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三波新の孤軍奮闘編
ダンジョン入り口での奮闘 俺にだけ、爽やかな朝が来ない
しおりを挟む「うわあっ!」
突然のことで驚いた。
気が付いたら、俺は地べたに足を伸ばして座っていた。
その後ろからヨウミが冷静な一言を放ってきた。
「寝耳に水」
何だよ、そのどや顔はっ。
「気持ち良さそうに眠ってたからさ。あんたの言うとおりに冷風を送り続けてるけど、あたしはあんたみたいに気配を感じとることできないからさ」
そのどや顔もほんの一瞬で消える。
それもそうか。
シアン達からは何の連絡もない。
中の様子は分からない。
ただ、現象から現れた魔物達がいる、という話ししか聞かされてないからな。
「あ、あぁ、すまん。……あれ? もう夜が明けるのか?」
「うん、小鳥の鳴き声も聞こえてきてるしね」
地面に突き刺された俺の防具の魔力も、ほぼ充填完了だ。
かなり爆睡してたんだな。
「で、魔物の気配はどうなってるの?」
あぁ、それが一番重要だな。
えーと……あれ?
「魔物の数……残り……一つ?」
「え? ホント?」
「あ、いや……それも、今消えた……」
「え?」
考えてみりゃ、シアンが来てから二時間以上経っている。
倒すのが至難の業とは言え、現象の魔物を倒す力が特化してる上、冒険者としての力量がベテランの域を遙かに超えてるとなりゃ、こんななりゆきも納得できる。
親衛隊も二人付き添ってるしな。
あれ?
ということは、つまり……泉現象から現れた魔物殲滅作戦は完了、ということでいいのか?
※※※※※ ※※※※※
「えらい目に遭った……」
シアンと、一緒にダンジョンに入った親衛隊の二人、クリットとレーカが疲労困憊。
難敵の魔物の集団を、たった3人で立ち回ってたらそりゃくたびれもするわ。
「いや、そうじゃなくて……これ……」
レーカが片足をあげて俺に見せた。
「ずぶ濡れだな」
「俺もこれですよ……」
クリットが尻を向けた。
ずぶ濡れだ。
「まるでおねしょしてしまった感じがする……。何だろうな、この感情は」
シアンの股間がぐっしょりと。
「あー……仕方ねぇ、よな? な?」
「うむ、もちろん仕方ない」
魔物討伐を完了して戻ろうとした三人。
戻ろうにも、氷漬けのダンジョンを登らねばならない。
が、俺はそれに気付いたから暖かい空気を送ってやった。
その調節をしくじった。
急に溶けたもんだから、地下三十階に至る水量たるや。
流れる水の勢いに足を取られたクリットはすっころぴ、その水量をまともに受けたシアンは御覧の通り。
戦闘が終わると女性に戻ったんだろうレーカは、水難をさらりとかわし、被害は足元だけに抑えられたようだ。
「変なこと考えてんじゃないでしょうね?」
「何がよ?」
いきなりこんな話し方をされても、何が言いたいのか皆目見当がつかない。
返事のしように困るが、会話の始まりにそんな物言いをする奴は割といる。
社会から会話を奪おうとする魂胆なんじゃなかろうか、みたいなことも少し思っちまうんだが。
「レーカさんの上半身に水がかかればよかった、とか思ってんじゃないでしょうねっ」
「……おバカさんかい? お前さんは」
下着しか身に付けてない女性が水を被るとどうなるかくらい、俺にだって分かる。
だが、三人とも、確かに衣類は見えるが、完全武装の下だぞ?
防具の隙間からしかその衣類が見えないのに、どっからそんな発想が出てくるんだ。
「……色気より眠気、って言葉知らんのか」
「あるわけないでしょ」
何となく瞼が重い。
そんな目をしてそんな言葉を自分で言ったもんだから……尚更眠くなってきた。
やばい。
今日だって、米の採集作業はしなきゃならんのだ。
一日くらい休んでもいいだろうが……その仕事以外の作業は……ガキどものお守りくらいか。
何だ、そん時に寝りゃいいか。
「にしても、今回はアラタには礼を言わねばならんな。有り難う」
「あん? 何のことよ?」
「魔物の足止めをしてくれたことだ。ずぶ濡れの被害は、それと差し引きで計算しても補って余りある。というか、余りがありすぎる」
「あー……、まぁ……。魔物の被害は俺にだって受けることは間違いないからさ」
「でもアラタ。どうして起きてたの? みんな寝る時間でしょ? あたし達は陛下や魔物討伐隊に合わせて、早番とか遅番とかの当番制で一緒に動いてるから当たり前なんだけど」
おっとレーカ、その質問はだな。
「あぁ、それ、多分アラタのねぇ」
おいこらヨウミ。余計な事言うんじゃねぇっ。
「アラタの、何?」
クリットまで首突っ込むんじゃねぇ!
「男性の急所に生えてる毛が被害受けて、それで腹が立って、その元凶の退治のために起きてたらしくてねー」
ぐっ。
「急所……」
おいクリット。
何股間抑えてんだよ!
「あぁ、毛を食べる生き物に食われたのか。アラタも何と言うか……繊細過ぎないか?」
ぶはっ!
下の話に、まさかのシアンの参戦!
お前、一国の王だろうが!
王様が、下の毛云々で盛り上がるなっての!
つか、繊細ってどういうことよ!
「え? シアン、知ってるの?」
「……知ってるも何も……」
「え、えーと……」
親衛隊の二人が言葉に詰まる。
つか、毛を食う虫のこと、知ってるのか?
この世界に来てから年数がたつが、そんな生き物がいるだなんて初耳だった。
誰も教えてくれなかったしな。
教えないってことは、知らないってことじゃないのか?
「結構ありがたいぞ? 下半身の体毛、綺麗に剃り上げてくれるからな。あとは体毛の柔軟剤でケアをすれば、何の不都合もないぞ?」
シアンもまさかの被害者だった―?!
しかも体毛のケアまでしてやがるっ!
柔軟剤……って……トリートメントってことだよな。
「あたし達、その生き物のことをケマムシって名付けたんですけど、その退治をしようとしてたみたい、ね」
「え?」
「あんな、目立たない生き物を相手に……」
「アラタ、ちょっと待ってくれ」
シアンが頭痛を抑えるかのように、指先で額を抑えて顔をしかめている。
何か問題でもあるのか?
「あんな取るに足らない生き物相手に……」
「ん?」
「名前を付けて、君とヨウミのために誂えたその魔防具を……」
うん。
「……魔防具の初陣の相手が、あの生き物、ってことでいいのかな?」
……えーと……。
「ま、まあ好きなように使ってもらっていいんだが、できれば、身の危険が直面した時に回避するために使うのが一番有効だと思うんだ。けど、ダンジョンでの使い方は、流石の私にも思い浮かばなかった。その防具の一番の使い手だと思うよ。末永く使いこなしてやってくれ」
お……おう……。
「でも、やり過ぎもいいところよね。どんなに憶病かっての」
ぐはあっ!
ヨウミの容赦ない攻撃の方がもっと痛い痛い!
「ま、まぁヨウミ、そこらへんにしといてあげてくれ。魔球も使い果たすくらいまで、彼なりに奮闘したみたいだし……。あとで使った魔球の報告をしてもらえるかな?」
「あ……いや、いいよ、そんな……」
「いや、今回は、我々の手落ちなところもある。まさか地面……大地を魔力の補充に使う機転まで聞かしてくれるなんて、私でも思いつかないことをやってくれた。我々としては労いを形に現わしたいくらいだし。それと……」
「それと?」
シアンがいたって真面目な顔になる。
こういう時は、こいつ、ホントに自分の意見曲げねぇんだよな。
「剃毛後の、具合のいい柔軟剤も手配してあげよう」
そっち方面の褒賞はいらねーよっ!
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