上 下
153 / 493
紅丸編

行商人とのコンタクト その12

しおりを挟む
 テンちゃんらに急かされてサキワ村に戻った。
 気分はすっきりしない。
 帰りの間際に聞こえたあの声は、どこからのものだったか。
 確認しようにも、あんな屋外じゃ探しようがない。
 作業員たちが行ったり来たりしている。
 彼らの話し声よりもか細い声。
 空耳としか言いようがないが、気のせいなんかじゃなかった。
 テンちゃんが俺の後ろ襟を噛んで引っ張りさえしなければ……。
 まぁ今更である。
 洞窟に着いちゃったんだから。

「おかえり、アラタ」
「何でお前がここにいる」

 戻るなり真っ先に声をかけてきたのはシアン。
 馬鹿王子だった。

「いや、すまない。伝えるのを忘れていた。というか、失念していた。それを伝えようと思って来てみたら」
「アラタ達が休暇中だから、ひょっとしたら外泊するかもしれないって言ったら……」
「アラタがどうしても知りたがってたようだったから、一刻でも早く耳に入れておきたいと思ってな」

 何というか……まめというか。

「まぁその気持ちは有り難く受け取っとこう。で、何の話だ?」
「紅丸……というよりまるまる商会についてだ」
「立ち話もなんだから、中に入ったら?」

 それもそうだ。

 ※※※※※ ※※※※※

「で? 早く耳に入れたいことって何だよ」
「うむ。政権……まぁ王家が直接頼んだわけじゃないんだが」

 ヨウミとクリマーがお茶を淹れてくれた。
 一口、二口啜る。
 疲れた体と頭が、いくらかすっきりできた。

「この国と民の安全を図る部署がある」
「警察……はないんだっけか? どんなんだ?」
「ケイサツとは何なのかよく分からんが、保安部という部署がある」

 あぁ……ウエスタン映画とかに出てくる保安官みたいなもんか。
 となりゃ、警察とほぼ同義だ。

「保安部には三種ある。王家を守る警備部。国民の生活を守る保安部。外敵から守る防衛部だ。この警備部と保安部が委託した企業の一つがまるまる商会だった」

 三部署中二つもか。
 ズブズブなのか?
 やな話聞かされたくはないな。

「この二つに所属する者は、法律を違反した者に対し逮捕する義務がある」

 ほぼ警察だな。

「それで?」
「犯罪者って奴だな。捕まえたら、まぁ刑罰が確定したら収容所に入ることになる」

 牢屋とかだろうな。

「だが、その収容所にも、収容する人数に制限がある」
「……外部の業者に委託して、収容所を所有してもらってそこにぶちこむ、と?」
「その通りだ。その場所は」

 見当はついた。

「空、か。脱獄も無理。物理的に隔離できる場所だな」
「その通り。ただし地上に降りることが許されることもある」
「犯罪者を野放しか?」
「逆さ。トイレ以外に自由時間は存在しない。健康管理すらも収容する側が強制的に行う。」
「収容する側って……」
「それはまるまる商会じゃなく我々だがね」

 ふーん……。
 あれ?
 じゃあ地上に降りる必要はないだろ?
 何で地上に下ろす?

「刑罰、懲罰は我々の判断。我々の判断は民意によって決められる」
「罪と罰か。規則通りに決められた期間を、決められた罰を受けながら過ごすんだろ?」
「それだけじゃない。それに民意が加わる。そんなんで許されるはずがない、という民意なら、自ずとその期間は延長される。逆に免除されることもあるがな」

 こっちの日本じゃ、こんな罪を犯してもその程度で済ませるのかというクレームがあったりする。
 犯罪者の立場によって、理不尽な刑罰の期間の長短が変化することもある。
 人の命を奪っておいて、あり得ないほど刑罰の期間が短くなってニュースになることもある。
 いわゆる炎上ってやつだ。
 けど、そのやり方だと炎上はなさそうだ。
 でも、地上に降りる理由はどこにある?

「その刑罰はどれも同じ」
「同じ? 泥棒も殺人も同じ罰?」

 なんじゃそりゃ。
 不公平が出て来やしないか?

「そう。その罰とは強制労働。風呂も食事もその時間の長さは決められている。民意が感じる罪の重さによって、その生活期間の長短が決まる」

 なんか……大丈夫か? その制度。
 でも強制労働って……。
 地下に穴を掘るくらいしか思い浮かばないな。

「どんなことをさせるんだ?」
「奴隷」
「……はい?」
「奴隷、だな」

 シアンの目に冷たさを感じたのは初めてのような気がする。

「奴隷……って……」
「誰かの命令に絶対服従。それが基本の仕事だ」

 人権問題とか……大丈夫なのか?
 モラルが一気に崩れそうな気がしないでもないが……。

「……コホン。実はそれが一番分かりやすい」
「分かりやすい?」
「例えばこの店に被害を与えた者がいたとしよう。被害者であるアラタは、その加害者に対してどう思う?」

 普通なら……。
 普通の人ならまず先に……。

「弁償しろ、とか、元の状態に戻せ、とかだな」
「うん。それが普通だ。だができない事もある。いわゆる取り返しがつかない事態を引き起こした場合」

 大事な人を失った時、とかか?
 目には目を。
 埴輪……じゃなく、歯には歯を、だな。
 感情的になったら、まずそれを望む。
 それが俺の得になることがなくてもな。

「死んで償え! みたいなことを言うかもしれんが……。自分のしたことを理解した上で、なら文句なしだが」
「まぁ理解できない者は多いだろうな」
「なら苦しむだけ苦しんでから死ね、みたいなことを望むかな?」

 なんか……シアンにそう言わされた感があるな。
 まるで俺の方が危険人物っぽくないか?

「まぁそれもあるな。いや、それの方が望ましい」
「望ましい?」

 俺の言うことは正常な反応ってことでいいのか?
 判断に苦しむ。

「そもそも奴隷にするというのは、衆人環視の元で何かをさせる、ということだ。人々に、刑罰によって加害者が苦しい思いをしながら労働する姿を見せる必要がある、と考えている」
「人々に見せる……って……」
「見せしめ、ということもある。悪いことをしたらこんな目に遭わされるという戒めにもなる」
「見世物にするのか?」
「それだけの悪事を働いたってことさ」

 それは行き過ぎなんじゃねぇの? って思うこともあるような気がする。

「例えばごみのポイ捨て程度でそんな罰を受けたら」
「民意によってその期間が決まる、と言ったろう? 民意は人の思いによって決まる。決めたい人には、自身の目でその人が罰を受ける姿を確認する義務がある」
「見たくない物を見せられたって言われないか?」
「見なきゃいいさ。そしてその加害者の罰の期間の決定権を放棄すればいい」

 そりゃそうだけど。

「いくらなんでもその罰はひどすぎるって、誰もが思うようなことになったら」
「刑罰の期間は短くなる。いわゆる、許されたってことだな」

 ……まぁ……一理、あるのかな……。

「だが加害者を奴隷にする権利がある者はそうそう現れない。第一候補は被害者だが、会いたくないという被害者もいる」

 当たり前だ。
 逆ギレされたらかなわんぞ。

「その被害者に縁を持つ者が次の候補に挙がるんだが、なかなか決まらないこともある」
「保留期間か。その間、加害者はどう……あ……」
「その通り。まずは保安部が所有する収容所行きになる。しかしどこもいっぱいになることもある。そこで空に浮かぶ収容所行きになる、と」

 なるほどねぇ。

「当然裁判ってあるんだよな?」
「そりゃもちろん。事件の真相をはっきりさせないと。防止策も必要になるだろうし」
「適当にやってりゃ、当然冤罪も……」
「ない、とは言えない」

 だよな。
 冤罪か……。
 法律上はないが、社則上では何度も体験した。
 人の正義に振り回されるのはうんざりだ。
 待てよ?

「収容所へは、裁判で判決が決まった後に行くんだな?」
「ああ、その通り」
「冤罪なのに収容所行きって」
「なるべくそのようなことがないようにしたいものだが……」

 悩める顔、だな。
 余計な不幸を作りたくないってことだよな。
 待てよ?

「それでも冤罪はある。その救済措置とかは……」
「個人個人の縁者による活動くらいか。冤罪と判断できる材料があれば問題ないのだがな。……どうした?」
「え? いや……」

 動悸が止まらない。
 けど……。
 いや。
 いやいや。
 そんなことはあり得ないっ!
 あいつの肩を持つ気はない。
 だがあそこは……住民達のレジャーの一つだろ?
 そんなところに、そんな所の上空に、収容所なんて……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

追放されたテイマー半年後に従魔が最強になったのでまた冒険する

Miiya
ファンタジー
「テイマーって面白そうだったから入れてたけど使えんから出ていって。」と言われ1ヶ月間いたパーティーを追放されてしまったトーマ=タグス。仕方なく田舎にある実家に戻りそこで農作業と副業をしてなんとか稼いでいた。そんな暮らしも半年が経った後、たまたま飼っていたスライムと小鳥が最強になりもう一度冒険をすることにした。そしてテイマーとして覚醒した彼と追放したパーティーが出会い彼の本当の実力を知ることになる。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...