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シアンの婚約者編

フレイミーの一面 その6

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「アラタ……貴方は……陛下の苦しみを知らないのでしょうね……」

 フレイミーはさっきの怒鳴り声から一呼吸……いや、三回分くらいの呼吸を置いて、静かに語りだした。
 このフレーズって、やっぱり自分語りが始まる前奏曲か?
 だが冗談じゃねぇ。

「あいにくお前のお喋りに付き合ってる暇はねぇんだ。魔物どもがこっちに来ようが向こうに行こうが、どっちにしても結果論なんだよ。魔物どもがどう動いてどんな結果を招くとしても、そこに至るまでの監視に手抜きはできねぇ」

 自分に浸ってんじゃねぇよ。
 大体シアンがどんな苦しい思いをしようが、今は魔物どもの行動に合わせてこっちも動かなきゃなんねぇ。
 そのためには、連中の気配を常に把握しとかにゃならん。
 フレイミーの話に耳を傾けてる場合じゃねぇ。

「アラタ! 貴方こそ私の指示に従いなさい! 国民の平安を守り、陛下のご負担を軽くするために!」

 ホント、自分中心なんだな。

「……あいつの苦しみなんて知らねぇし知るつもりもねぇよ。そんなの、今必要な情報じゃねぇ。今必要なのは、どの位置に、どんな規模で、どんな魔物が湧いて出てて、その戦力はどれくらいのものかって情報じゃねぇのか? それを知らねぇで、それを越える戦力かどうかも分からねぇで連れてきたんだろ? ……お前、それらを一つでも知ろうとしたか? こっちの都合なんか考えてくれるような奴らじゃねぇ。そんな連中が、こっちの都合のいいように動いてくれるはずがねぇ」
「……何が言いたいの?」
「あんたが連れてきた後ろの連中、面構えに体つきを見りゃ分かる。確かにあんたの言う通り、精鋭揃いだとは思う。国軍に力及ばずともな。学生を終えたばかりのあんたの護衛。あんた同様に、訓練を終えたばかりの新米兵士なんかじゃねぇ。それでもあの魔物には及ばねぇ。数が多けりゃいいってもんじゃねぇが、戦力だけ考えるなら、ここにいる戦力の五倍以上は必要だ」

 この村で初めて現象に遭遇した時は、集まってきてくれた冒険者達一人一人を見れば多分こいつらよりも戦力は下だ。
 けど一致団結して、負傷者はいたが再起不能にはならなかった、そんな結果を出した。
 そしてトドメは、たしかシアンが連れてきた連中に刺してもらった……んだっけか。

 こいつらだけ考えれば、確かに一致団結してるだろう。
 だがあの時と今とでは全然状況が違う。

 戦場になると思われる環境だけじゃない。
 あの時は、みんな、俺の言うことを聞いてくれたからだ。
 そして、面識のなかった奴らの方が多かったはずだ。
 なのに俺の能力のことを信頼してくれた。

 それが、俺を信頼する気がないフレイミーとこいつらだ。
 奇跡が起きたってハッピーエンドを迎える図が想像できない。

 じゃあここでこいつらにそれを伝えればいいかってぇと、それで丸く収まるわけがない。
 聞く耳を持ってくれなきゃ時間の無駄だし、俺からの情報という認識を持ってくれるかどうかも怪しい。

 それと、だ。
 魔物どもを倒した、とか、村を救った、などという手柄だっていらねぇし、借りはもちろんのこと、貸しだって作りたくもない。
 だから手柄が欲しけりゃくれてやるってな啖呵も未練なく切れる。
 が、俺から得た情報を手掛かりに、事実と違うことを事実と思い込んだりして生まれる采配ミスの原因を、俺に押し付けてくることも考えられる。

 それがまかり通る可能性はかなり高い。
 理由は、こいつらが貴族だから。
 そして俺は一般人だから。

 何の情報もなく、一方的に上から押し付けられることには漏れがあったり反発も起きたりする。
 俺がこの世界に来た当初とその後の計二回、俺は手配書を張られた。
 けど、俺を追ってきたのは国の役人だけ。
 この国の全国民から追われるようなことはなかった。

 だが手配書ではなく、国民の興味をひく噂だったらどうなってただろうか?
 役人が動かずとも、国民全員から村八分となって追われてた可能性はある。
 ひょっとしたら、今仲間になってるみんなからも追われてたかも分からん。

 確かに俺には、村を救おうとか村人を助けようって気持ちは薄い。
 それはフレイミーの指摘の通り。
 だがそれは、村人は、自分で逃げる判断ができるから。
 だが、村人が作った田んぼとか牧場とか企業は、逃げるとか留まるなんて意思はない。
 それだけに、せっかくできあがった村人達の実績を踏みにじる魔物どもには、何とかしてでも手を打ちたい。

 行商人時代にはなかった感情だ。
 あの時は、逃げればそれで助かる、としか思えなかったからな。

 生活する人達を見ちまった。
 遊びに来る村人達も増えたけど、フィールドやダンジョンで活動する冒険者たちほど、思い入れも何もない。
 だが、それでも彼らが作り上げてきた数々のいろんな物が、蹂躙されるのを黙って見てる気もない。
 奴らを殲滅する決め手がなかったとしても。

 だから、俺ができることは、魔物どもの村への侵攻を少しでも遅くすることだけだ。
 シアン達が駆け付けるまでの時間稼ぎ。
 それが俺のミッションだ。

 だがこいつらは違う。
 自分達で何とかしようとしている。

 そして、俺を信頼していない。
 してほしいとも思わんが。
 そして、それが失敗したら、次の対策を考えてなさそうだ。
 それはおそらく、魔物どもが村に接近する時間を短縮させることにもなりかねない。
 シアン達が間に合わなければ、それでアウト。

 今、それを追及したところで、否定して、そして失敗の後の考えなしで魔物どもに突っ込もうとするだろう。
 そしておそらく、俺のせいにするんじゃなかろうか。

「五倍? その根拠はどこにあるの?」

 ……細けぇこと、気にすんなや。

「……根拠なんざねぇよ。適当に言っただけだ。六倍でも足りねぇ。十倍でも足りねぇんじゃねぇか? 人数の話じゃねぇ。戦力の話だ。シアンの率いる討伐隊と比べて、戦力はどんなもんよ? 同じぐらいありゃ勝率は五分だな」

 悔しそうな顔で睨まれた。

 持ちたくても持てなかった、か?
 戦場に出向かせたくても、それほどの戦力を保有してなかった、ってとこか。

 俺のせいじゃねぇだろ。
 文句を言う相手が違ってんぞ。
 元凶は、現象から出てくる魔物どもだろうに。
 俺を睨んだって、打開できる事態じゃないだろ。

「相手が悪かった。俺らだって姑息な手段使ったって勝てねぇ相手だ。普通に発生する魔物の集団なら、その戦力でも十分余裕で勝てただろうが……」

 統率力ならそっちが上だ。
 俺らはおそらく敵わない。
 普通の魔物なら、俺らよりもそつなく効率よく倒せてたかもな。
 どんな事情があるのか知らんが、挑む相手が悪すぎた。

「アラターっ! ちょっと大変みたい!」

 慌てふためいたようなヨウミの声。
 そして店から駆けてくる。
 ちょっと青ざめてるか?

「どうした。食中毒でも起こしたか?」

 もしそうなら、ヨウミが青ざめてるのも分かる。
 こんな時にそんなことが

「そんなわけないでしょうが!」

 違った。

「……そ、そうか。なら安心」
「安心どころかとんでもないことになるかもって!」

 うざい。
 本当に一大事なら、勿体ぶった言い方はすべきじゃなかろうに。

「メイス君から連絡が来たのよ。店の中から通話機の音が聞こえたから」
「え? 私には聞こえませんでした」
「俺も聞こえなかったなあ」
「ヨウミ、ミミイインダネ」

 俺も聞こえなかった。
 ヨウミの耳の良さに、魔物達もびっくりだ。
 とか言ってる場合じゃねぇか。

 ダンジョンの向こう側の洞窟で武器屋始めたあいつから通話が来た?

「ダンジョンの出入り口に異変が起きてるって! 魔物、いるんじゃないの?!」

 ……やばい。
 現象の魔物に注意しながら、目の前のこいつと口喧嘩に夢中になってた。
 そっちの方は、全くのノーマーク。

「でアラタ、そっちの方の状況は分かる?」

 恐る恐るそっちの方に気を向けてみると……。

「……いる……。出入り口……メイス側の方に殺到って感じだ。こっち側には一体もなし……」
「メイス君によれば、何日か出入り禁止にしてたからかもって。討伐する冒険者達が来なけりゃ、魔物達は増えるだけだもん。互いに争い合うことはあるし、中に留まりたがる魔物もいるけど、外に出たがる者もいるからって」

 現象の魔物は、未だに動きなし。
 ……よりにもよってこのタイミングかよ!
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