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薬師の依頼の謎編

その男は、雪が降り始めた日にやってきた その2

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 話が通じそうにないこいつと会話するのは時間の無駄。
 ヨウミに頼んで、こいつを追っ払おうと思ったが、店は割と忙しい。
 集団戦する前も、こんなに忙しかったっけなあ?
 しょうがない。
 こっちで何とかするか。

「そんな用件は受け付けられん。というか、うちはご覧の通り、おにぎりの店でしてね」
「ですが、多分アラタさんにならできると思うので」

 お前は俺を知ってるのか。
 けど俺はお前を知らねぇよ。
 この男が名乗ったダックル=ケリーという名前に聞き覚えはないし、見た記憶もない。
 大体こんな服装は、行商時代も含めて俺の店に来る客の中では見たことがない。
 どこぞの町の中では、似た格好の人物は何回か見たことはある。
 が、何の職種の制服なのか分からなかったし興味もなかった。
 ……見た目制服に見えた。
 が、そうとも限らない。

「お断りしますんで」
「そう言わず……。これをご覧ください」

 意外とでかい鞄……いや、袋か。
 持ってたのには気付かなかった。
 その袋から出てきたのは、透明な縦長のケース。
 中には鉢植えが入っていた。
 咲いている一輪の花は、俺は今まで見たことがない。
 葉っぱは根元から上にしたがって、次第に小さくなっている。
 その葉っぱが茎から生えている方向は、皆統一されて、前後左右、ほぼ九十度の位置。
 花を見た瞬間、チューリップを連想した。だがこの赤い花は曲面は存在せず、六角形? 八角形? そんな角ばった感じだ。
 だが、特に俺には興味はない。
 とっとと退散してほしいのだが。

 その前に、店の前でそんな物を置かれては、店の邪魔になる。
 ベンチの上に置くように促した。

「雪月草、といいます」
「セツゲツソウ?」

 聞いたこともない。
 覚える気もない。

「はい。難病の特効薬の材料になるんです。実物の見本として、常に一株持ってるんですが、これをもう二株欲しいと思いまして」

 その後、そいつははっと気づいたような顔になった。

「あ、すいません。私、あんまり人と会話したことがなくて……」

 だろうな。

「薬師をしております。で、難病を持病にしてる患者を抱えてまして……。そんな薬の材料は、難病を治療するだけあって、珍しいものでして」

 薬師……やっぱ薬剤師か。
 まぁ薬を調合する仕事ってことだろうな。
 薬剤師って言葉はないのか。

「そりゃ冒険者に頼む案件だな。おれは一介のおにぎり販売店の店長でしかない」
「私も、今まではとある冒険者にいつもお願いしてたんです。ところが、私の依頼とは関係ない依頼を受けてる途中で事故に遭ったようで……」

 ……することはしてたのか。
 事故……。
 まぁそういうことはあるんだろうなぁ。
 この世界ではメジャーながら、命の危険とも背中合わせか。

「そこで、アラタさんのことを思い出しまして」
「俺は、あんたとは会ったこともない、と思うが?」
「エイシアンム国王の戴冠式の中継ですよ。ここにいる仲間達一人一人を紹介して、最後にあなたが出てきたじゃありませんか。元旗手という紹介もありましたよね」

 懐かしい話だ。
 だがそれで?

「気配を感じ取る、という能力があるそうじゃないですか。いつもお願いしている冒険者の方は、並々ならぬ能力の持ち主でして。そんな彼でないとお願いできないことだったんですよ」
「俺はそもそも冒険者じゃないから」
「しかし、冒険者にはない特別な力を持っていらっしゃる」

 何で得体のしれない人物って、そんな謎めいたことを言う時には、そんな風にこう……何かについてお見通しって顔になるんだろうな?

「……初めて見る花でしょうから、好み本はお預けします。名前だけ教えて採集のお願いして、ハイサヨウナラ、では、見つけることはできないでしょうし」
「おいちょっと待て」
「報酬は、二株採集確認した時に決めましょう。今ここで決めたら、その報酬じゃとても渡せない、なんてことを言われるかもしれませんし」
「だから待てって」
「あ、私、こちらの方にいます。どうぞ」

 無理やり押し付けられたのは名刺。

「ミルダ東端薬療所所長? ……ダックル=ケリー……」
「はい」

 ……都市の名前を久々に見た。
 俺をそこから追いやった連中の……。
 ……シアンから詫びを受け容れたんだがな。
 名前を見て拒否感をもよおすのとは、別の話ってことになるのかな。

「はい。ミルダの一番東端……東の街門に一番近い薬療所です」
「……魔法でもけがや病気を治せるんじゃないのか?」

 薬を使うってことは、化学とかもないと薬はできないんじゃないのか?
 何でもかんでも、魔法で何とかできるもんじゃなかったか

「魔物との戦闘で受けた傷や病気、あるいは魔物がもたらす病などでは、当然魔法も用います。けど、普通の生活をしてても病気にはなりますよね。何でも魔法の力に任せてると、人の免疫というか……防御力は衰えちゃうんですよ」

 ……そういえば、ヨウミからそんな話を聞いたことがあったような気がする。

「それと、魔法での治療は、不健康を健康に戻す術が中心です。我々の仕事は、その、人が持つ力を高めることを中心とした術、と言えば、その違いは分かりやすいかと。例えば魔法で骨折を直しても、骨折による痛みの感覚まではすぐに収まらない。その痛みを感じつつ、耐えられる力を育てる、といった感じですかねぇ」

 ふむ。
 分かるような分からないような。

「訳あって、私、隣町に宿を予約してまして。しばらく滞在する予定なんですよ。三日後またお伺いします。もしこの花を採集できたらば、宿ではなくこの薬療所に運ぶなり配達していただけたらと思います。まぁいずれ、見つけようが見つかるまいが、三日後、またお邪魔しますので」
「おい」
「ではよろしく」
「だからちょっと待てって」

 ……俺の声が聞こえてないのか?

 ベンチに座る俺の横に置き去りにされた鉢植え。
 押し返そうにも、何のためらいもなくすっと立ち上がってここから立ち去るそいつを追いかけると、鉢植えを置きっぱなしにしてしまう。
 鉢植えを持って追いかけるには……。
 うっすら積もった雪の上をすたすたと歩いて行くそいつに追いつかない。

 俺の声が聞こえてなかったら、わずかだったとしても、会話が噛み合うはずはない。
 身勝手、というか……自分本位、だよな。
 本当に身勝手なら、そんな仕事に就けるはずがない。
 ともあれ俺には、あの男が何者であるか確信できる材料がどこにもない。

「……あいつ、これに出れるかな……」

 前の一件以来、防具同様常に肌身離さないように持ち歩いている通話機を手にした。
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