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三波新、放浪編
こだわりがない毎日のその先 その8
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宿屋は見た目で何となく分かる。
民家の数は、農地の広さに比べて少ない。
というか、農地が広すぎる。
一軒一軒がそれぞれ農地を所有して管理しているとは考えづらい。
村民全員が社員で、その勤務先は……おそらくこの石造りのばかでかい建物。
それに隣接している簡素な建物に、農業用の機械っぽいのが置いてある。
どれも木製で、その仕組みは見てて飽きなそうだ。
だが残念ながらじっくり見て回る時間はない。
そして道路を隔てて向かい合っている木造の二階建て。
おそらくそこが……。
「……ごめんください」
木の扉を押し開けると、きしむ音が出た。
ささくれがあちこちから飛び出ているその扉は、何十年も手入れをされてないように見える。
「……ん? 客か? ……違うのか」
奥のカウンターで肘枕していた男が起き上がって俺達の方を見るが、やる気のなさそうな顔をしてまたカウンターに突っ伏した。
客……ではないが、客になる予定でもある。
荷車で野宿でもいいんだが、部屋をとれるなら一泊はしておくほうがいいだろうか。
「あー……ちょっといいか? 俺達はここに行商に来たんだが」
「んー? 行商? 仕入れに来たんならここじゃなく向かいの建物に行けよ」
また顔をこっちに向けて、答えたと思ったらまた突っ伏す。
近づくと、その男の身なりはほとんど整えられてない。
寝癖だらけの髪の毛、不精髭。
着ている服はきれいなのは救いか。
「いや、売りに来たんだ。冒険者相手の商売をしてる。ここならずっと商売をしていられるって話を聞いたんだが……」
今までは、同業者が来そうな気配を感じとって店を畳んでいた。
じゃあ同業者が来なかったらずっと店を続けられるだろうと言う人もいるかもしれんが、そうはいかない。
冒険者を客にしてるんだ。
ということは、普通の冒険者でも抑えられる魔物が湧く現象ならば、いずれはその現象が収まる。
いつかはその場から離れなければ商売は成立しない。
なぜかは分からないが、それがいつまでも商売できる、という話を聞かされた。
移動する手間が省ける。
これだけでも商人としては、無駄な労力を省くことができる分旨味はある。
だが他の業者は商売に来る者はほとんどいないという。
それどころか、宿屋の主からは……。
「あぁ? 売りに来たぁ? 随分物好きな奴がいるもんだ。買い付けに来る商人なら珍しくはないがな」
物好きって……。
いや、待て。
買い付け?
ここで何を買うというんだ?
って言うか、あの風景を見れば分かることではあるが……。
「だが、売りに来てくれると有り難がられるっていう話も聞いたんだが……」
「あぁ? あぁ、冒険者相手に、だっけか? ……ひょっとしたらあいつ絡みか?」
「あいつ?」
「あぁ。そこにいるじゃねぇか。おぅい、ノロマー。お前に用がありそうな客だぞー」
「ノロマ?」
ひどい名前もあったもんだ。
渾名としても悪質じゃないのか?
マスターが見ている方に顔を向けた。
「んー? 俺のことかぁ? 俺の名前はモーナーだってばぁ」
こっちに背を向け、ボックス席に座っていた大男はゆっくりと立ち上がった。
その席は二人分を占めていた。
身長は二メートルは超えている。
長身のマッキーよりもはるかに高い。
「ふん。あいつは人間寄りだが、巨人族の血も入ってる。だから体格のでかさも人間の規格外なんだよ。ま、自分の力量ってのは弁えてる分バカじゃない」
バカじゃないって、その渾名は馬鹿にしてるのと違うか?
「で……その人達はぁ? あ、珍しいなー。ダークエルフかなぁ?」
「あ、あぁ……マッキーだ。よろしくな」
「そっかぁ。俺、モーナー。よろしくなぁ」
……なんか、挨拶がそれで終わったような雰囲気なんだが。
「あ、あーっと……ここで……」
「あ! アラタさんじゃないですか! ヨウミさんも! お久しぶりです!」
モーナーの後ろから甲高い声が聞こえた。
誰かと思ってみてみたら……。
誰だっけ?
「あの時は……本当にお世話になりました! エージです! 養成校卒業して間もない頃にお世話になった、初心冒険者四人組の……忘れちゃいました?」
「あ、あぁ、エージ君と……ビッツ君とシームちゃんとデイリーちゃんだっけ?」
ヨウミが覚えてた。
何と言うか、懐かしい面々と再会、という場面だな。
「えっと、あの、灰色の天馬さんとスライムは……」
「あーうん……。ちょっとお別れしてね」
「灰色の天馬とスライム? なんだそれは」
マッキーが口を挟んできた。
いない奴の話をしても面白くも何ともないから何も喋ってはいなかったが、食いついてくるとは思わなかった。
「あー、待て待て。いろいろ順番がおかしいだろ。えっと、ノロマっつったっけ?」
「モーナーだってばぁ」
インパクトの強さって、何者にも勝るもんだな。
※
「へぇ。あんたら定住しないで行商してんのか。そりゃ難儀なこった」
「腰据えて仕事しようと思ってんだが、そう言うことで場所を一々変えなきゃならんのよ。でも他業者が商売しに来なくて、しかも魔物が定期的に湧くってのは普通じゃないと思ってさ」
「そりゃノロマのせい……いや、おかげかな?」
「おかげ?」
人を襲う魔物が発生する。
それをおかげって言うのはどういうことか。
「その四人、あんたらのこと知ってそうだな。まだまだそいつらは、素人の俺から見ても、冒険者としては未熟この上ない。つか、貫禄が全然ねぇ」
気持ちは分かる。
つか、あれから結構月日が経ってると思うんだが……。
「ノロマが地面を掘ってってよ、まぁ地下の洞窟みたいなもんができあがっちまってんだが、そこに魔物が湧いて出てな」
それ、危ねぇじゃねぇか。
今までの魔物は、人里から離れた場所で発生してたよな。
人が住む場所の中にそんなもんが出たら、村の被害が甚大になるだろ。
「ところが発生する魔物はどれも弱いらしくてな。初心者向きのダンジョンになりかけてる」
いくら弱い魔物しかいないっつっても、魔物が出てくるダンジョンを作るって……。
この巨人族の亜種の人間、何者?!
「だから熟練の冒険者には旨味はない。未熟な冒険者達はしょっちゅうやって来る。けれども冒険者向けの店はここにはない。あんたらが聞いた話は、そういうことなんだろ? 何を扱ってるかは知らねぇけどよ」
「アラタさんが来てくれたのなら、回復面では完璧です!」
「わ、私の回復術は、どうしても魔力頼りになるので、すぐに尽きちゃうんですよね」
アイテムがあればまずそれを使う。
だから金欠ならぬアイテム欠ってわけだ。
「でも金はとるぞ?」
「この村から報酬もらえるので大丈夫です」
「和んでるとこ申し訳ねぇがよ」
宿屋の主がその雰囲気を止めるような口調で会話に混ざってきた。
「いくら危険じゃねぇっつってもそろそろ夜だ。魔物どもも夜になればいくらか力が増える。行くなら明日の朝にすべきだな」
「お、俺もそう思うぞぉ。暗くなれば、明かりも必要になるしなあ」
「ということで、お前ら四人は連泊だろ? あんたらはどうする?」
宿泊か。
宿で泊まれれば泊まりたいが……。
「荷車があるんだ。車庫とかあればいいんだが」
「車庫はないな。金目のものがある村じゃねぇ。泥棒なんて現れたこともねぇから盗まれる心配はねぇよ」
そりゃあんたが俺の荷車を盗まれても痛くもかゆくもないだろうよ。
俺が痛いんだ。
新調したばかりだしな。
「駐車場ならあるぜ。宿泊するなら無料だが、駐車場の利用だけなら有料だ」
「宿泊、しましょうよ!」
「久しぶりにお話聞きたい!」
未熟な冒険者四人組が絡んできた。
とは言っても、荷車の番は必要だよなぁ……。
いくら気配を察知できるとは言っても、俺にできるのは危険の回避であって、防御、防衛じゃないからな。
しかも熟睡してるときに盗まれたら、流石の俺も気付けない。
荷車で寝泊まりしていれば別だが。
「……しょうがない。二人部屋を一つ、とりあえず一泊で」
「え? こっちは三人なのに?」
「お前とマッキーが泊まるんだよ。俺は荷車でいい」
「なんで? 荷車の番ならあたしがやるよ? 用心棒以外の仕事もするって言ったじゃない」
「今夜に限っては、俺の方が都合がいい」
「なんだ? 泥棒の心配をしてたあんたが泥棒すんのか?」
違―よ!
つか、話しややこしくすんな、親父!
民家の数は、農地の広さに比べて少ない。
というか、農地が広すぎる。
一軒一軒がそれぞれ農地を所有して管理しているとは考えづらい。
村民全員が社員で、その勤務先は……おそらくこの石造りのばかでかい建物。
それに隣接している簡素な建物に、農業用の機械っぽいのが置いてある。
どれも木製で、その仕組みは見てて飽きなそうだ。
だが残念ながらじっくり見て回る時間はない。
そして道路を隔てて向かい合っている木造の二階建て。
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木の扉を押し開けると、きしむ音が出た。
ささくれがあちこちから飛び出ているその扉は、何十年も手入れをされてないように見える。
「……ん? 客か? ……違うのか」
奥のカウンターで肘枕していた男が起き上がって俺達の方を見るが、やる気のなさそうな顔をしてまたカウンターに突っ伏した。
客……ではないが、客になる予定でもある。
荷車で野宿でもいいんだが、部屋をとれるなら一泊はしておくほうがいいだろうか。
「あー……ちょっといいか? 俺達はここに行商に来たんだが」
「んー? 行商? 仕入れに来たんならここじゃなく向かいの建物に行けよ」
また顔をこっちに向けて、答えたと思ったらまた突っ伏す。
近づくと、その男の身なりはほとんど整えられてない。
寝癖だらけの髪の毛、不精髭。
着ている服はきれいなのは救いか。
「いや、売りに来たんだ。冒険者相手の商売をしてる。ここならずっと商売をしていられるって話を聞いたんだが……」
今までは、同業者が来そうな気配を感じとって店を畳んでいた。
じゃあ同業者が来なかったらずっと店を続けられるだろうと言う人もいるかもしれんが、そうはいかない。
冒険者を客にしてるんだ。
ということは、普通の冒険者でも抑えられる魔物が湧く現象ならば、いずれはその現象が収まる。
いつかはその場から離れなければ商売は成立しない。
なぜかは分からないが、それがいつまでも商売できる、という話を聞かされた。
移動する手間が省ける。
これだけでも商人としては、無駄な労力を省くことができる分旨味はある。
だが他の業者は商売に来る者はほとんどいないという。
それどころか、宿屋の主からは……。
「あぁ? 売りに来たぁ? 随分物好きな奴がいるもんだ。買い付けに来る商人なら珍しくはないがな」
物好きって……。
いや、待て。
買い付け?
ここで何を買うというんだ?
って言うか、あの風景を見れば分かることではあるが……。
「だが、売りに来てくれると有り難がられるっていう話も聞いたんだが……」
「あぁ? あぁ、冒険者相手に、だっけか? ……ひょっとしたらあいつ絡みか?」
「あいつ?」
「あぁ。そこにいるじゃねぇか。おぅい、ノロマー。お前に用がありそうな客だぞー」
「ノロマ?」
ひどい名前もあったもんだ。
渾名としても悪質じゃないのか?
マスターが見ている方に顔を向けた。
「んー? 俺のことかぁ? 俺の名前はモーナーだってばぁ」
こっちに背を向け、ボックス席に座っていた大男はゆっくりと立ち上がった。
その席は二人分を占めていた。
身長は二メートルは超えている。
長身のマッキーよりもはるかに高い。
「ふん。あいつは人間寄りだが、巨人族の血も入ってる。だから体格のでかさも人間の規格外なんだよ。ま、自分の力量ってのは弁えてる分バカじゃない」
バカじゃないって、その渾名は馬鹿にしてるのと違うか?
「で……その人達はぁ? あ、珍しいなー。ダークエルフかなぁ?」
「あ、あぁ……マッキーだ。よろしくな」
「そっかぁ。俺、モーナー。よろしくなぁ」
……なんか、挨拶がそれで終わったような雰囲気なんだが。
「あ、あーっと……ここで……」
「あ! アラタさんじゃないですか! ヨウミさんも! お久しぶりです!」
モーナーの後ろから甲高い声が聞こえた。
誰かと思ってみてみたら……。
誰だっけ?
「あの時は……本当にお世話になりました! エージです! 養成校卒業して間もない頃にお世話になった、初心冒険者四人組の……忘れちゃいました?」
「あ、あぁ、エージ君と……ビッツ君とシームちゃんとデイリーちゃんだっけ?」
ヨウミが覚えてた。
何と言うか、懐かしい面々と再会、という場面だな。
「えっと、あの、灰色の天馬さんとスライムは……」
「あーうん……。ちょっとお別れしてね」
「灰色の天馬とスライム? なんだそれは」
マッキーが口を挟んできた。
いない奴の話をしても面白くも何ともないから何も喋ってはいなかったが、食いついてくるとは思わなかった。
「あー、待て待て。いろいろ順番がおかしいだろ。えっと、ノロマっつったっけ?」
「モーナーだってばぁ」
インパクトの強さって、何者にも勝るもんだな。
※
「へぇ。あんたら定住しないで行商してんのか。そりゃ難儀なこった」
「腰据えて仕事しようと思ってんだが、そう言うことで場所を一々変えなきゃならんのよ。でも他業者が商売しに来なくて、しかも魔物が定期的に湧くってのは普通じゃないと思ってさ」
「そりゃノロマのせい……いや、おかげかな?」
「おかげ?」
人を襲う魔物が発生する。
それをおかげって言うのはどういうことか。
「その四人、あんたらのこと知ってそうだな。まだまだそいつらは、素人の俺から見ても、冒険者としては未熟この上ない。つか、貫禄が全然ねぇ」
気持ちは分かる。
つか、あれから結構月日が経ってると思うんだが……。
「ノロマが地面を掘ってってよ、まぁ地下の洞窟みたいなもんができあがっちまってんだが、そこに魔物が湧いて出てな」
それ、危ねぇじゃねぇか。
今までの魔物は、人里から離れた場所で発生してたよな。
人が住む場所の中にそんなもんが出たら、村の被害が甚大になるだろ。
「ところが発生する魔物はどれも弱いらしくてな。初心者向きのダンジョンになりかけてる」
いくら弱い魔物しかいないっつっても、魔物が出てくるダンジョンを作るって……。
この巨人族の亜種の人間、何者?!
「だから熟練の冒険者には旨味はない。未熟な冒険者達はしょっちゅうやって来る。けれども冒険者向けの店はここにはない。あんたらが聞いた話は、そういうことなんだろ? 何を扱ってるかは知らねぇけどよ」
「アラタさんが来てくれたのなら、回復面では完璧です!」
「わ、私の回復術は、どうしても魔力頼りになるので、すぐに尽きちゃうんですよね」
アイテムがあればまずそれを使う。
だから金欠ならぬアイテム欠ってわけだ。
「でも金はとるぞ?」
「この村から報酬もらえるので大丈夫です」
「和んでるとこ申し訳ねぇがよ」
宿屋の主がその雰囲気を止めるような口調で会話に混ざってきた。
「いくら危険じゃねぇっつってもそろそろ夜だ。魔物どもも夜になればいくらか力が増える。行くなら明日の朝にすべきだな」
「お、俺もそう思うぞぉ。暗くなれば、明かりも必要になるしなあ」
「ということで、お前ら四人は連泊だろ? あんたらはどうする?」
宿泊か。
宿で泊まれれば泊まりたいが……。
「荷車があるんだ。車庫とかあればいいんだが」
「車庫はないな。金目のものがある村じゃねぇ。泥棒なんて現れたこともねぇから盗まれる心配はねぇよ」
そりゃあんたが俺の荷車を盗まれても痛くもかゆくもないだろうよ。
俺が痛いんだ。
新調したばかりだしな。
「駐車場ならあるぜ。宿泊するなら無料だが、駐車場の利用だけなら有料だ」
「宿泊、しましょうよ!」
「久しぶりにお話聞きたい!」
未熟な冒険者四人組が絡んできた。
とは言っても、荷車の番は必要だよなぁ……。
いくら気配を察知できるとは言っても、俺にできるのは危険の回避であって、防御、防衛じゃないからな。
しかも熟睡してるときに盗まれたら、流石の俺も気付けない。
荷車で寝泊まりしていれば別だが。
「……しょうがない。二人部屋を一つ、とりあえず一泊で」
「え? こっちは三人なのに?」
「お前とマッキーが泊まるんだよ。俺は荷車でいい」
「なんで? 荷車の番ならあたしがやるよ? 用心棒以外の仕事もするって言ったじゃない」
「今夜に限っては、俺の方が都合がいい」
「なんだ? 泥棒の心配をしてたあんたが泥棒すんのか?」
違―よ!
つか、話しややこしくすんな、親父!
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