上 下
31 / 493
三波新、放浪編

リクエストに応えてみよう と思ったんですが その3

しおりを挟む
 この世界にも笠があって助かってる。
 傘だと片手が塞がってしまう。
 両手がフリーだと、いろんな作業が捗るし、力仕事も何とかこなせる。
 人並み以下だけどな。

 ススキを鎌でかき分けて進む。
 切り倒すわけにはいかない。
 視界を遮るススキだが、食材として恩恵を受けている。
 感謝の気持ちがあるから、などという殊勝な気持ちではない。
 切り倒すと、収穫がその分減ってしまうからだ。
 踏み倒して折れてしまうのは仕方がない。故意じゃないしな。

 けど、足元がぬかるみ始めている。
 体が沈むことはないがくるぶしの下まで沈むことがある。
 足元がおぼつかないところは避けたい。
 自ずと最短距離は進めなくなる。
 これは流石に仕方がない。

「……接近できなくはないが、足首まで沈んだら動きが取れないかもな。硬くて重い岩か何かがありゃ……」

 狂暴な魔物三体が寄ってたかって衰弱している獲物に襲っていた。
 だが仕留めきれなかった。
 それだけ生命力が高く、しかも増水した川の流れに逆らって、岸までたどり着いている。
 溺れている猫を助けるのとはわけが違う。
 全身の力を使わないと、土手の方まで引き上げることは難しそうだ。

「……ご都合主義にもほどがあるだろ。……硬いな。そして、重い。こいつ、使えるか?」

 鎌とスコップで岩を叩く。
 ヒビ一つ入らない。
 救助対象はおそらく大物。
 普通に使えば長すぎるロープだが、相手も重ければロープは切れる。

「三つ折りくらいにして岩にくくって……、うん、おそらく大丈夫だ。長さも十分」

 体に巻き付け、さらに接近。
 ススキの海をかき分けて、それが終わって視界が開けた。

「う……馬?」

 馬だった。
 競馬のゲームで遊んだこともあるが、アレに登場する馬の重さは確か……。

「四百キロ……。俺を潰してくれるなよ?」

 俺の呟きは理解出来まい。
 その前に、水が流れる音が意外と大きい。
 聞こえるわけがないか。
 だが。

 馬が俺に向ける顔には、明らかに怒りの表情が浮かんでいる。
 しかしこっちに移動できないようだ。
 となると、おそらく足を折っているのか。
 競走馬って、足が折れたら……。
 でもこいつは違う。
 死ぬと分かったとしても、それでもこっちに体と顔を向けている。

「助かりたいんだろうが、それを邪魔しに来た俺、と判断してるわけか。……痛くても苦しくても文句言うなよ?」

 体に巻き付けたロープを解く。
 ひっかける場所は、もちろんそいつの前足。
 ロープの先に、重りになるような石を見つけて括りつける。
 そして振り回して勢いをつけて……。

「助かりたきゃ、前足上げろ! 後ろ足で踏ん張って流されないように堪えろ!」

 俺の叫び声は聞こえただろう。
 だが理解できまい。
 できなくてもいい。

「……行けっ!」

 ロープを遠心力と全身の力で放り投げる。
 狙い通り前足の一本に絡まった。

「さて、期待に応えてくれるかな? お前も、俺の足元も」

 少しでも俺が馬の体重に負けて前進すると、斜面に足を踏み入れてしまう。
 すると身動きが取れないまま水の流れに襲われるか、身動きが取れないまま増水の被害を受けるか。
 だがこのままだと、いくらロープ三本でもいつかは切れてしまう。
 それだと……。

「……助けに来た意味がねぇ。行くぞ!」

 引っ張る。
 力いっぱい引っ張る。
 足が取られて斜面の下り坂に足が伸びる。
 だが、尻もちをついたせいで、体の重心はそこに留まる。
 しかも思わずロープを離したおかげで斜面に近づかずに済んだ。
 そのおかげはそればかりではなく、いくらか俺を冷静にさせてくれた。

「……ひっかけた前足が折れてたのか。ま、それは運が悪いと思っとけ。運のトータルは、ラッキーの割合がでけぇぞ!」

 勢いよく立ち上がって、再度ロープに手をかけて引っ張った。

「後ろ足だ! 痛くないなら後ろ足でこっちにわわわっ!」

 今度の尻もちは、思いっきり後ろの方についた。
 俺の叫ぶ声よりも早く、後ろ足を蹴り、俺の方に向かって川から上がることができたようだ。
 だが安心するのはまだ早い。
 まともに立てないなら、斜面からずり落ちて再び川に飲まれてしまう。

「綱引きなんて、小学生の運動会以来だ……ぜっと!」

 俺の引っ張る力なんて、四百キロの前じゃ雀の涙なんて立派なもんじゃない。
 蚤の心臓に毛が生えるなら、その毛ほど程度の力にしかなれないだろうよ。
 だが馬は上ってきた。
 三本足で大したもん……ん?
 んん??

「……六? ……六本……足? いや、よく見たら……顔は馬だけど……」

 足も顔も馬だ。
 だが体から生える毛が馬の物じゃない。
 鳥の羽毛のような羽根。
 魔獣の気配を感じた。
 だが目にしたら、ただの馬だった。
 助けてみたら馬のような馬じゃないものだった。
 何を言ってるか分からないが、やることはまだ終わっちゃいない。
 道路がある平らなところまで引き上げてやらないと……って……。

「右前足、それと左の中……の足の二本やられてたのか。けど、折れた一本はロープで引っ張ってやる。残りの四本で何とかして……上がってこいっ!」

 うらみのこもったような目で睨まれている。
 二本折れてるなら、襲われても逃げ切れるだろう。
 が、まず……助ける方が先だ!

 もはや笠の意味がなくなっている。
 全身泥だらけ。
 そして、疲労困憊の中、何とか引き上げに成功した。
 へたばってるのは俺ばかりじゃなく、馬の方も息切れしている。

「……ったく……。異世界だからご都合主義もあったもんじゃねぇと思ったら……」

 ロープを体に絡めているライムがぴょこぴょこ飛びながらやって来る。
 お前が荷車から離れたら、誰がヨウミを守るってんだ!
 ……いや。

 お前も、あの時の俺を助けたかったのか?
 はん、そんなこと、あり得るわけがない。
 俺の、忘れたくても忘れられない記憶と、妄想と、現実がごちゃ混ぜになった救助活動。
 ただそれだけのことだ。
 だってこいつは、助かりたかったんだもんな。
 さて……。

 折れた前足の蹴りが怖くて、ロープを解きに行けないんだが?
 どうしよう……。

「……ターッ! アラターっ!」

 ヨウミの声が聞こえてきた。
 荷車を引っ張って近づいてきている。
 まったく……どいつもこいつも、俺の仕事を……。

 ま、いいか。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

処理中です...