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三波新、放浪編

動揺、逆上、激情 その7

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 三日間も眠りっぱなしだったか。
 なら勘だのなんだのも鈍ってたんだろうな。
 車庫の外に誰かがいるというなら、しかも俺のことを待っているというならなおさらだ。
 普通ならその気配に気づいていたはずだ。
 客のことより、そっち方面のリハビリの方が気にかかる。

「えっと……、アラタ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないな。まだいつもの俺じゃない。調子が戻ってきてないようだ。まずそれが気にかかる。その次にテンちゃんとライム。お前、その次な」

 ……何のツッコミも来ない。
 どうした?
 またそういうことを言う、とか何とか言い返してくるだろ、いつものヨウミなら。

「悪い。お前も調子戻ってきてないのか?」
「……えっと、そういうことじゃなくてね?」
「何だよ」
「アラタ……この方のこと見てないでしょ」
「見たことのない人よりも、お前ら全員の体調の方が大事だからな。見たことのない客がこの世界からいなくなっても、俺の生活はそんなに変わらないだろうし」
「こ、こらっ」

 なんか、妙に焦ってんな、こいつ。
 どうしたんだ?

「私がこの世界からいなくなっても、アラタさんの生活は変わらない、ですか。そうなるには、ちょっと時期尚早かもしれません」
「へ?」

 って、今まで気にしなかったけど……何と言うか、やたらと着飾ってるこのおば……。
 いや、見た目での年齢と俺の年の差を考えれば……お姉さん、でいいか?
 四十代っぽいよな。
 十才違いってことはないだろ。
 つか、こんな綺麗な服に藁がくっついたら……クリーニングが手間だろうなー。

 ……考えてみりゃ、ずっとこいつを放置しっぱなしなのに、俺に向かって不快感とか全く持ってない……な。
 むしろ、いくらでも待つという……謙虚さ?
 違う。
 気品ってやつか?
 ヘリくだりもなく、驕るでもない。
 それに後ろの男二人も、武装していながら敵意とか害意とか、全くないってのが……。

「アラタ。この方、王妃様。ミツアルカンヌ王妃」

 はい?
 なにその苗字と名前の区別がつかなそうな名前。
 って……。

「オウ……ヒ?」
「そう、王妃様。国王の后」

 ……えーと。

「なんか、今日、耳が日曜日みたい」
「バカな事言わないの。この方」
「ニセモノ?」
「うん……まぁ……信じられないのも無理はないけど……」

 そっくりさんとか影武者とかあるじゃん。
 とくに高貴な身分の人になら。

「装飾品とか、後ろの親衛隊の人の装備品とかに王家の紋章入ってるでしょ?」
「いや、知らねぇし」
「そんなわけないでしょ? 旗手の人達が持ってた武器防具とかにもついてたはずだよ?」
「見てる余裕があったと思うか?」
「……う……。まぁ、分からなかったら分からないでいいけど」

 大体俺が住んでた世界の日本民国じゃ、陛下とかが町中のホテルに誰かに会いに行くなんてことまったく考えられないんだが?
 それと同じ次元だろこれ。
 そっくりさんを連れて来たってことじゃねぇの?

 残念ながら大外しだぜ。
 なんせ俺は、この国の王家の人間の顔も名前も分からない。
 そういう意味では常識知らず比べじゃ無敵だぜ!

「本物だとして、どこぞの町の宿にずっと泊まってるってのもおかしいだろ」
「だから親衛隊の人が護衛してるんじゃない」

 警護もそうだろうが、変な噂が立たないようににらみを利かせるってこと?
 だが仮に俺が王妃の顔も名前も知ってたとしてもだ。
 目の前にいる人物は本物か偽物かの区別はつかんぞ?
 つまり、こいつは本物偽物の論争は不毛ってことだ。
 ということは、その点について議論するだけ時間の無駄だ。
 となると……本物と仮定して、だ。

「なんで俺達の居場所が分かった?」
「それはあたしが説明したでしょ?」

 今度はテンちゃんか。
 何か言って……あ……。
 天馬とそれに乗った何者かの全身が虹色になって、それが目立って、目撃者が多くいる……と……。

「荷車を牽く天馬。色彩が違うから別物って言い張っても、しらを切りとおすの、難しくてね」

 旗手相手に白々しい芝居を打てるようになったヨウミでも、王族相手は流石にガマの油状態か。

「危篤状態です、とか言って追い出せばよかったじゃねぇか」
「……アラタ、ちょっと聞いてくれる?」
「何だよ、改まって」

 ヨウミは俺の正面にぺたりと座って俺の目を覗き込んできた。

「考えたんだけど、アラタのことを嫌う人達って、意外と少ないのよね」
「何だいきなり」
「だって、まず同業者の人達とは店を始める場所ってかち合わないでしょ?」
「来そうな時にはこっちから譲るからな。それにやって来る行商人は一人や二人じゃねぇ。四つも五つも来る。場合によっちゃその倍とかな」

 俺一人で、補給を求める冒険者達の要望に応えられるわけがない。
 売値は俺の店よりどこも高いはずだ。
 だが品数、種類は間違いなく向こうが多い。
 俺の店の品が安くて効果があるっつっても、それはおにぎりと飲み物だけの評価。
 アクセサリーなんて扱ってないし、使い捨ての武器や防具、道具なんてなおさらだ。
 そんな俺の店と同業の店、どっちがあったら便利かは一目瞭然。
 店の場所を譲るというより、客になる冒険者のニーズのため、ということもあるかな。

「お客さんからの評判も、悪口とか愚痴とか聞かないし」
「あったら転職してるよ」
「ってことを考えると、今まであたしたちが警戒してたのって、大きな枠の意味で王家の人達と慈勇教、商人ギルドの三種しかないわけでしょ?」

 ……まぁ、そうなるな。
 人数はともかく、所属の団体となると大雑把に数えるとそうなる。

「そのうちの一つの王家がお詫びしたいって噂はあちこちから聞いてるよね」
「あぁ。俺は別にどうでもいいけどよ」
「でも王家の人達からすれば、詫びを入れることで一区切りつけられると思うのよ」
「自分の気持ちを落ち着かせるために俺に頭を下げるってのは、自分の利を大きくするために人をダシにするってことだろ?」
「そうだとしても、その三種の中の一種がなくなるわけじゃない?」

 まぁ言われてみれば確かにそうだ。

「今まであたし達のことを追い回す王家の人達の数って、どれくらいいるか数えきれないほどよ?」

 警備隊だっけ?
 衛兵か?
 それに……この女の人の後ろにいる親衛隊?
 命令すればこいつらも追いかけてくるってわけか。

「それに、慈勇教がらみだけど旗手の人達もそうでしょ? 追い回すのを辞めるかもしれないと思うと、こっちの負担もかなり楽になると思うんだけど」
「王妃に頭を下げさせるなんて不届きなヤロウだっつって追いかけてくる輩も出てくるかもよ?」
「それはそうかもしれないけど、それは置いといて」

 都合が悪くなると話題を逸らすなんて、それは議論としてはどうかと思うぞ?

「お詫びしたくても、王族の人に会いに行かなかったわけじゃない?」
「招待状も何もないしな。謝られに来ましたーって言いながら王宮に入ったら、即叩き出されるだろ」
「けど今、こうしてお詫びをしに来たのよ。受ける受けないはアラタの判断に任せる。けど、足を向こうから運ぶほど、アラタと会うことを切望してるってことよね」

 まぁ……この国の権力のトップの団体が一個人の為にこうして動いてるってのは……レアだよな。

「普通なら、公的に、しかも大掛かりな舞台でアラタに頭を下げるべきなのよ。けど、手配書とかがあちこちにまわっても、それに反応した人ってごくわずかじゃない? ……あたしのお祖父さんみたいに」

 手のひら返し様は覚えてるぞ。
 気にしないけどな。

「でもどの宿でも、どの酒場でもあの張り紙に反応した人っていなかった」

 まぁそうだな。

「だから、お詫びをしなきゃいけない場所は、公共の場所じゃなくてもいいかなって」
「……詫び自体してもらわなくても構わんと思うんだが」
「それはアラタがお詫びしてもらってからの判断でいいんじゃない? あたしもアラタから王宮とかに出向くのは筋が違うと思ってた。でもこうして向こうから足を運んできたのよ? 住所不定のあたし達の居場所をわざわざ探してね」

 言われてみれば、ヨウミの言うことも一理ある。
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