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舞姫への悲恋編

そっちとこっちの境界線 その7

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「なぁ、メイス。お前、彼女と比べて引け目に感じてんだろ?」

 メイスは何も答えない。
 答えられねぇだろうなぁ。
 何かを口にしたら、肩書ばかりじゃなく、内面も見劣りしてしまうことが自分でも分かってるはずだ。
 でも言わずにいられない。
 ジレンマだよなぁ。

「お前の知らないいろんなことを、マイヤは知ってる。お前の知らない上の階級の世界も、マイヤは知ってる。収入の額だって」
「もう、いいですっ」
「いいわきゃあるか。その、何とかって施設に入るまで、いつも一緒に過ごしてたんだろ? 血が繋がってなくても家族同然じゃねぇか。で、年齢的な面でそこを出された後は、互いに依存することなくここまで生きてこれたんだろうが」

 片方が名声を得て、その功労にすり寄って生きて行こうとする根性持ってないだけ立派なもんだ。
 そう思うと……僻みや妬みって、案外可愛いもんじゃねえか?

「……でも……どうせ俺は……一生懸命頑張ってきたのに……何の手柄もなく……」
「当たり前だ。一年くらいで物になる奴なんざ、そうはいねぇっての。類まれなる才能ってやつでも持ってなきゃな」

 その仕事で生活できるようになるっつーことは、その仕事のプロになるってこった。
 客から正当と思われる報酬をもらうんだからな。
 プロになって生活できるようになるためには、仕事への信頼が必要になる。
 仕事ができても、その仕事はその人がした、という信頼がなきゃ報酬はもらえねぇ。
 ソースは俺だ。
 仕事を押し付けられて、仕事の完了を報告する。
 ところが俺がやった仕事だ、と信頼されなきゃ、その仕事ぶりの評価は俺には来ない。
 だから給与も上がらねぇ。
 ……忘れたくても蘇る記憶。
 それがいい思い出じゃねぇから本当に厄介だ。
 過去の記憶、誰か何とかしてくんねぇかなぁ。
 それに比べてこいつらは、家族は失ったとは言え、謂れのない人間からの負の財産を押し付けられたわけじゃねぇ。
 トラブルのレベルの、何と低い事。
 自分の心の切り替え次第で解決できることじゃねぇか。

「そんなの……自分にどんな才能があるかなんて、分かるわけないじゃないか! メイムは運が良かったんだよ! 好きかどうかは別として、みんなから認められる仕事を続けられたんだからっ!」
「マイル……。あたし、マイルが周りからどう見られたって気にしないっ! だって……」
「メイム……昨日は……久しぶりに会ったっての言うのに……」

 何らかの力を持った者は、その力に見合った人生における選択肢を自由に選ぶことができる。
 力持たざる者は、選択肢は狭まれる上、強制的に選ばされることが多い。
 ……と感じされられることはある。
 それは……メイスもおんなじか。
 将来は一緒に生活することを当人同士で決めたとしても、力を持った方は、その力を支配したいと思った、より力を持つ者によって将来を決めさせられる。
 あるいは、力を持てなかった者を選び捨てる。
 世間の荒波に飲まれ、自分を見失う……。
 世知辛ぇなぁ。

「俺よりも先にアラタさんに声かけて……アラタさんの通話機を借りてまで通話する相手が国王陛下? 俺は……俺は今まで……何やってたんだろ……ほんと……」

 おっとそれは良くない一言だぞ?

「ただの八つ当たりじゃねぇか。こいつを守るために一緒に暮らす、みたいなこと言ってなかったか?」

 言ってなかったかな?
 まぁいいや。口から出まかせだぃな。

「それにメイスよぉ、俺はこいつに踏み台にされてただけだぞ?」
「踏み台? どういうこと……」
「え? あたし、そんなつもりじゃ」

 マイヤが誰よりもメイスのことを思って、優先しての行動と思わせりゃよかろ?

「二人とも、何の仕事にも就かなくてものんびり生活できるようになるために大金稼ぐってんで、そのために利用されただけだよ」
「そんな、あたしそんな人聞きの悪い……」
「お前ら、この人生何才くらいで死ぬつもりよ? 百だったら、あと九十年くらいだろ? 一か月の生活費、二万円ってわけにゃいくめぇよ。二十万だって足りねぇんじゃねぇの? それが十二ヶ月だから、一年で二百万あっても足りねぇわな。どんぶり勘定で二億円か? いくら有名な踊り子でも、そこまで貯めちゃいねぇだろ」
「あ、あたしそこまで考えては……」

 マイヤは途中で口を挟もうとするが無視無視。
 そんなのは些細な問題だ。気にするまでもない。

「それにこいつ言ってたぞ? 人気はいつか落ちるかもしれない。そしたら収入がなくなるから、その時が来るまで稼ぐだけ稼がないと、お前といつまでも一緒にいることができないってよ。身売りされたんだろ? お前ら。つまり借金抱えてるわけだ。その借金がどんくらい残ってるか知らねぇが、残ってようがどうだろうが、稼いで損することはねぇよな? どのみち昔話で懐かしんでる暇はなかろうよ」
「……人気が落ちるなんてこと、あるわけが……」

 まぁ……見知らぬ業界の内情なんて想像もつかないから、彼女の人気が落ちるなんてことも思いもしないんだろうが、諸行は無常なんだぜ?
 俺への嫉妬心は薄れてるっぽいが……。

「マイル、そんなことないよ。落ちたら見向きもされないことって、よくあるし、そうなるとどんどんお客さんがいなくなってく先輩達もいっぱい見た。あたしも……いつかは収入が減る時が来ると思う。けどね、あたしには、人気が落ちても綺麗じゃなくなっても、ずっとあたしのこと見ててくれる人、いるから」

 おう、そうだな。
 彼女さんよ、彼氏に言ってやれ言ってやれ。

「なっ……」
「だから、それまでは稼げるまで稼がないと、ね。……今はまだ誰にも言ってないけど……いつかはバレると思ってる。そうなってからは多分、今の人気が続かないだろうから……そのあとはマイル、頼りにしてるからね?」
「で、でも、メイム。お前……俺の事、見下して……」

 男下げてんじゃねぇよ。

「お前なぁ。若い踊り子で人気があるんだぞ? 言い寄る連中山ほどいそう、くらいの想像力ねぇのかよ」
「そ、それくらいは」
「なのに今、どうよ? 一人きりでここに来てたんだぞ? 誰かと同伴じゃねぇんだぞ? 付きまとわれることはあるかもしれんが、そんな奴らがいたとしても、こいつ、もろに無警戒だ。そんな奴ら、眼中にいねぇってこったろうが」
「う……」

 大体女の子にそこまで言われて、それでもグダグダごねてるってこたぁ、こいつ自身も問題抱えてるんだよな。
 ……その世話までやかにゃならねぇのかよ……。
 乗り掛かった船があまりにも厄介な構造すぎる。

「まぁ、確かに腰が引ける気持ちは分からなくはない。一緒になるにふさわしい相手かどうか、とか、釣り合いがとれてるか、とか、まぁ胸張って、この子の彼氏だって言い張れりゃ問題はねぇわけだ。ところが同じ年月を重ねて、彼女のように名を上げるどころか、うだつが上がらねぇっつーか、そこんとこだよな。別の仕事に就くことも視野に入れてもいいんじゃねぇの?」
「俺だって……。これしかできないからこれやってんだ。他に、もっと稼げる仕事があればやってるよ。でも……普通の仕事したって……釣り合いとれるほどの儲けなんか……」

 今度はいじけか?
 ……俺もいじけたことはあったが……こぼす相手がいる分、俺よりは幸せかもしれん。
 俺にも、俺に何か言ってくれる奴がいたら今頃は……。
 ……いかんいかん。こっちも落ち込んじまいそうだ。
 それに、こいつの言うことに一つ間違いがある。

「お前、これしかってどれのことだよ」
「どれって……この仕事のことだよ!」
「嘘つけ」
「何でそんなこと言うんすかっ」

 頭ごなしに否定されたら、そりゃ誰でも腹立つわな。
 けどな。

「剣まともに使えねぇから、ずっとこん棒、メイス使ってるっつってたじゃねえか。人よりもその武器の特徴とか、よく知ってんじゃねえか? だったらその専門家になれなくはねぇと思わねぇか?」
「……俺を馬鹿にしてんですか?」
「じゃあ米しか扱ってねぇ俺の店を、お前は馬鹿にしてんのか?」
「ど、どういうことっすかっ」
「……今までどんなこと思って仕事してたか知らんが、誰かの助けになるつもりで仕事してみろってこったよ。儲けになるかならねぇか、確かにそれも重要だがな。多くの人から求められる有り難さを生産してみろってこった」

 言い方がひねくれてたか?
 別にいっか。
 話はこれでお終いって訳じゃねぇ。

「いろんな形とか大きさのやつ、使ってみたんじゃねぇの? その経験を活かしてみたらいいさ。少なくとも、命かけても得られるかどうか分からんお宝探すよりは、安定した収入は得られるんじゃねぇの?」

 二人には青天の霹靂な提案だ。
 俺も自覚してる。
 突拍子もないことを何口走ってんだ、とな。
 突然の提案は、もちろん思いつきなんだが……実は、ある程度の勝算はある。
 前々から考えてたんだけどな。
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