上 下
172 / 196
四人目の相棒は許嫁

ミュウワの手記:里帰りの目的 その3

しおりを挟む
 この村で宿を借り、言われた通り午前十時頃に牧場についた。

「ジャイム、おはよう」

 ジャイムは、草地でのんびりしているその動物達の毛並みを整えている。
 ジャイムの世話に身を預けている動物達は、みな安心しきってる。

「……昨日の話の続き、コルトさんのことだったよね」
「うん」

 その右手は止まり、遠い目をした。

「そうだな……。不思議な人だったな」
「不思議?」
「ふ。ふえぇとか、頼りなさそうな泣き声出して、こっちがいつも心配して世話してやんなきゃって思っちゃうくらいなのに、歌うときは、ほんと、安心感に包まれたっけな」
「この動物達みたいに?」
「あはは。うん、そんな感じだな。寝る時間とか休む時間に聞かされると、うとうとしていつの間にか眠っちゃってたな」

 呪文とかなら分かるけど、歌で眠らせる……って……。

「まるで子守歌ね、それ」
「あぁ、言い得て妙だな」

 コルトさんの、歌を歌う前のことを聞いてみた。
 けど、ジャイムがあの部屋に入った時には、歌うことが既に彼女の役目になってたから分からないらしい。

「あ……ごめん。今日はこの毛集めて布団作りするんだった。明日……もこんな感じだな。今日みたいに取れる時間は長くないけど……明日また来てほしいな」

 ひょっとしたら、予想外の話を聞けるかもしれない。
 三日くらいとは言っておいたけど、ラノウにも、さらに延びるかもしれない旨の伝言は頼んだ。
 ゆっくりするわけにはいかないが、気持ちの整理は必要だし。
 それに、ジャイムにきちんとお詫びしないといけないだろうし。

 ※※※※※ ※※※※※

「コルトさんも、そんな大それたことをするつもりで歌を始めたんじゃないと思うな。でなきゃ『ふえぇ』なんて情けない泣き声出さないよ」

 どこかで聞いたフレーズ。
 大きなことをやり遂げようという気は全くない。
 そんな人は……あぁ、コウジさんがそうだったな。

「自分のできる事しかしない。その中で、一番効率のいい、効果の大きいことをする。そんな感じじゃないかな」

 コルトさんが歌を始める前のことは、ジャイムもそうだし、私だって当然知らない。
 けれど、気持ちの面では、極端に変わった自分の行動に追いついてないように感じる。
 私はどうだろう?
 なぜそんなことを思ったか。
 それは……。
 幼心に好きになったジャイムが冒険者になる、と夢を語った時からだった。
 じゃあ私もなる! とついていく女の子がたくさんいて、それを男子が羨ましがって……。
 今思い返すと、かわいい年代だったな。
 なのに、まず私が振り落とされた。
 学問で何とかなるかもしれない、と思い、学力の成績は跳ね上がる程努力した。
 けれど気付けば、ジャイムは冒険者としての道を歩み始めた。
 それについていこうとした女の子達は、私同様に振り落とされた子は多かったけど、冒険者になれた子もそれなりにいた。
 けど今は、その子達どころか、男の子も彼のそばにいない。
 それはおそらく……。

「ところで今更だけど……」
「ん?」
「その左手は……どうしたの?」
「ほんとに今更だな」

 ジャイムは乾いた笑い声をあげた。

「屋根裏部屋から出て、無事に帰還した後だったな。あの時よりも力の差が大きい魔物相手に戦って、左手をと引き換えに命を取り留めた。屋根裏部屋の扉が俺の前に現われたのは、あの時一回きりだった」

 体の欠損のハンディを背負ってでも冒険者を続ける者もいる。
 けれどもジャイムは、冒険者業を続けることを諦めた。

「あのときは、屋根裏部屋のことを思い出したよ。特にコルトさん。歌に力があるだなんて、本人だって想像できなかったんじゃないか? だってそんな仕事があるなんて思いもしなかったし、本人もそんなこと喋ってたもんな」
「ないはずのものがあるだなんて、誰だって信じられないわよ」
「うん……つまり、この左手もそういうことが当てはまった」
「そういうこと?」

 左手を失った。
 失ったことで、できない事がたくさん増えた。
 その増えたできない事を、左手なしにできるようになる、ということも当てはまる。
 けれど、やはりそんなことがあるだなんて信じられなかった。
 信じられないことが、できない事であると認識してしまった。
 可能性がわずかながらでもあったかもしれない。
 けどそれさえも否定した。

「可能性全てを否定したら……もう引退するしか考えられなかった。あのノートに書いたことも、もうすでに過去のことだ。みんなが好意を持っていた俺は、今はもういない」

 何も言ってあげられなかった。
 私にだって、こうして誰にも言えないことはある。
 ジャイムはもっと前から、誰にも言えず苦しんで、そして何とかして結論を出したんだ。

「俺の話を聞いて心配してやってくる奴はたくさんいた。でも当たり障りのない言葉をかけて、それっきりさ。それでもこうして、今の俺にもできる仕事がある。ていうか、元々家業は継ぐつもりだったけどね」

 恐る恐るジャイムの顔を見た。
 決して楽しい話題じゃない。
 けど、その顔は晴れ晴れとしてる。

「冒険者になるって決心した時、、実は適当な気持ちしか持ってなかった気がする。誰も見向きもしない今の俺がやってるこの仕事さ、今まで感じたことのない誇りを持ってるんだよな」
「え?」
「こいつらには好かれるし、気持ちよく仕事をしてできた布団は評判良いんだよな。逆に不満ばかり持ちながら作り上げる布団は、客の期待を裏切ってる。不思議なもんだよな」

 コルトさんもそんな気持ちだったんだろうか。
 コウジさんは……。

「できないってのにあがいてもがいて、その結果できるようになって、それがたくさんの人を喜ばせてる人もいる。できないからすぐに諦めて、できることしかやらずにいて、それでも喜んでくれるお客さんがたくさんいる。人生ってなぁ面白いもんだよな。……ミュウワは、コウジさんのお手伝い、続けるのか?」
「う……うん……」
「そっか。じゃあ餞別用意するわ。敷布団と掛布団と枕。シーツもセットでな。うちの牧場自慢の一品だぜ?」
「え……えっと……」

 まさかそんなものを用意してもらってるなんて夢にも思わなかった。
 私は自分勝手にジャイムの気持ちをかき乱して……。

「今の俺がまともかどうかは分からんが、今の俺から見て、幼馴染みの中で一番まともに相手してくれたのはお前だけだからな。それくらいの礼はさせてくれ。コウジさんによろしくな」
「……ううん。……私こそ……ごめん……なさい……」
「はは、謝ることなんかないさ。……不思議な縁を語ってくれて、聞かせてくれてありがとう。楽しかったよ」

 私には、うん、と返すのが精一杯だった。

 ※※※※※ ※※※※※

 ここに戻る前、コウジさんはこう言ってた。
 自分で決断しろ、と。
 そして私とコウジさん、私とコウジさんの仕事の関連について考えてみた。
 いろんな世界の人達を救うコウジさん。そしてその仕事。
 決してコウジさんに負担をかけさせてはいけないから、コウジさんの手伝いをすることにした。
 などという思いは、おそらくコウジさんが言う自分の決断とは違う。
 決断する理由を、自分の決意以外の何かに託しているんだ。
 コウジさんが言いたかったことはきっと、そんな決め方じゃなく、自分がどうしたいかを決めろ、ということだと思う。
 今はまだ、自分で決断するにはいろいろ足りないと思う。
 人生経験が主かな。
 でも今は、コウジさんの手伝いしか考えられない。
 多くの人のために活動しているコウジさんの手伝いを。
 コルトさんばかりじゃなく、手伝いをしてきた他の人達も、自分のできる事をと思ってたに違いない。
 まずは、その事に専念してみよう。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したからモンスターと気ままに暮らします

ねこねこ大好き
ファンタジー
新庄麗夜は身長160cmと小柄な高校生、クラスメイトから酷いいじめを受けている。 彼は修学旅行の時、突然クラスメイト全員と異世界へ召喚される。 転移した先で王に開口一番、魔軍と戦い人類を救ってくれとお願いされる。 召喚された勇者は強力なギフト(ユニークスキル)を持っているから大丈夫とのこと。 言葉通り、クラスメイトは、獲得経験値×10万や魔力無限、レベル100から、無限製造スキルなど チートが山盛りだった。 対して麗夜のユニークスキルはただ一つ、「モンスターと会話できる」 それ以外はステータス補正も無い最弱状態。 クラスメイトには笑われ、王からも役立たずと見なされ追放されてしまう。 酷いものだと思いながら日銭を稼ごうとモンスターを狩ろうとする。 「ことばわかる?」 言葉の分かるスキルにより、麗夜とモンスターは一瞬で意気投合する。 「モンスターのほうが優しいし、こうなったらモンスターと一緒に暮らそう! どうせ役立たずだし!」 そうして麗夜はモンスターたちと気ままな生活を送る。 それが成長チートや生産チート、魔力チートなどあらゆるチートも凌駕するチートかも分からずに。 これはモンスターと会話できる。そんなチートを得た少年の気ままな日常である。 ------------------------------ 第12回ファンタジー小説大賞に応募しております! よろしければ投票ボタンを押していただけると嬉しいです! →結果は8位! 最終選考まで進めました!  皆さま応援ありがとうございます!

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

追放シーフの成り上がり

白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。 前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。 これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。 ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。 ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに…… 「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。 ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。 新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。 理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。 そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。 ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。 それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。 自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。 そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」? 戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

異世界転移ボーナス『EXPが1になる』で楽々レベルアップ!~フィールドダンジョン生成スキルで冒険もスローライフも謳歌しようと思います~

夢・風魔
ファンタジー
大学へと登校中に事故に巻き込まれて溺死したタクミは輪廻転生を司る神より「EXPが1になる」という、ハズレボーナスを貰って異世界に転移した。 が、このボーナス。実は「獲得経験値が1になる」のと同時に、「次のLVupに必要な経験値も1になる」という代物だった。 それを知ったタクミは激弱モンスターでレベルを上げ、あっさりダンジョンを突破。地上に出たが、そこは小さな小さな小島だった。 漂流していた美少女魔族のルーシェを救出し、彼女を連れてダンジョン攻略に乗り出す。そしてボスモンスターを倒して得たのは「フィールドダンジョン生成」スキルだった。 生成ダンジョンでスローライフ。既存ダンジョンで異世界冒険。 タクミが第二の人生を謳歌する、そんな物語。 *カクヨム先行公開

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

処理中です...