上 下
452 / 493
シアンの婚約者編

フレイミーの一面 その1

しおりを挟む
 翌朝。
 相変わらず雪が降る。
 雪が積もる。
 そして気温は低い。

 朝起きて、外の様子を見に行くと……そして、見た覚えがある数人の男達。
 客のようだが、開店時間にゃまだ早い。

「あの……開店まで一時間以上あるんですが……」

 その一団に向かって恐る恐る声をかける。

「構わん!」

 言わずと知れた、フレイミーの護衛兵達だ。
 今日はお嬢様はお出でになってないらしい。

 彼らは腕組みをしながら微動だにせず、ぎろりと俺を睨み、威圧感たっぷり乗った、たった一言を返された。
 いや、威圧感というより……敵意か?
 んー……敵意……とも違うのか?
 ま、構わんっつーんだから、開店前まではノータッチ、アンタッチャブルで。

 ※※※※※ ※※※※※

 朝食の注文のためにドーセンの宿屋へ出向く。
 寒いのに、微動だにしない例の男達。
 武装に防寒具のような性能がついてるんだろうか?
 その逞しさには憧れもするが……若いときから鍛えてそんな体になったのだとしたら、俺はもう手遅れかも分からん。

 それはともかく、注文して戻ってきても、店の前に並ぶ彼らは、雪の冷たさも気温の低さも何のその。
 つくづくタフだ。
 しかも、俺達が朝飯を食った後も、開店する直前までも変わらない。
 寒さのためか、他に新たに並ぶ客の姿はない。
 そして、こちらは店側の立場。
 どんな相手でも客であるなら、その対応に差別があってはならない。
 だが、時々店の手伝いをしてくれるようになった仲間達は、店員じゃない別の立場だ。
 今度は何しに来たの? というような目で彼らを見る。
 種族は違っても、自分達を見る目にどんな意思が込められているか、くらいは分かるようだ。
 さすがにその時だけは、ややばつが悪そうな思いが現われてた。

 店を開け、ヨウミがカウンターで自分に軽く活を入れる。

「さてっと……今日もお店を始めますか……って……」

 あ、一つ変わったことがある。

「あれ? フレイミーさん、今日も来たの?」

 ヨウミも朝一番から驚いている。
 フレイミーがその列に加わったことだ。
 昨日の今日でこれだよ。

「おはよう。今日は買い物に来たの。お願いできる?」
「無理です」

 こんな輩には即答に限る。

「ちょっとアラタ。いきなりそんな喧嘩腰……」
「貴様ぁ!」

 男達から凄みの聞かせた太い声が飛んできた。
 ヨウミから注意を受けたが、俺が断るのは当然だ。
 なぜなら……。

「あんたより、その男達が先に並んでた。順番なら、まずそいつらから注文を聞くのが筋だ」

 当然だろ?
 俺に非はない。
 非はないから、そんな男たちの凄みに驚きはするが、ひるむ理由はどこにもない。

 現に、その男達の方がひるんでる。

「お、俺達のことなら……お嬢……この方の買い物を先に済ませてあげてくれ」

 フレイミーへの呼び方が、お嬢様からこの方に変わってる。
 無関係の立場に見られたいんだろう。
 でも、他の客は見当たらない。
 ここにいるのはこいつらと俺たちだけだ。
 そんな設定をここで表立ててどうする。
 そもそも昨日の騒動を目にしてる客もい……なかったっけか。

 まぁいいや。
 一気に全員の注文を捌けばそれで済むし。

「……はいはい。で、ご注文は?」
「えっと、じゃあ……」

 何なんだろうな、この茶番。

 ※※※※※ ※※※※※

 こんなことが、四日、五日、六日と連日続く。
 もちろん、彼らが店を後にしたその後にも客は来る。
 もっともこの雪だ。フィールド探索はまず無理。
 地下ダンジョンでアイテム探しと魔物討伐が、客である冒険者達の活動の中心になるが、雪かきをトレーニングとしてやってくる冒険者達もいることはいる。
 その後の温泉が格別なんだそうだ。
 確かに露天風呂だから雪景色も見られるし、いい感じなんだろうな。
 こっちの雪かきはトレーニングじゃなくて、しなきゃいけない作業だから、そんな気にはなれない。

 フレイミー達も、どうやら温泉にハマってしまったようだ。
 ハマるのはいいが、溺れるのは勘弁な。
 いつでも助けに行けるとは限らんし。
 つか、溺れる場所に行こうとする奴の気がしれん。
 突然深みにはまるような底はないし。

 しかし、俺を見る目に何やら下心があるようで。
 下心っつっても、別にいやらしいことを考えてるってわけじゃなく。

 シアンとの距離感が俺らの方が近い、ということでの嫉妬みたいなもんか。

 だが俺に分かるのはそこまで。
 感情は分かるが、思想や意図までは、材料がなきゃ推測できない。
 事実フレイミーが、仲間全員まとめて面倒を見るとか言い出すなんて、夢にも思わなかったからな。
 仲間どころか店まで取り込むなんて、まさに青天の霹靂。

 まぁあいつらの思惑は置いといて、毎日欲しいおにぎりセットを買った後、地下のダンジョンの方に足を運んでいる。
 その後の行動は分からないが、時々店の前を横切るのを見た。
 おそらく温泉に浸かりに行ってると思う。

 つまり、常連客とほぼ似たような行動をとってるってこった。
 会話らしい会話もあれ以来なかったしな。

 平穏な日々が続いてるんだが……。
 異常事態が発生した。

 というより、異常事態が発生しそう、と言い換えた方が正しいか。
 フレイミー達といざこざが起きてから、半月くらい経った頃の、みんなと晩飯を食ってた時に発覚した。

「んっ!」

 それは、モグモグと食べていた最中だった。
 我ながら、食べている者がのどに詰まった時に出る声に似てる、と思った。

「ン? アラタ、ドウシタノ?」
「慌てて食べるからよ。ほら、飲み物」

 コーティが俺のコップを両手で抱えるように持って、背中の羽根をパタパタと動かして、目の前に持ってきてくれた。
 こういう姿は可愛いんだよなぁ。

「いや、えーと、ありがとうな」
「……普段から、そう素直に言えばいいのに」

 いや、それはお前もだろ。
 ……いや、そうじゃなくて。

「んと、のどに詰まったんじゃなくて……」
「あら? じゃああたしの親切は無駄だった?」
「いや、その親切は素直にうれしい」

 素直にそのコップを受け取って水を飲む。
 ふう、と一息ついてから、その異変をみんなに伝えた。

「……あと三日くらいしたら、泉……いや、雪崩現象か。起きるかもしれん」
「え?」

 突然言われりゃ、そりゃポカンともしちまうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~

鈴木竜一
ファンタジー
傭兵を派遣する商会で十年以上武器づくりを担当するジャック。貴重な付与効果スキルを持つ彼は逃げ場のない環境で強制労働させられていたが、新しく商会の代表に就任した無能な二代目に難癖をつけられ、解雇を言い渡される。 だが、それは彼にとってまさに天使の囁きに等しかった。 実はジャックには前世の記憶がよみがえっており、自分の持つ付与効果スキルを存分に発揮してアイテムづくりに没頭しつつ、夢の異世界のんびり生活を叶えようとしていたからだ。 思わぬ形で念願叶い、自由の身となったジャックはひょんなことから小さな離島へと移住し、そこで工房を開くことに。ドラゴン少女やもふもふ妖狐や病弱令嬢やらと出会いつつ、夢だった平穏な物づくりライフを満喫していくのであった。 一方、ジャックの去った商会は経営が大きく傾き、その原因がジャックの持つ優秀な付与効果スキルにあると気づくのだった。 俺がいなくなったら商会の経営が傾いた? ……そう(無関心)

追放されたテイマー半年後に従魔が最強になったのでまた冒険する

Miiya
ファンタジー
「テイマーって面白そうだったから入れてたけど使えんから出ていって。」と言われ1ヶ月間いたパーティーを追放されてしまったトーマ=タグス。仕方なく田舎にある実家に戻りそこで農作業と副業をしてなんとか稼いでいた。そんな暮らしも半年が経った後、たまたま飼っていたスライムと小鳥が最強になりもう一度冒険をすることにした。そしてテイマーとして覚醒した彼と追放したパーティーが出会い彼の本当の実力を知ることになる。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

処理中です...