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三波新、放浪編
俺の心の内側と、それをざわめかせる外野ども
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気を取り直しておにぎり作りは普段通り進む。
竹皮の包み、水筒、飲用水と、それ以外の準備も着々と順調に進み、いつもと変わりなく棚に並べられる。
「おぉ?! アレが噂のスライム商人か!」
少し離れたところから聞こえる声は、通りがかりの冒険者のもの。
それにしても、スライム商人はないだろう。
別にスライムを販売してるわけじゃない。
呼び方にはもう少し……。
まぁ、店の名前を決めてるわけでもないし……そう呼ばれても仕方がないか。
名前よりもライムの動きがとにかくあざとい。
荷車のすぐそばで冒険者達の関心を引くようにうにうに、ぷにぷにと体を動かしている。
そう呼ばれても仕方がないか。
「噂しか聞いてなかったから嘘だと思ってたけど……ほんとにあったのね……」
何度も足を運んでくれる客なんて、俺からしても稀だからなぁ。
「で、噂通りってことは……この辺りに魔物が来るのか? いや、行動範囲外って聞いたから、少し移動しなきゃならないか。どっち方面だろ?」
噂になってるのは知ってたけど、それで行列ができる店って……人気店みたいなもんだよな。
ラーメン屋さんとか、あるいは噂の品物の発売日だと店の前にずらっと……あれ?
「俺達が最初の客ってことか? ラッキーだぜ! おにぎりの種類も選び放題だもんな!」
おい、ちょっと待て。
ということは……。
「お、おい。マジで早く選ばねぇと、先越されちまうぞ?」
「何がよ……あ」
うん、ここに来そうな気配が増えてきた。
「時間かけてる場合じゃねぇな。おい、マーニャ! スライムと遊んでんじゃねぇ! 先に取られちまうぞ!」
「え? あ、それはまずい! 筋子とお茶のセットあるかしら?」
最初の客のこいつらは、俺達を見つけるとゆっくり歩いてきた。
けど……ほら、走ってくる奴がどんどん増えてくる。
「ヨウミ! 客が一気に加速して増えるぞ! ボヤボヤすんな!」
「う、うん! 分かった!」
そういえば、こいつらが険しい顔を見せるのは、他の客に対してだけ。
俺の方にはそんな顔を向けた客はいなかったな。
またも心に何かが引っ掛かる。
けれど今はそれどころじゃない。
「そっちは水とのセットで……シャケ? そっちはしば漬け? はいよ、ちょっと待ってて!」
「はい、えっと全部で六百円です! 次のお客さんはー? あ、はい、こちら五名様ですねー? えっと……」
ライムはムニムニ動いているが、ただ遊んでるだけじゃない。
上手く移動して、なるべく順番を守らせるように誘導させている。
そうだ。
今は、与えられたものだろうが自分が作り出した者だろうが、自分の役目を果たすことに集中だ。
「忙しい時にめんどくさいことを言うんだけどな、アラタ」
「はい? 何のご用で?」
「いや、討伐に行く先のダンジョンの中でも、この店やってくんねぇかなってさ」
何だこの男。
無理難題言うんじゃねぇよ。
「魔物に襲われたら一たまりもないので」
「……だよなぁ。専属の護衛になってもいいと思ったりすることもあるんだけど」
「ちょっと、リーダーっ! その報酬額、アラタどころか個人経営の商人が払える額じゃないでしょっ。私達が雇われたって、任務失敗するかもしれない魔物が出てきたらどうするのっ」
「……だよなぁ……。確かにこの仕事も、素質や素養がなきゃできない職種だもんな」
同じ人間でも、冒険者に向き不向きというのが存在するらしい。
そして俺は、不向きな人間なわけだ。
「装備を身につけても、それで絶対大丈夫ってわけじゃないしな」
「分かってるならわがまま言わないの! ごめんねアラタ。リーダーが余計な事言っちゃって」
「あは……お気になさらず……。はい、注文の品ですよ。はい、次の方ー」
何かが引っ掛かる。
けど……。
いかん。
いつもみたいに、淡々とおにぎり作ってセットを揃えて、流れ作業のように会計を進めていかないと。
こっちの仕事に手落ちがあったら、こいつら冒険者の仕事にミスを誘いかねない。
「でも、現場でこんな……いろんな意味での補給所があったら、助かる奴もかなり増えると思うんだがな」
「リーダーの言うことは一理あるわよ? でもできる人とできない人がいるわけだし、できる事とできない事もあるんだし。……そりゃユージ何とかって人がリーダーしてるチームが全滅したらしいけど、アラタのせいじゃないじゃない」
「そうじゃなくてさ。……だったら俺達が代理店をダンジョンの中で開くとかさ」
「無理に決まってるでしょ。すぐ売り切れてそれで終わり。でも同業者はその後もやって来る。焼け石に水ね」
「俺の……」
……俺のせいじゃない。
何でもかんでも、自分に都合が悪いことが起きれば、責任全てを俺に押し付けてきやがるっ!
うぜぇったらねぇんだよ!
「アラタ? 注文、俺の番なんだけど……大丈夫? ……おい?」
パン!
と乾いた音が目の前でなった。
「うおっ!」
「どうした? ぼーっとして」
「あ、いや、すまん。えーとご注文は……」
次の順番の冒険者が、俺の目の前で両手を叩いて鳴らした音だ。
我に返って慌てて仕事を再開するが、またも作業の邪魔が入った。
「キャッ!」
女性の悲鳴があがった。
並んでいる客の方からだから、ヨウミの声じゃない。
俺の横にいるそのヨウミも、驚いて外の方を見る。
「どうした、メグ!」
「あ、ごめん、えっと、このスライムちゃんが可愛くて抱っこしようとしたら、急に重くなって、ツルンと滑って……」
「……お前なぁ。人のペットに勝手に触るようなもんだぞ? せめてその前にアラタに一言言うべきだろうが」
「あ……うん、ごめんねーアラタ。みんなも驚かせてごめんね」
周囲が「なぁんだ」とざわめくが、俺の脳裏にひらめきの閃光が走った。
竹皮の包み、水筒、飲用水と、それ以外の準備も着々と順調に進み、いつもと変わりなく棚に並べられる。
「おぉ?! アレが噂のスライム商人か!」
少し離れたところから聞こえる声は、通りがかりの冒険者のもの。
それにしても、スライム商人はないだろう。
別にスライムを販売してるわけじゃない。
呼び方にはもう少し……。
まぁ、店の名前を決めてるわけでもないし……そう呼ばれても仕方がないか。
名前よりもライムの動きがとにかくあざとい。
荷車のすぐそばで冒険者達の関心を引くようにうにうに、ぷにぷにと体を動かしている。
そう呼ばれても仕方がないか。
「噂しか聞いてなかったから嘘だと思ってたけど……ほんとにあったのね……」
何度も足を運んでくれる客なんて、俺からしても稀だからなぁ。
「で、噂通りってことは……この辺りに魔物が来るのか? いや、行動範囲外って聞いたから、少し移動しなきゃならないか。どっち方面だろ?」
噂になってるのは知ってたけど、それで行列ができる店って……人気店みたいなもんだよな。
ラーメン屋さんとか、あるいは噂の品物の発売日だと店の前にずらっと……あれ?
「俺達が最初の客ってことか? ラッキーだぜ! おにぎりの種類も選び放題だもんな!」
おい、ちょっと待て。
ということは……。
「お、おい。マジで早く選ばねぇと、先越されちまうぞ?」
「何がよ……あ」
うん、ここに来そうな気配が増えてきた。
「時間かけてる場合じゃねぇな。おい、マーニャ! スライムと遊んでんじゃねぇ! 先に取られちまうぞ!」
「え? あ、それはまずい! 筋子とお茶のセットあるかしら?」
最初の客のこいつらは、俺達を見つけるとゆっくり歩いてきた。
けど……ほら、走ってくる奴がどんどん増えてくる。
「ヨウミ! 客が一気に加速して増えるぞ! ボヤボヤすんな!」
「う、うん! 分かった!」
そういえば、こいつらが険しい顔を見せるのは、他の客に対してだけ。
俺の方にはそんな顔を向けた客はいなかったな。
またも心に何かが引っ掛かる。
けれど今はそれどころじゃない。
「そっちは水とのセットで……シャケ? そっちはしば漬け? はいよ、ちょっと待ってて!」
「はい、えっと全部で六百円です! 次のお客さんはー? あ、はい、こちら五名様ですねー? えっと……」
ライムはムニムニ動いているが、ただ遊んでるだけじゃない。
上手く移動して、なるべく順番を守らせるように誘導させている。
そうだ。
今は、与えられたものだろうが自分が作り出した者だろうが、自分の役目を果たすことに集中だ。
「忙しい時にめんどくさいことを言うんだけどな、アラタ」
「はい? 何のご用で?」
「いや、討伐に行く先のダンジョンの中でも、この店やってくんねぇかなってさ」
何だこの男。
無理難題言うんじゃねぇよ。
「魔物に襲われたら一たまりもないので」
「……だよなぁ。専属の護衛になってもいいと思ったりすることもあるんだけど」
「ちょっと、リーダーっ! その報酬額、アラタどころか個人経営の商人が払える額じゃないでしょっ。私達が雇われたって、任務失敗するかもしれない魔物が出てきたらどうするのっ」
「……だよなぁ……。確かにこの仕事も、素質や素養がなきゃできない職種だもんな」
同じ人間でも、冒険者に向き不向きというのが存在するらしい。
そして俺は、不向きな人間なわけだ。
「装備を身につけても、それで絶対大丈夫ってわけじゃないしな」
「分かってるならわがまま言わないの! ごめんねアラタ。リーダーが余計な事言っちゃって」
「あは……お気になさらず……。はい、注文の品ですよ。はい、次の方ー」
何かが引っ掛かる。
けど……。
いかん。
いつもみたいに、淡々とおにぎり作ってセットを揃えて、流れ作業のように会計を進めていかないと。
こっちの仕事に手落ちがあったら、こいつら冒険者の仕事にミスを誘いかねない。
「でも、現場でこんな……いろんな意味での補給所があったら、助かる奴もかなり増えると思うんだがな」
「リーダーの言うことは一理あるわよ? でもできる人とできない人がいるわけだし、できる事とできない事もあるんだし。……そりゃユージ何とかって人がリーダーしてるチームが全滅したらしいけど、アラタのせいじゃないじゃない」
「そうじゃなくてさ。……だったら俺達が代理店をダンジョンの中で開くとかさ」
「無理に決まってるでしょ。すぐ売り切れてそれで終わり。でも同業者はその後もやって来る。焼け石に水ね」
「俺の……」
……俺のせいじゃない。
何でもかんでも、自分に都合が悪いことが起きれば、責任全てを俺に押し付けてきやがるっ!
うぜぇったらねぇんだよ!
「アラタ? 注文、俺の番なんだけど……大丈夫? ……おい?」
パン!
と乾いた音が目の前でなった。
「うおっ!」
「どうした? ぼーっとして」
「あ、いや、すまん。えーとご注文は……」
次の順番の冒険者が、俺の目の前で両手を叩いて鳴らした音だ。
我に返って慌てて仕事を再開するが、またも作業の邪魔が入った。
「キャッ!」
女性の悲鳴があがった。
並んでいる客の方からだから、ヨウミの声じゃない。
俺の横にいるそのヨウミも、驚いて外の方を見る。
「どうした、メグ!」
「あ、ごめん、えっと、このスライムちゃんが可愛くて抱っこしようとしたら、急に重くなって、ツルンと滑って……」
「……お前なぁ。人のペットに勝手に触るようなもんだぞ? せめてその前にアラタに一言言うべきだろうが」
「あ……うん、ごめんねーアラタ。みんなも驚かせてごめんね」
周囲が「なぁんだ」とざわめくが、俺の脳裏にひらめきの閃光が走った。
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