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番外編 この世界で唯一前世の記憶を持つダークエルフ編

仲間に言う必要のないマッキーの秘密 こんな最期を遂げた元勇者なんて、他にいないわよね

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 もうどれくらい年月が過ぎたのか分からない。
 おそらく二十歳は過ぎたと思う。
 痩せた体、ボロボロの服。
 何も持たずふらふらと歩く。

 麩と周りを見ると、道端の果物畑が目に入った。
 果実は、外見だけでも未成熟と分かる。
 それでも、口に入って栄養になるだろう物なら、何でも構わなかった。

 どこの誰が耕したのか分からない。
 どこの誰が植えた木なのか分からない。
 それでも、一つくらいは。
 いや。
 一つ手に取るだけで、体力は限界を迎えそうだった。

 一本の木にどうにか辿り着き、近い所に実っている、未成熟の果実に向けて手を伸ばした。


 一個の果実をもぎとって口に入れた。
 何も味はしなかった。
 歯ごたえもなかった。
 口に何かを入れた感触もなかった。
 手に、果実を持った感触すらなかった。

 そう。

 果実をもぎ取ったつもりになったことで、安心したんだろう。
 左手を上に伸ばし、そのまま地べたに倒れ、そのまま気を失ってしまった。

 ※※※※※ ※※※※※

 ふと目が覚めた。
 大きな傘が地面に突き刺さり、その影はあたしを覆っていた。

「お前さん、ようやく起きたんか」

 いきなり聞こえてきた老人の声。
 その方向に目をやると、あたしの傍で胡坐をかいて座ってた。
 その白髪頭の老人は、あたしみたいに細身だったが筋肉はあたしよりも上回ってた。

「果物泥棒ってやつだろ。けど、力尽きて倒れちまったか。ま、何もしてねぇってこったろうし、その様子じゃ腹が減って腹が減って、ついてを伸ばしたってとこだろ」
「う……あ……」
「ワシゃあ、この畑の持ち主だ。話はいろいろあるが、まずは持ってきた握り飯……食うか?」

 思いもかけない救いの手。
 辛うじて出た声で礼を言う。

「茶もあるからな。喉に詰まらせんなよ?」

 老人からの注意を聞く余裕はあった。
 黙って頷いて、ゆっくりと食べ始めた。
 久しぶりの、食事らしい食事。
 でも空腹に任せて口の中に詰め込んで、この老人の言う通り喉に詰まらせたら、何とか耐える体力は、まずない。
 老人が持ってきてくれたおにぎり二個を食べ、お茶も飲み、落ち着いた。
 とりあえずめまいは消えてくれて、一安心。

「見たところお前、若そうだが……仕事とか、何もしてないのか」
「……はい。力もなく、何の技術もなく、何の取り柄もなく……」

 思えば、誰かとの会話も久しぶりだった。
 そのせいか、声はかすれてた。
 随分と独りぼっちだったんだな。
 けど、家族と一緒にいるよりは、間違いなく気楽な毎日だったことは確かだ。

「なら、畑仕事を手伝ってくれんか?」
「え?」
「お前さんの言うように、確かに力はなさそうだの。じゃが心配はいらん。見張りをするだけでええ」
「見張り?」

 老人は、道路と反対側の方に指を差した。

「見えるか? 掘っ立て小屋みたいなのがあるじゃろ? あれがワシの家じゃ。婆さんと二人暮らしでな」

 これからがこの果物の実る時期。
 果物泥棒が現れる時期でもある。

「泥棒が現れたら、家の方に報せに来ておくれ。なぁに、追っ払うようなことはせんでええわい。危ないからの。そっちに畑仕事に使う道具なんぞを入れといてる納屋があるの分かるか? そこで寝泊まりするとええ。その仕事の報酬は、三度の飯。どうじゃ?」

 降ってわいたような仕事の話。
 しかも体力がすっかり衰えたあたしに向いた仕事。

「は、はい。やります」
「おう、んじゃ早速今日から頼むぞい? 飯時になったら、ワシが運んでくるから。よろしくな」
「あ、でも……」
「ん? 何じゃ?」

 何じゃ? じゃないだろうに。
 仕事を任せてもらう以上、名前くらいは伝えなきゃ。

「お、俺の名前は……」
「あー、ええわいええわい。こんな仕事、辞めようと思うたらすぐ辞められるし、給金渡すわけでもないんじゃから、な。ワハハ」

 笑い飛ばされてしまった。
 得体のしれないあたしを受け容れてくれたのは、本当に有り難かった。
 けど、あたしも、この老人の名前は知らない。
 それでいいんだろうか、とも思うが、相手が構わないというのなら、まぁいいか。


 こうして突然の仕事ができ、しかも住み込みでの仕事だから、あたしにとってはうれしい出来事だった。
 食事もできるそうだから、少しずつ体力も回復させられれば、自分で泥棒を追い払うこともできるようになるだろう。

 ……そう思っていた。
 けど、あたしは結局、何もできなかった。


 晩ご飯の差し入れをもらったその夜。
 泥棒と思しき四人組が、畑の中に入ってきた。

 泥棒が来たら報せに来い。

 祖父さんは確かにそう言っていた。
 だが、家の窓から見える灯りは消えている。
 おそらくもう寝静まったんだろう。
 起こしに行っても、この暗い夜道だ。
 見えづらい足元に気を取られたら、泥棒を取り逃がすこと間違いない。

 お前には無理だろう、と言われた。
 武器になりそうな工具もあった。
 それを手にして構えながら、あたしは納屋から飛び出した。

「……おい、誰かこっちに来るぞ」
「ちっ! 逃げるぞ!」
「うわっ! いてて」
「何やってんだよ! お前は!」
「間に合わねぇ! 返り討ちにしてやるぜ!」

 泥棒達はこっちに向かって駆けだしてきた。
 こっちには武器がある。
 例え体力がなくても、思いっきり振り回して誰かに当たったら、間違いなく大怪我だ。

 けど、間合いを見誤った。

「うりゃあ!」

 先頭の奴が跳躍して蹴りを入れてきた。
 反応しきれず、躱すことも身構えることもできずまともに食らう。
 あたしは後ろに吹っ飛んで行った。
 直後、首と後頭部に激痛が走る。
 間違いなく、岩の角に当たった。


「う、動かねえぞ?」
「馬鹿野郎! とっとと逃げるぞ!」
「お、お……」

 泥棒達のやり取りはここまでしか聞こえなかった。
 頭と首から、血が流れる感触があった。
 体は動けず、瞼も開けられず。
 辺りの虫の音も消えた。
 体がどんどん冷えていく。
 頭の中からどんどん血の気が引いていく。
 背中に湿り気を感じると同時に、鉄の匂いが鼻を突いた。

 やがて、その匂いも消え去った。

 魔物の泉現象から現れた強大な魔物を、仲間と一緒に倒したあたしが。
 家族から見捨てられ、村から排除され。
 魔物によってではなく、同じ人間の泥棒によって、こんな最期を迎えるなんて、誰が想像してただろう。

 そしてあたしは、虚無の暗闇の中に沈んでいった。



 こうして名前は誰からも知られることなく、見知らぬ土地で、元勇者の一生は二十年を超えたかどうかで終わってしまった。
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