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三波新、放浪編

こだわりがない毎日のその先 その5

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 何となくヨウミが荒れているような気がする。
 一々そんなことで気配を察知する力を使ってられるか。
 使ったところで、何かが消耗するってわけでもないが。
 それというのも、テンちゃんとライムが俺達の元を離れた。
 ヨウミから見た俺の言動は、それを思いとどまらせるどころか、立ち去るように促した、と受け止めている。

「……客相手の仕事なんだからさ、もう少し愛想よくしろよ」
「アラタに言われたくないわよ!」
「俺はおにぎり作りがメインだからな」
「寂しそうな顔してんじゃないわよ!」

 してねぇよ。
 仲良しのつもりだったんだろうが、それ以上にあの二人には、離れる理由、離れなきゃならない理由の力が強かったってことだ。
 こっちは親友だと思ってたのに、向こうからはそれほど親しく思われてなかったという行き違いの人間関係とおんなじだ。
 そんな経験、ヨウミにはなかったのか?
 羨ましい限りだ。
 俺は逆に、そんな関係なんぞ珍しくもないって感じだからな。
 だが今回の売り上げはそれほど高くはなかった。
 行商人の気配を久しぶりに感じ取ったからな。
 しかもテンちゃんとライムが去っていった次の日のこと。
 そしてサキワ村に向かって移動を初めて三日目の二人旅。
 二人きりになるのは、本当に久しぶりだ。
 だが俺もヨウミにも、それを懐かしむ気持ちは全くない。

「……仕事に身が入らなかっただけじゃないの?」

 とヨウミからクレームが入る。
 ギスギスしすぎだ。
 あいつらは道具じゃない、と常日頃から思ってはいるが、俺達のぬいぐるみとか玩具とかでもないんだぞ?
 だいたい同業者がいつやって来るかの予想は無理だし、こっちが店を開いたら何日間は立ち寄り禁止などと制限をつけるわけにもいかない。
 だが、普段からあの二人を頼りにしてたら、間違いなく戦力ダウンだったろう。
 基本的に俺自身の力で何とか出来るようにカスタマイズを頼んだ荷車だ。
 とりあえず移動については、俺とヨウミの二人きりになっても以前と劣るところは何もない。
 むしろ、新調したことでキャタピラーなどの道具も用意できた。
 立ち往生することもあったが、そんな数々の道具を使い、俺一人の力でいくつもあった難所を抜けることができた。
 今までは、その難所の気配を感じ取っては大きく迂回するしかできなかったが。

「寂しいと死んでしまう小動物じゃねぇんだから、もっとしゃんとしろよ。どうせお前は御者席で座ってるだけなんだから」
「……じゃああたしも荷車引っ張る!」
「馬鹿やろ! 動いてるときに飛び降りるな! 怪我したらまずいだろ!」

 体を動かしてる方が、じっとしてるよりも余計なことをあれこれ考えずに済む、という算段らしい。
 間違っちゃいないが……。

「俺と一緒に引っ張っても、お前が梶棒に捕まってぶら下がっても大差ないような気がするんだが?」
「うぐぅ……」

 それでもヨウミは梶棒を離さず、自分なりに力を入れて荷車を引っ張っている。
 ライムが加入する前には、そのようなことは一歩たりともしなかった。
 寂しさを紛らわすためってのが見え見えだ。
 けど丸二日も拗ねに拗ねまくってた。
 そんな中で、何か感じ取ったものがあったんだろう。
 前向きな姿勢とも受け取れるその行動は評価してもいいか。
 なんせたった一日、いや、数十分の会話の結果で状況がガラッと変わったんだ。
 その現実を認めたくなかったんだろう。
 俺だって、休日になるはずだった日程が、周りの人の気まぐれで何十日も休みなしの日程に変わったことはザラにあった。

「あれ、そう言えば、あの旗手達どこまで進んだのかな?」
「ん?」

 ヨウミの口調がいきなり変わったためか、話しの出だしを聞きそびれた。
 耳が音声についていけないことって、割とある。

「旗手達もこっちの方向に進んだんだよね。アラタの言いっぷりだと、あそこの近くで泉の現象が起きそうって話だったでしょ?」
「あぁ、その場所はもう通り過ぎたよ。この道の左側の奥の方。山の麓っぽかったけど、洞窟がそこにでもあるのか……」
「洞窟はそんなにあちこちにはないわよ。あったらアリの巣みたいになっちゃうでしょ」

 それもそうか。
 洞窟で山が崩れたりしかねない。

「多分表面だから雪崩現象かもね。屋外での泉現象が起きてるんじゃないかしら? ってことは、その場所は通り過ぎたってこと?」
「移動を始めた初日に、もう通り過ぎてた。ここはもう安全圏内。っつっても、あの連中、多分まだ魔物達とやり合ってるところだな」

 それにしても、まさか俺のいた世界から新たに召喚されてるとは思わなかった。
 しかも元職場の先輩が、だ。
 けど、何の旗手かは聞いてなかったな。
 俺は旗手の役から降りたけど、力はそのまま使えるようだから、同じ予見ではないとは思うが。

 けれど、七人揃っても、魔物を抑え込むのに手間取ってるってのはどうなんだ?
 こっちは歩き続けてススキの原っぱの道も終わって、強い日差しを遮るような林道に入ったというのに、その戦いの気配はまだ感じ取れる。
 まぁ今の俺にはどうでもいいことだ。
 熱せられることのない空気が流れ、それが涼やかな風に感じる。
 しかも、周りの景色はさえぎられることはなく、緑のトンネルをくぐっている感じがする。
 その清涼感は自然の恵みによるものってやつだな。
 おかげで、足取りにも少しだけ力が入る。

 けれども。

「ヨウミ。林の中に何か……いるな」
「何か? 何かって何よ? まさか、テンちゃん達?!」

 そんなわけがない。
 こっちに、何と言うか……敵意って言うか……。

「何か、こっちにちょっかい出してきそうな奴がいる。今にもすぐにこっちにかかってきそうだから……」
「え? 魔術でもかましてくるの?」

 あぁ、そんな感じか。
 自分は俺達から離れたまま、何か関わろうとする感じ。

「だけど魔法の気配はないな。となると……」
「弓? って、まさかエルフとか?!」

 そういえばエルフとかは今まで見たことなかったな。
 そんな奴らもいるのか。

「でも一応魔物の区分になってるから……まさか泉……じゃなくて、雪崩現象の魔物?! こっちにまで来ないって言ってたじゃない!」
「声がでかい! ……あの発生から現れた魔物とは別物みたいだ。でなきゃすぐにでも襲ってこれるはずだし……。あ……」

 方向は左側面上方から。
 多分高い木の枝にいるんだろう。
 けれども危害を加えるんじゃなくて、驚かすつもりか?
 脅すんじゃなくて。

「あって何よ! どうしたの!」
「でかい声で騒ぐな。……俺が頷いたら俺にぶつかってこい。ぶつかったら、左側の一番高い木を見てみろ。今は見るな!」

 小声での指図に、訳が分からなそうではあったがヨウミは頷いた。
 あとはタイミングなんだが……。
 あ、今か?
 コクリと頷く。
 その言葉通りに梶棒を牽いて歩いていたヨウミはそれから手を離し、俺にぶつかってきた。
 その瞬間一本の弓矢がヨウミの左側の地面に突き刺さる。

「何かいた! ……灰色の……エルフ?」

 また灰色かよ。
 それはそれとして、その声を聞いて俺もそっちの方を見る。

「へぇ。彼女、いい勘してるねぇ。戦闘の素質あり、かなあ?」

 随分よく通る声だ。
 かなり距離があったはず。
 そこから枝伝いに降りてきて、そいつは荷車のそばにやってきた。

「エルフの女の人だ……」

 エルフなのに人って言い方はどうなんだ?

「ヒマだったから揶揄いに来ただけだよ。けどなかなか面白そうな奴だな、お前」
「俺か? ま、俺もこいつもただの一般人だよ」
「お前じゃねぇよ! そっちの女だよ!」

 どうしよう。
 またややこしいのに絡まれた。
 しかも、多分どこか抜けてる。
 もっとも芝居したからそう見られるのも当たり前か。
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