上 下
424 / 493
番外編 この世界で唯一前世の記憶を持つダークエルフ編

村を出ようと思います 後編

しおりを挟む
「あと……二日くらい横になりっぱなしでいたら、その次の日辺りに退院できるかな、って思ってます」
「で、退院したら村を出る、という決心は変わらぬか?」

 言うまでもない
 けど、声に出して、言葉にして、それを誰かに聞いてもらうことで、おそらく……。

「はい。変わりません」

 長老達の一人が「そうか」とつぶやいた。
 そうか、も何も、村を出るための支度金と財布を用意してもらい、空間収納魔法も教わった。
「やっぱやめます」なんて軽口を言えるはずもなし。
 もちろん本気で言うどころか、そのつもりもないし。
 気を取り直すような明るい感じに長老は話を続けた。

「うむ。そこで一つ伝えねばならことがある。村の外での話だがの」
「村の外のこと?」

 聞いていると、明るい話じゃなかった。

「肌の色が違うエルフは、異様な力を持っている。じゃが同族のほとんどはそこまでは知らぬ」

 前に聞いた説明と同じ話だ。
 確か……。

「けど、肌の色が違うから、ということでどうの……ですよね?」
「うむ。覚えておったようだの」

 そりゃもちろん。
 自分にも当てはまることだし。

「短慮な考えに走りがち、っていう話もしてましたね」
「うむ。じゃが、身内ですらそう考える傾向がある。異種族の者達となればなおさらだの」
「え? 他種族?」

 何で他の種族が話に出てくるの?

「何を驚いておる。村を出るなら、エルフ族以外の種族と会うことの方が多くなるぞ?」
「あ……」

 そう言われれば、そうなるのか。
 ずっと村の中にいたから、そんなことは全く考えてもいなかった。

「で、同種族でさえそのほとんどは、その違いの原因究明をしようとせんのだ。異種族ともなればなおさらだの」
「どの種族でもそうだが、他種族に対して自分の種族のことについては、そんな細かいことまで教えることはないし、その必要もない」
「それでも情報は流れる。が、その入手先は短慮なエルフ達、ちゅーこっちゃな」
「当然、肌の色が違うエルフへの評価は悪いものばかり。それを聞いた他種族は、なら近寄らない方が正解、という結論を出す」
「同族からも嫌われる者は、何か災いをもたらすのではないか、と邪推する。そして、縁起が悪いもの、と見なす者が増えていく」

 無理難題、そして自分の都合のいいことばかり押し付けてくる者達から離れることができたその次は、災厄の前触れとして嫌われる、ってことか……。

「村から出た後も、行く先々で何か起きるかもしれん。だが、お前さんを味方をしてくれる者は……村にいる時と同じくらい少ないかもしれん」
「じゃが、村を出たならお前さんは自由の身だ。前に行ったことだが、お前を大事にしてくれる者と出会うために、そんな者と出会うまで、お前自身を大事にせんといかんぞ?」

 疫病神扱いされるのか。
 でも、そんなことをされてもそこに留まらなきゃならない理由もなし。
 気ままな旅をする、と思えば……楽しいと思わないでもない。
 でもその前に。

「そんな道行なら、荷物があると逆に足手まといになります。退院したその足で村を出るなら、身軽なのでそうしたいと思うんですが……」
「ふむ。それもいいかもしれんが、何か思い残しでもあるのか?」
「いえ。……手のひらを返すように態度を変えても……それでも家族は家族なので……。……突然ここからいなくなったら、あたしのことを探し回るだろうけど、その前に、流石に激しく戸惑うんじゃないかなと……」

 何も言わずに出ていけるなら、何も案ずることはない。
 けど、少しでも心配してくれる気持ちがあるなら、心配無用というあたしの思いを伝えたい。
 それに、いつまでも執拗に探されるというのも、こっちの気分は良くない。

「なるほどの。分かった。ワシらに任せるがいい。……その心根は、いつまでも持ち続けるようにな」

 これで、まぁ一安心。

「で……二日くらい寝てれば回復する、ちゅーとったの? 実際はどうなるか分からんじゃろうから、これから毎日この時間辺りに様子を見に来るとするかの」
「見送りなしで村を去るのも寂しかろうしな」

 ……えっと……そういうことであれば、心残りとかもないから見送りとかなくても構わないんだけど……。
 まぁ……ありがとうございます、かなぁ。

 ※※※※※ ※※※※※

 入院して五日目の夜。

 もう一日くらい休んでいたかったけど、母さん達の面会攻撃を考えると気が重くなる。
 それと体調を差し引くと、まぁ普通に動いてももう問題なさそうな感じがする。

 診療所の先生からは、そう言うことであるならいつでも退院してもいいと言われた。
 夜の九時。

 入院中に作ってもらって持たされた弓を腰に携え、空間収納魔法の機能に、譲ってもらった財布、そしてその中身のお金を確認する。
 忘れ物はない。

 躊躇いなく病室を出た。
 そして診療所の裏口に向かう。
 おそらくそこには長老達がいる。

 けど、そこにいたのは長老達だけじゃなかった。

「……お、父、さん……」

 父さんがそこにいるなんて思いもしなかった。
 引き留められるのか。
 いや、それはない。
 長老達と一緒にいるなら、あたしのすることに同意してくれてなきゃおかしい。

「……やはり、村を出るか」
「……うん……」
「心配するな。母さん達には内緒で来たから」
「え……」

 と言うことは……。

「マッキーよ、心配するな。純粋に見送りに来ただけじゃ」
「そう……なの?」

 まさか、家族から見送られるとは思わなかった。
 そして、こんなに優しい声は……何年ぶりに聞いただろう。

「……マッキー」
「う、うん」
「……一つ、覚悟をするように」

 声は優しいけど、厳しい言葉だった。
 一体何を言われるのかと思ったら……。

「村を出るなら、武器屋以外にお前の弓を作ってくれる者はいない。そして、お前のために無償で弓を作る者もいない」
「あ……」

 そのこともすっかり忘れていた。

 今まで何度も無くし、壊した、父さんに作ってもらった弓。
 おそらく、今腰に付けている弓は、父さんから作ってもらう最後の弓。
 そうだよね。
 無くしちゃ、だめだよね。

「今度それを無くすときは、お前の命と引き換えであることを祈ってるよ」

 父さんの口から出てきたのは、予想外の言葉だった。
 大切にしなさい、でもなく、失くさないように、でもない。
 あたしの命を守るためなら、あたしのために作ってくれた弓なんかどうなっても構わない、と言っている。

 不意に涙が流れた。
 前世では流したことのない、悲しくも、そして寂しくもある、うれし涙だった。

「出発前にそんな顔してたら、この先が思いやられるぞ? 大体、自分でも作れるようにならなきゃダメだろ」
「う……うん……」

 弓も矢も、今まで何度か作ったことはある。
 けどその出来栄えは、父さんと比べたらどれも玩具みたいなものだった。

「じゃあこの小刀をやる。父さんが使い慣れた物の一つだから……中古品だな」

 父さんは軽く笑う。
 つられて笑いそうになったけど、上手く笑えなかった。

「……そんなこと、ないよ……。でもこれで弓と矢を作るんだから、父さんが作ってくれた弓よりも大事にしないとね」

 あたしがようやく言える軽口は、そんなことくらいだった。
 けど、父さんは笑わなかった。

「……そうだな。あとは……その材料を見る目も鍛えないといかんぞ?」
「うん……」

 しばらく沈黙。
 もっと何か……お話ししたかったけど……。

「すまん」
「どうしたの? お父さん」

 ひょっとして母さん達に嗅ぎつけられたんだろうか? と心配になったけど……。

「一つだけ、と言っておきながら、一つだけじゃなくなってしまったな」
「父さん……」

 涙は止まらなかったけど、流石にこれには笑ってしまった。

「……マッキーよ、そろそろ出んといかんぞ? 夜の狩りに出てくる、と言っとったからの、お前の父さんは」
「え? じゃあ……早く帰してあげないと、ね」
「村の出入り口まで見送ろう」
「うん……」

 あたしは父さんと並んで、村の出入り口に向かった。
 長老たちは後ろを少し離れて、あたし達に付き添ってくれた。
 その間も、父さんといろんな話をした。
 これまでのこと、そしてこれからのこと……。

 でも、父さんにも、長老達にも、前世のことは何も言わなかった。
 言ったとしても、おそらく驚かせるだけで終わり、多分その後、何の話にも繋がらないだろうから。

「さて……見送りはここまでだ。この先は歩くのか? 馬車が何台か待機してるが……」
「馬車で行くよ。体力はまだ万全じゃないし」
「そうか。……風邪ひくなよ」
「うん……」

 何か言いたくても、言葉はもう何も出てこない。
 ここまでの間で、もう語りつくしたような気がする。

「んじゃ……行ってきます」
「うん」
「長老達も……ありがとうございました。行ってきます」

 五人は口々に「行っといで」「元気でな」という言葉をかけてくれた。

 こうしてあたしは、二度目の放浪の旅に出た。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

処理中です...