にだと?! どの口でそんなことをほざける!」

 自分の家庭は自分の家庭。他所の家庭は他所の家庭。
 そう思う人は多いかもしれんし、どこかの誰かと比較したって、その話を聞いたところで思いを改める事すら思いつかないかもしれんがな。

「……俺はなぜか、家族からはまるでいない者のような扱いされてたからな。俺に喜怒哀楽どころか、顔を向けることはほとんどなかった。食事の場だって、料理を大皿に乗せてそれから取り分ける食い方だったしな。だからそんな語らいの場だって、俺なんか端からいない状態だったしな」
「……アラタのお家の話は聞いたことあるけど……」

 昔話して聞かせたからな。

「それがどうした。そんな話を」
「聞く耳持たないってんなら、あんたも同様に、息子は端からいないつもりで生活してみりゃいいじゃねぇか。徹底してな。あんたか息子のどちらかが王家、王族から放逐されることになるだろうが」
「アラタ! そんな事言ったら、国王……えっと、元国王がシアンを見殺しに……」

 なるだろうな。
 感情優先で好き放題言い放つこいつなら。

「けどな、現象に対する行動は別だろ?」
「え?」
「何だと?」

 当たり前だ。

「シアンからこの国の大体の歴史の話は聞いた。この国の権力争いに、いろんな一族が参加したとか。その勝ち残った一族が今の王家」
「……大雑把な話だが、まさにその通り。我が一族は他を圧倒」
「したかに見えた。だが敗れ去った者達の中に生き残りがいた。そして、虎視眈々と王家を狙ってた。そうとしか考えられない」
「……貴様の妄想だろう」

 確かに妄想だ。
 だが根拠はある。

「魔物の雪崩現象、泉現象は、長年この国を悩ませた、と聞いてる。確かに自然現象なら、昔からずっと続いていたことだろうが、建国以前はどうだったんだ?」
「何?」
「この国が作られてから、この王家が権力を持ってから起きた現象なんじゃないか? となれば、王家を妬み、怨み、憎む連中が企む目的は、この国の衰退ってことにならねぇか? 人の体に乗り移った怨霊どもが、魔力を使ってこの国を荒らす。生きてる人間と違って、時間は腐るほどある。乗り移った先の人の体が朽ちる頃に、別の誰かの体に乗り移って……そして今、攻め時ってことで、まずはシアンに手をかける。そして交友関係があると思われた俺の前にも現れて……」
「……けどあっさりとそいつを倒しちゃった……」
「だが倒せたかどうかは分からねぇぞ? テンちゃん」
「え?」
「怨霊相手なら、ひょっとして他のどこかの誰かに乗り移る、なんてこともある。その行き先は人間とは限らない。まぁそれは今ふと思ったことなんだけどな」

 積年の恨みをそう簡単に晴らせるはずもなし。
 搦め手を打って出る事だって考えられる。
 その第一手が俺、だったのかもしれん。
 それに、人体や人の命をあんな風に軽んじられる者達の正体が怨霊ってんなら、あんなふうに死体について話すってのも納得がいく。
 となれば、あんなまともじゃない思考と論理の持ち主であるそんな存在と、まともに戦闘なんてできゃしない。

「……権力争いの最後の総力戦ってことだ。生きてる者達……王家王族対怨霊。暢気に親子喧嘩云々かましてる場合じゃねぇぞ?」
「ム……」

 ……旗手、いわゆる勇者として召喚されてきたわけだが、その目的は現象から生まれる魔物達との戦闘、らしい。
 だがその現象を引き起こす連中との戦闘となれば、勇者と戦わせるってのはちと筋が違うはずだ。
 最後の喧嘩は、当人同士の直接対決の方がすっきりするんじゃないか?
 喧嘩というには、スケールがでかすぎるが。

「アラタさん……。その話……この国を滅亡させようとする者がいるのが確かなら、私達王家王族が彼らの殲滅に立ち上がるのは必然でしょう。しかし夫……ゴナルトがその旗印を持つには……」

 頼りない風貌、だな。
 あのかつての権力者の姿とはかけ離れている。
 体格はしょうがないとして、それ以外なら、多分問題ない。

「まぁこれでも食ってみ。意気とか気力なら問題なさそうだが、それ以外の力の補充なら……」
「うん。保障できるよねっ」
「ミッ!」
「そう言えば、シアンも食べたことあったよね」

 幽閉、と聞いて真っ先に連想したのが空腹。
 だから、腹の足しと魔力補充を目的でたくさんのおにぎりを持ってきたわけなんだが、かなり多めに持ってきて助かった。
 仲間らにも分けなきゃならない事態になるかも、と予測してたからな。
 案の定、仲間に分けた結果半分以上も減った。
 だが残った分を元国王に分けてもまだ余るくらいの分量はある。
 回復する魔力の量だって、まず問題ないはずだ。
 回復量が足りなかったら?
 そのために、こいつを万全にして持ってきた。
 問題ない。

「……息子を救い、この国を救うためにもそんな怪しげな連中をぶちのめす、てんなら、こいつもあんたに預ける。ヨウミ。お前のも渡してやれ」
「え? でもこれ……」
「いいんだ。この国が安泰じゃなきゃ、国民は平穏な生活を送れない」

 両手両足に付けた防具を体から外して国王の前に置く。
 その下に付けているサポーターのようなものも一緒に。
 魔力の充填は問題なし。

「長き年月にわたって国民を苦しめる争乱を引き起こした連中に鉄槌を下すってんなら、国民としちゃ協力は惜しまない。だろ? ヨウミ」
「そりゃ……まぁ……」
「確かに俺らにとっちゃ、国王からの追手は迷惑千万だった。だが特に俺らは国王や王家王族に恨みを持ってたわけじゃねぇ。元国王が俺を恨んでいたとしてもな」

 この国で過去に、俺と同じ力を持った者を疎ましく思ってた。
 で、元国王がそいつを責め立てた。
 で、かなりの年月が経って、俺がここに連れてこられた。
 そいつと同じ力を持ってたものだから……逆恨みされた、みたいな感じって話だったな。
 こっちとしちゃ、何のこっちゃって話だ。
 だから、無理やりここに連れてこられて追放されたことには腹が立つが、俺の世界に戻る術が見つからないってことと、それまでの日常に嫌気が溜まってたってことがあったから、俺はこの世界で生活することにした。
 だから国王には、個人的な怒りや恨みは特にない。
 だが、ちょっかい出されることにはうんざりしてたが、まぁ国王への感情はその程度だ。

 それ以上に、現象や現象から出てくる魔物の方がやっかいだった。
 日常生活を脅かされるわ、予告もなしに突然現象が起きるわ、何日も前から警戒を強めなきゃならないわでな。
 おまけにあの連中、目で確認できるくらい接近してもらわないと、俺の能力に引っかからないときたもんだ。
 王家王族があいつらと対峙するってんなら、間違いなく俺は王族の肩を持つ。

「この防具に込められた魔力は、こっちは俺、そっちはヨウミにしか扱えない、とのことだ。が、魔力は魔力を持ってる物体とか、装備しながら休息することで補充できる。俺らに魔力はないから、持ち主しか扱えないってところを何とかできりゃ、あんたにも扱えるんじゃねぇか? と思ってな。あんたの息子が拵えたモンだし」

 元国王の目の前に二十個ほどのおにぎりと、俺とヨウミの防具を並べる。
 幽閉された後も、シアンに反旗を翻す人物がいたくらいだ。
 カリスマ性は衰えてはいないだろう。

「何だと?」

 聞き返すってことは、俺の言ったことは初耳ってことなんだろう。
 てことは、シアンがしきりに俺と接触したがることも知らないか。
 シアンとは、今は連絡が取れないし、取ったらシアンの状況が悪化するかもしれん。
 このままシアンからフェイドアウトするってのも悪くない。
 喧嘩できる父親がいる。
 婚約者もいる。
 あいつの居場所はここであるべきで、俺達じゃない。

「……魔物相手なら、気配を察知する俺の能力は力強い味方になるだろうが、そんな輩相手じゃ役に立たねぇ。なんせ近くに来るまで分からなかったんだから。せいぜいこいつでてめぇの力取り戻してやるくらいが関の山だ」

 元妃の何か言いたげな目線が元国王に向けられている。
 元国王は、息子救出を拒絶した思いが揺らいでるようだ。

「災いを根絶させて、勇者……英雄になるってのも、この世界に名を轟かせるには結構な相手なんじゃないの? 王家でありながら英雄。永世に渡って語り継がれること間違いなし。その手助けをした、なんてなったら、俺もかなり自慢できるしな」

 元国王が頷くのを見届けたいところだが、俺の出番はここまでになる。
 となりゃもうここで退いてもいい頃合いだ。
 言いたい事は言ったし、伝えるべきことも伝えた。
 あとは危機に直面した仲間らと合流して撤退するのみ。

「……黒幕の所在はどこか、なんて事すら分からねぇ。シアンがどこにいるか、なんてことは、ひょっとしたらそっちの方が詳しいかも分からん。いずれこっから先は、俺はあんたらにとっちゃ役立たずだ。……この国の平定は、勇者や旗手なんぞじゃねぇ。あんたらの役目だ。……国王は、国民にとっちゃ頼れる存在。この一件が無事に治まったら、国王に再登板でめでたしめでたしであってほしいね」
「……貴様……」

 元国王にこうしろとかこうしてほしいなんて言う立場じゃねぇ。
 決して無責任てんでもないはずだ。
 むしろ、俺がここまで面倒を見る自体、行き過ぎた行為、だと思う。
 正直危ない目に遭ってまで王宮に来る必要がどこにあったか。
 シアンの消息不明の件は、別に無視しても文句は言われない。
 ただ、王家やシアンの婚約者どもに恨みがましく付きまとわれるかもしれない未来がある、と思うとな。
 完全に義理は果たせただろうし、執拗に絡まれることはない。
 もしそんなことがあったら、一国民に嫌がらせをする王家、と逆に評判は下がるだろう。

「もし無事にシアンと再会できたら、もうそいつの世話にはならねぇって伝えといてくれ」
「それはどういう……」

 元妃が訊ねるが、俺の返事はただ一つ。
 それは、仲間にも言い続けてきたことだ。

「貸しも借りもなしってこと。恩を感じるってんなら、気にしなくていい。気にする暇もあるまいよ。戦後処理で忙しくなるだろうからな。……みんな、戻るぞ」

 元国王も何か言いたい事はあるだろう。
 だが、俺との会話より、シアンの救助にとっとと取り掛かってほしいものだ。
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