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舞姫への悲恋編

そっちとこっちの境界線 その4

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「……確かにがめついかもしれません」

 おい。
 肯定しちゃったよおい。

「……あたしがここまで有名になれましたけど、あたしがこうなる前は他の誰かが同じ立ち位置にいたのかもしれません。若手から卒業して、一流の上に昇っている踊り子かもしれませんし、名を落としてしまった踊り子もいるかもしれません」
「あらぁ。あなたがその踊り子の人気を突き落としたのかもしれないわねぇ」
「おい、コーティ。初対面の相手にいきなりそういうこと言うか?」

 コーティって、こんなに毒舌だったか?
 俺への当たりよりひでぇんじゃねぇか?

「アラタアラタ」
「何だよテンちゃん」
「昔のアラタもそんなこと言いそうだよ」
「おい」
「ウンウン」

 お前らなぁ。

「それも、妖精さんの言う通りかもしれません。そしてそれは、あたしにも当てはまるんです。いつか、この立ち位置から離れることになります。そうなれば当然、収入も減ります。これしか……生きる道がないから……」

 んなわきゃあるか。
 生き方なんか、この世界にだっていろいろあるだろ。
 武器屋防具屋道具屋酒場宿屋薬屋農業水産業畜産業林業鍛冶その他いろいろ。
 ただ、向き不向きに収入の多少、あとは好みか。
 それに振り回されるから、選べられる職種は限られる。
 それともう一つ。
 その職に就くために必要な技術はどうやったら得られるのか。
 その情報が入ってこなけりゃ、生きる道はこれしかない、と思い込んじまう。
 ……俺がその情報を持ってたとしても、それを伝える義理もねぇし余計な世話だろうな。

「今はこの仕事でたくさんのお手当てはもらえます。でもどんどん減っていく人たちがいることも知ってます。だから、あたしもいずれはそうなるだろうって予想もできます」

 若い割には随分達観してやがる。

「……そうなる前に、有名でいる間に、とてつもない財力権力を持っている者にお近づきになりたい、と」
「貪欲ねぇ」
「ライムハ、ヒトノコトイエナイナー」

 だろうな。
 その気になったら、何でも体に取り込んで、溶かして血となり肉となるってなもんだからな。
 それにしてもだ。
 楽して大金を得る行為は不快極まりない。
 だがこいつの場合は……。
 誰かの足を引っ張ったり、人の利益を横取りする行為とは違う。
 大金を得るための正当な近道を選ぼうとしているだけのこと、だよな。
 方向性には疑問を持つが、向上心があると言えばあるんだよな。
 シアンに近づくための手順としては、理に適ってはいるしなぁ。

「今でも十分お金持ってんじゃないの? それでもまだ欲しいの?」
「オカネッテ、ソンナニタイセツナノカナー」

 ここら辺が魔物と人間の感性の違いなんだろうな。
 おまけに生々しい話も平然とできる。
 これは、こっちが見習いたい。
 ……評判、下がるかな?

「あたし……身売り、みたいなことされたんです。もちろん買ったのは、今の事務所。だからそのお金をあたしが働いて返さないと。それで独立すれば、手当はそのままあたしのところに入るし、さらに蓄えもしっかりしないと……」
「ソレデ、シアントシリアイタカッタノカー」
「お仕事の話よりもお金の話に熱が入ってるねー」
「もちろんです! だって」
「二人で一緒に暮らすにゃ、もっとお金が必要になるから、か?」

 そうだな。
 こいつがここに、俺に会いに来た。
 けど、その目的は俺自身に会いに来ることじゃない。
 時の権力者と縁を持つため。
 けど、シアンを見つめてるわけでもない。
 あいつもあいつで健気だが……金金言うこいつも、その動機を聞けば健気なんじゃねぇか?
 でなきゃ、こんなに顔が赤くなるはずがねぇ。

「ダレカトイッショニクラシタイノ?」
「あ、分かった。シアンと? 玉の輿かぁ」
「バカテン! そんなわけないでしょうがっ!」

 まったくだ。
 ボケもここまでくると、天然も害としか思えんぞ。
 っつっても、こいつらはあいつとこいつの関係は聞いてなかったはずだな。
 いや、こいつらどころか、師匠のシュルツにも話をしてなかったと思う。
 当人以外に知ってるのは……俺だけか。

「ち、違いますよお! ……えっと……」
「浮浪児時代から一緒に過ごしてきた、あいつだよな? あいつと一緒に過ごすためには手段を選んでらんねぇってことか」
「……はい……」

 両想い、か。
 お互い一途なのは微笑ましいんだが……。
 ……でもこれって……人気の踊り子が国民的アイドルに例えられたら……。
 ファンがたくさんいたら、あいつ、そのファン達から狙われかねねぇぞ?
 あるいは、こいつにパトロンとかスポンサーが現れて、このことをそれらにも内緒にしてたら……。
 スキャンダルどころの話じゃなくなっちまうかも分からん。
 だってそのお相手は、財力や権力どころか、魅力も体力もそいつらに劣ってるんだぜ?
 いや、この子を我が物にしようとして、あいつの方が社会的に潰されてしまうかもしれん。
 ……いや、そこまではないか。

「アイツッテ、ダレ?」

 ここは説明した方がいいのか?
 俺の事なら何でも言っとかなきゃこいつら怒ることもあるから、言わなきゃなんないけども。
 人様のことまでベラベラ喋る必要は……今のところ、この二人の件においては、ねぇよな。

「狙ってる相手いるんだぁ。そこまで想われてるなんて、相手の人ってば幸せもんだねー」
「ふーん。踏み台にされるアラタにシアンはちょっと気の毒ね」

 おいこら。
 本人を前にして言うこっちゃねぇだろ。

「オウエンスルヨッ」

 いや、それはまずいんじゃねぇか?

「え? いえ、あの……」
「何? 応援されちゃまずいわけ?」
「え、えぇ……まぁ……」

 そりゃそうだ。

「コーティ。それにテンちゃんもライムも」
「何よ?」
「ファンあっての人気ぶりなんだ。好きな相手がいて、それが将来を誓い合った仲ってんなら、人気は落ちること間違いねぇな。そうすりゃ生活費が稼げねぇ。人気が落ちたら転職するしかねえだろうが、何か新たな仕事を始めなきゃなんねぇなら、そのための資金も必要だ」
「ア……マァソウダネ」
「代わった仕事だって、成功するたぁ限らねぇ。貧乏暮らしが続きゃ、過去の生活に逆戻りだ」
「過去の生活?」

 俺は二人の過去の話を聞き齧っただけだからなぁ。
 けどそれだけで情報は十分なんだが、それでも俺から勝手に話していいもんじゃねぇよなぁ……。

「えぇっと、実は……」

 メイスから聞いた同じ話を聞かされた。
 三人は更に根掘り葉掘り聞こうとするが……初対面だろお前ら。

「一途だねぇ」
「そぅお? あたしにはよく分かんないけど」
「イイハナシデハアルケドネ」

 人の心の機微というものが、まだ理解できてなさそうだな。
 まぁ魔物だからしょうがないか。
 けどなぁ。
 そこまで相手のことを考えた行動が逆に社会的格差がでかくして、この先再会できる機会すらない、なんてことも有り得るだろ。
 それに、店に行く前のメイスのあの口ぶりだと、こいつに久々に会う、みたいな感じじゃなかったか?
 つまり、こいつが俺のところに来ることも、突発的に思いついたことだろうよ。
 そして昨日の店の中での、俺とメイスへの対応といい、あいつの感情から推察される心境を考えると……。
 メイスのことを思い続けて、今後の二人の生活のことを考えてのこいつの行動って……勇み足じゃねぇか?
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