上 下
334 / 493
舞姫への悲恋編

若き案内人 その2

しおりを挟む
 ジョウリ市ってとこは、直線距離にして、ここの隣村の、隣の市とほぼ同じ。
 だが道路は山を迂回する感じだからかなり遠い、と思う。
 わざわざそんな遠い所に連れ出された。
 シアンの戴冠式んときは、用意されたのは竜車だったか?
 外観もだが、ありゃあ内装も見事なもんで、乗り心地も抜群だった。
 今にして思えば、だ。

「でっ! ……いてぇ……。ケツがいてぇ……。いてっ」
「ははっ! アラタ、大体馬車ってのはこんなもんだぜ? これが普通だぃっ! いてっ!」
「高速で移動できる乗り物にっ! てて……。乗れるだけで……もっ!」

 反動がひどい。
 ゴム製品ってのはないのか?
 シアンの時の乗り心地の良さは、車軸にクッションがあったのかな。
 いや、馬車にも乗ったことがあったような……。
 でも高速ってのはなかったな。
 だからいくらクッションがよくても、車体全体が悪路で跳ね上がりゃ何の効果もない。
 歴戦の勇士と言えども、痛いものは痛いらしい。
 我慢できるできないは別として。
 まぁむちうちになるほどではないが……。

「こんなのに一時間も耐えられねっ! いてっ」
「大雑把な計算っ! だっ! てて。三十分以上はかかるが、一時間あったらお釣りがくるっ! いて」

 車内には、俺とシュルツと、メイスと呼ばれた若い冒険者の三人だけかと思ったら、シュルツはパーティを組んで活動していた。
 冒険者での職業は、シュルツは剣士。もしくは拳士。
 メイスはメイスもしくはこん棒使い。
 他のメンバーは三人で、おにぎりの店でも何度か見た顔だ。
 魔術師のラージ。盾使いのイルド。業師のラッツ。
 業師って職業は、一般的に存在してない。
 そいつ本人が名乗ってた。
 戦闘になれば遠距離攻撃担当。通常時なら罠を見つけたり解除したり、索敵担当だったりするらしい。
 でシュルツはってえと、弟子入りを志願してきたメイスを引き連れているうちに、この三人のパーティから雇われて一時的に加入。
 メイスはそれまでは冒険者見習いの扱いだったが、この五人でのミッションでは、新人とはいえ初めて一人前の戦力と見なされたということだな。
 車中で、その三人とシュルツはそんな話をしてくれたが、俺を強引に誘ったメイスは、なぜか歯を食いしばったような、力がこもった顔をしてる。

「にっ、しても、だ」
「アラタ、どう、した?」

 言いたいことがあるのだが、言葉が上手く繋がらない。

「お、俺を誘っといてっ、そいつ、ずっとだんまりでっ。祝勝会、なら、もっと近場でもっ。うおうっ!」

 馬車が急減速。

「どうやら町の中に入ったらしいな。で、その件なんだが、こいつきってのお願いをされてな」
「こいつの?」

 つか、理由があるならこいつに言わせりゃいいのに。

「いっちょ前に、人気急上昇中の踊り子を見たいっつってな」

 ませてやがる。
 待て。
 冒険者業をしてるっつっても、そんな店に入れるかどうかは別の話じゃないのか?

「メイスっつったか? お前、年はいくつだよ?」
「十九です」
「酒場で酒を飲めるギリギリの年齢に到達できたって訳だ」

 飲酒喫煙は二十歳以上じゃねぇのか。
 まぁ俺が心配するこっちゃねぇか。

「踊り子っつってもいくつか種類がある。が、大雑把に言えば、店の専属、つまり店の従業員かそれともそうでないかってことだな」
「ほう?」

 社会の仕組みの一端が垣間見えるか?

「専属じゃない踊り子は、全国を回って歩く。全国引っ張りだこの人気ぶりだから、どこに行っても客がいる。というか、そんな踊り子が店に客を連れてくる、あるいは寄ってくるってこったな」

 ふーん。
 けどちょっとおかしい。
 全国で有名になるほどってば、噂が噂を呼ぶくらいの魅力がなきゃなれないんじゃないか?

「冒険者の情報誌に、そんなランキングも載ってるからな」
「あれを励みにしたり、仕事の打ち上げで楽しみにする連中も多いしよ」

 飲み会でコンパニオンを呼ぶとか何とかって感じかな。
 ……そんなイベントがあっても、俺には何の関係もなかったけどな。

「ま、メイスも色気づいたってことかねぇ」
「そ、そんなんじゃないっす……」

 何だこいつ?
 俺にもどうしても来てほしいっつっといて、間違いなくこの新人は落ち込んでいる。
 それに、周りにお願いして、全国を回る踊り子を見に行きたいっつったんだろ?
 ひょっとしてシュルツ達が新人に、俺を誘うように唆した……ってのはねぇか。
 そうする意味がねぇ。
 シュルツの方が一番の顔なじみ。
 普通に飲みに誘うなら、シュルツが誘う方が自然だ。
 そもそも、俺はこのメイスとやらは見た記憶がない。
 会った記憶はあるかもしれん。
 が、だとしたら、間違いなく行商時代。
 となれば……。

「そーいえば、この新人はいつ弟子入りしたんだ?」
「ん? あぁ。エイジとかビッツとかいたろ? あいつらが俺の手を離れてから間もなくだな。どのみち、アラタがまだ行商してた頃だったか? だけどよ……こいつを連れてアラタんとこに行った記憶はねぇな。……と、着いたぜ。ここだ」

 お、おぅ。
 ……結局、俺は何でここに連れ出されたんだ?
 腰落ち着けてからこの新人に聞くのが早ぇか。
 って……なんか思い詰めてるような感情が出てきたな、こいつ。
 一体何なんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

追放されたテイマー半年後に従魔が最強になったのでまた冒険する

Miiya
ファンタジー
「テイマーって面白そうだったから入れてたけど使えんから出ていって。」と言われ1ヶ月間いたパーティーを追放されてしまったトーマ=タグス。仕方なく田舎にある実家に戻りそこで農作業と副業をしてなんとか稼いでいた。そんな暮らしも半年が経った後、たまたま飼っていたスライムと小鳥が最強になりもう一度冒険をすることにした。そしてテイマーとして覚醒した彼と追放したパーティーが出会い彼の本当の実力を知ることになる。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

処理中です...