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店の日常編

千里を走るのは、悪事だけじゃない その1

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 ここ最近、営業時間前にできる冒険者達の行列は、三十人くらいまで増えた。
 正確にカウントしてねぇから、ひょっとしたら多い時は四十人くらいか?
 まぁ一日ごとに客数は増え続けているのは分かる。
 品が劣化しない貯蔵庫に、商品のおにぎりはかなりある。
 けど、客のリクエストに応えっぱなしだと、そのストックは三日もありゃ品切れになっちまう。
 だから、一日の具ありのおにぎりの販売個数はあらかじめ決めてある。
 それが全部売れたら、その後に来る客には問答無用で塩おにぎりを売りつけてる。
 あまり喜ばれない塩おにぎりだが、そっちの方が好みって客がいたりする。

「塩おにぎりの方が好きなんです。おかずはドーセンさんの宿で買ってきましたから問題ないですし」

 そんな客の一人、イールは定期的におにぎりの店にやって来て、塩おにぎりを買い、ベンチで昼食という生活サイクル。
 彼女には普通に接客するが、好みじゃない客は必ず文句を言ってくる。

「具入りのおにぎり、もう少し数増やせよ」

 好き勝手なこと言ってんじゃねぇよ。
 イールを見習え。

「だったらもう少し早く店に来るんだな」

 この一言で突き放して、仕方なく注文する塩おにぎりを包んで渡す。
 おにぎりを作るにも時間は必要。
 営業時間の間、手が空いたら米の収穫と選別、洗米の作業。
 続いて炊飯、それからおにぎり作り。
 販売とおにぎり作りを同時にできりゃ何の問題もない。
 だが客が増え続けてる。
 俺も販売に狩り出されたら、おにぎり作りの前の工程が進まない。
 悩みと言えば悩みなんだよな。
 うれしいかってぇと……正直うれしいとは思えねぇんだよな。
 儲けは出るように値段を決めちゃいるし黒字は続いてるんだが、大儲けってほどでもねぇからなぁ。

 ※※※※※ ※※※※※

 おにぎりのストックはある程度の個数はキープする必要がある。
 おにぎり作りの時間が次第に押されるようになった。
 何に?

「……あー、クリマー、マッキー、悪いけど晩飯の注文言って来てくれねぇか?」
「おにぎり作り、途中で止められないか。うん、いいよ」
「じゃあコーティさん、ミアーノさんとンーゴさんの注文聞いて、ドーセンさんの所に行ってもらえません? 運ぶのは私達がやりますから」
「それくらいならお安い御用よ。ライム、サミーに声かけてフィールドに先に行ってたら? 特にすることないんでしょ?」
「ウン、ワカッタ。ライムノチュウモンハ、ヒガワリデイイヨ。サミーモオナジニシトク」

 サミーも最近は食欲が旺盛になってきて、セントバーナードよりはやや小さいがそれくらい体が大きくなってきた。
 いつも遊び相手になってくれるあの双子、一人だけなら背に乗せて動くくらいの体力もある。
 育ち盛りなのはいいことだ。
 それぞれが店から出てしばらくたった頃。

「ごめんください。ちょっとよろしいでしょうか」

 一人の女性の客が来た。
 買い物客なら最初の一言は「おにぎりください」だ。
 それに、冒険者達の出動する出で立ちではなく、どちらかというと一般人よりの服装。
 おにぎりを買いに来る客とは気色が違う。
 が、ここは店だ。
 一応言ってみるか。

「はい、何にしましょ?」
「あ、えっと、私、こういう者ですが……」

 誰かの名刺って……この世界では初めて見たかな?
 えーと……。

「『初めての冒険者ご用達雑誌 プレスタート』? で、編集部の『レワー=パレッタ』さん……」
「はい、レワーと申します。あの、初心、初級の冒険者達への情報提供をしてる雑誌なんですが……。あ、これ、見本と言いますか……差し上げますのでどうぞ」

 雑誌の取材……って、初めてだな。
 ファンクラブがどうので盛り上がってる火付け役か?

「へぇ。雑誌の取材かぁ」
「おぅ、ヨウミ。この雑誌、知ってるか?」
「お客さん達の間で、たまに聞く名前ね。見たことはないよ」

 パラパラとめくってみる。
 防具の項目、武器の項目、道具、消耗品などなどの写真付きのページが多い。
 コラムや店のレビューなどもある。

「こないだここの評判を初めて耳にしたものですから飛んできました」

 初めて?
 ファンクラブがどうので騒がれてはいないのか?

「他の雑誌では掲載されてるみたいなんですよね。そのせいだと思うんですが、お客さんの人数が増えてきてるんですよ。どんな風に書かれてるかは見たこともないんですけどね。レワーさんは聞いたことは?」

 そう言えばそうだ。
 ファンクラブって言葉は割と前から聞こえてきた。
 なのに、その類を記事にすることを生業とする者が、こないだ初めて聞いたってのはどうなんだ?

「自己紹介にも言いましたが、その名刺にも書かれてる通り、冒険者業を初めてされる方々への、実践向きの品物とお店の紹介が中心なんですよ。確かにそんなゴシップめいた話は聞きますけど、そんな冒険者達にはその情報はどうかと思うんですよね」

 確かにこの雑誌、色彩が派手な構成のページは見られない。
 気持ちが浮つきそうな構成じゃなく、何と言うか……渋さが目立つというか……。
 確かに探索や討伐目的の者に必要な情報誌って感じだな。

「えと、ほかのバックナンバーもありますが」
「そんなにいらねぇだろ。サンプルなら一冊で十分だ」

 これを見て行動を起こす気もないし、掲載されている物品のコレクターになる気もない。

「あ、そうではなく、いつもそんな感じの情報誌づくりを目指してるっていう意味で」
「仲間達も見てみたいと思うし、あるならもらおうよ、アラタ」

 そういうつもりなら、まぁいいか。
 けど取材か……。
 興味半分とか揶揄い冷やかしなんぞだったらお帰りいただくつもりだが……。

「ここよりドーセンの宿屋の方が、そんな連中には重要な情報だと思うんだが? こんな……」
「あ、あの宿屋ですよね? ここに来る前に取材申し込んできました。でも取材に時間がかかると思って、先にこちらを済まそうかと。扱ってる品物はおにぎりと飲み物だけですよね? すぐ終わるとは思ってませんけど、向こうよりは時間はかからないかな、と。あとそれと、ダンジョンとか近くにあるんですよね? そのお話しも聞かせてもらえたら……」
「あー……じゃあ……晩飯でも一緒にどうです? もちろん支払いはそれぞれ、ということで」
「え? そんなにお時間いただけていいんですか?」

 ということは、そっちはその気があるってことだな?

「あ、ドーセンの取材もあるんだっけか」
「あ、それは明日の予定にしてるので」

 なら問題ないな。

「ヨウミ、悪いけど彼女の注文聞いて、俺のと一緒にこっちに持ってきてくれないか? お前はその後向こうに行っていいから」
「うん、いいよ。行ってくるね」
「え? 何か、すいません」

 いや、取材の時間は多分十分長くなりそうだから、この方が却って都合がいいだろ。
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