上 下
56 / 493
三波新、放浪編

動揺、逆上、激情 その6

しおりを挟む
「ところで……いてて」
「我慢なさいよ。もう少しほぐしてあげて、ライム」

 ストレッチ運動はテンちゃんとライムに付き合ってもらっている。
 ヨウミは俺がストレッチを始めようとしたときに、車庫から出ていった。
 何か用事があるんだとか。
 俺が眠っている間、いろいろ面倒なことを一手に引き受けてくれたから、多分その雑用の続きなんだろう。
 車庫は一台ずつ収容できるガレージのような感じで、防音までは施されていないようだが壁と天井に囲まれている。

「正直言うと、あの時はあたしの方が危ない状況だったんだけどね」
「ん? いてて。もっと優しくしてくれ」

 体を横に曲げて側面を伸ばすストレッチ。
 テンちゃんが頭で右わきを押すんだが、思いのほか強すぎる。

「あ、ごめんごめん。で、助けてもらった後荷車に戻ったら、アラタの方が重体っぽい感じ」
「重体?!」
「だってライムがアラタから離れた後、すぐに意識なくしちゃって……。そうまでして……」
「気にすんな。俺が行商一行の責任者だからな」
「責任者……って……」

 そこら辺の話はいつでもできる。
 それよりもだ。

「で……今は……夜か?」
「お昼近い時間よ。三日間かしらね。ずっと眠りっぱなしだったのよ?」
「三日?!」

 そんなに寝込んでたのか!
 あれ?
 待てよ?

「その間のテンちゃんの飯はどうしてたんだ?」
「うん……。悪いけど、貯金切り崩してもらっちゃった……。まぁ一番安い干し草でも問題なかったから」

 今までは俺のおにぎりで済ませられてたからな。
 ススキモドキから採れる米で炊いてたから、食材はタダ。
 その分浮いた金で賄えたと思えばそれでいいさ。

「気にするな。そう言えばお前のケガは? 両翼と足」
「助けてもらった後、すぐに全部食べた」
「お、おぉ……。いくつ作ってたっけ……」

 おにぎりの数なら……三十個くらいあったか?
 それ全部食ったのか。

「ま、まぁ食欲があるのはいいことだ、うん」
「おかげで怪我は治ったし。ここまで荷車を引っ張って来れるくらいにね」

 上々じゃねーか。
 荷車も損傷はなさそうだし。

「ヨウミは相変わらず御者席か?」
「当たり前でしょ? あたしと一緒に荷車引っ張ってたら、それこそ周りから変な目で見られるでしょうに」

 確かに、御者席に誰かがいて、灰色の天馬とは言え凡そ馬の姿をしたテンちゃんが荷車を引っ張る図は自然に近い姿だ。

「ヨウミも、自分も引っ張るって言い張ってたけどね」

 意外と……いや、前から気が利くタイプだったっけ? テンちゃんは。

「……上半身は大分解れたな。足腰の方も何とかしないと」
「いきなり立ち上がったら危ないよ? ライムに足、動かしてもらったら?」
「お、おぉ、できるんなら頼むわ」

 ライムは膝の裏に潜り込んで、そこで体を上下方向に伸縮を始めた。
 膝の曲げ伸ばしと股関節の運動になる。

「そう言えば……変な夢を見たんだが」
「うん、あたしも」

 お前も寝てたんか。
 いや、別に構わんけどさ。

「何か……あたし、アラタになってたような気がする。で、アラタが助けに来てくれるの」
「……俺も、そんな感じだった」

 俺達、入れ替わってるっていう話じゃないだろうが……。

「だから……あの時、やっぱり助けに来てくれてうれしかったんだなーって」
「どの時だよ」

 いろいろとごちゃごちゃになりすぎてる。
 夢の話か、あの時の話か。

「ライムと一緒に来てくれた時。まさか来るとは思わなかったから」

 いや、普通の人間の神経してれば助けに行くだろ。
 理詰めで考えるだけでもそう行動するもんだろうが。

「でも、あの夢見て、アラタの気持ちも分かった気がする」

 だが残念っ。
 俺はお前に恋心など持ってはいない。
 誰に対して残念と言いたいのか分からんが。

「でもお前の夢に入り込むなんて、できるわけがないだろ」
「ライムの効果かもしれないわね」
「ライムの?」

 いや、そういえば夢の間と終わりは、見える物全てに虹色がかかってたもんな。
 非常事態をきっかけにして、何かの力に目覚めるなんてこともなくはない。
 まぁそれは俺にはないわけだが。

「でも戻る時、かなり目立ったらしいわよ?」
「目立った?」

 戻るってのは、ライムとテンちゃんとで荷車の所に戻る時だよな。

「何かあったのか?」
「空飛んだでしょ?」
「あぁ」
「誰かを乗せた天馬が虹色に輝いていたって噂があちこちで。この宿をとる時もそんな話でもちきりだった」

 一気に有名人かよ。
 噂になんてなりたくないっての。

「人の口に戸は立てられない、とはよく言ったもんだ。七十五日待たないとな」
「あ、そのこともあったんだよね」
「何がよ? あ、ライム。悪いけど反対側の足頼むわ。こっちは大分動けるようになったな」

 ライムはもそもそと動いて反対の足に移動する。
 ちなみに車庫は、荷車を置くところは石畳だが、けん引する動物もそこにいることもある。
 もちろん俺達のように魔獣もそこに収容できるのだが、生き物を石畳の上で寝せるのは体に良くないらしく、わらなどを敷き詰めて、そこを寝床としている。
 俺達が体を横にしているのはその場所だ。

「えっとね。ヨウミがさっき、お客さん来てるって言ってたでしょ?」
「あ、そう言えばそうだな。まぁ俺は、誰かを呼んでほしいと思ってる相手はいないけど。あ、ひょっとして医者とか?」
「ううん。とにかくすぐにあたし達を車庫に置いといて……ってここを予約したんだけど、宿の部屋に連れ込むよりもここで寝せといたほうがアラタの負担は少ないだろうってヨウミの判断で」

 あいつもあいつで、地味に活躍してるな。
 それで?

「その次の日の朝だったかな。女の人が、男の人二人くらい連れてきて、アラタに大事な用事がある……って」

 誰だよそいつ。

「で、目が覚めるまではここで待たせてもらうって」
「ここ? 車庫で?」
「そう。でも車庫で待たせるのはちょっと心苦しいからってヨウミが言ってたな」
「それで、部屋をとって……って、そいつらの為に部屋とったのかよ」
「元々その部屋は、ヨウミが夜にそこで休むためだったんだよ? じゃあってことでその部屋で待っててもらって……」

 ついで、ということなら、まぁいいか。
 ということは、俺が目を覚まして、体を動かせるようになるのを待って……ってことか。

「アラター、入るよー」
「ん? ヨウミか? あぁ。別に構わないよ。裸になってるわけじゃないしな」

 扉が開いてヨウミがやや呆れた顔をして入ってきた。
 両手には盆。
 その上には何やら皿のようなものが見える。

「元気になったと思ったら、また変なことを言う。とりあえず消化の良さそうな食事作ってもらった」
「お、おお、悪いな。そう言えば腹が減ってた」

 腹具合に今気づいた。
 ヨウミの言葉に反応するように、腹の虫が鳴く。

「物足りないかもしれないけど、何も口にしてなかったんだからね? 飲み物とかはたまに飲ませたけど」
「三日間だっけか。看病ありがとな」
「素直でよろしい」

 料理の見た目は確かに物足りない。
 しかし皿を全て空にすると、意外とそれで満足できた量だった。

「食える量が減ったなぁ」
「そりゃそうよ。しばらく安静にしてればすべて元通りになるわよ」
「……ま、その時が夕方辺りだったらそれこそ文句はないんだがなぁ」
「文句と言えば……お腹落ち着いた?」

 何だよその文脈は。
 どうつながりがあるんだ。

「あぁ。落ち着いたが、どうした?」
「お客さん、呼んできてるの」

 ヨウミは、食事を持ってきてからずっとここにいたんだぞ?
 お客さんが呼んできてるってことは、ずっと待たせっぱなし?

 待てよ?
 俺の行商を期待してる奴だったら、ずっと待っていたい気持ちも分からなくはないが……。

 いや、テンちゃんはさっき、女一人と男何人かって言ってたな。

「じゃあ呼ぶね?」

 ヨウミは扉を開けて、そこにいる誰かに声をかけた。

「……どうぞ」
「失礼します」

 静かな立ち振る舞いで入ってきたその女性は……。

「誰?」

 やっぱり見たことなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

追放されたテイマー半年後に従魔が最強になったのでまた冒険する

Miiya
ファンタジー
「テイマーって面白そうだったから入れてたけど使えんから出ていって。」と言われ1ヶ月間いたパーティーを追放されてしまったトーマ=タグス。仕方なく田舎にある実家に戻りそこで農作業と副業をしてなんとか稼いでいた。そんな暮らしも半年が経った後、たまたま飼っていたスライムと小鳥が最強になりもう一度冒険をすることにした。そしてテイマーとして覚醒した彼と追放したパーティーが出会い彼の本当の実力を知ることになる。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

処理中です...