上 下
152 / 196
握り飯の役目は終わらない

鬼の少女と人間の男

しおりを挟む
「……ちょいと昔話をしてやろうかの」
「いらん」

 こっちは米研ぎで忙しいんだ。
 米を水に浸す時間、確か四十分間。
 それを握り飯百五十個分だからな。
 全部一度にできることじゃない。
 握り飯を待つ連中は、受け取る順番を守って待つ。
 水に浸す米も同様に順番待ちさせる感じだ。

「まぁそう言うな。仕事をしながらでも構わんよ」

 そうしてこの鬼女は語り始めていった。

 ※※※※※ ※※※※※

「昔々ある所に、鬼の小さい女の子が」

 きっとこいつのことだよな。
 しかしものの言い方がおかしいな。
 小さい女の子の鬼……あれ?
 何かニュアンスが違うな。
 小さい鬼の女の子……これもなんか違うか?

「神隠しに遭うた」

 被害者かよ!
 しかも神隠しに遭ったのかよ!
 鬼なのに神隠しなのかよ!

「気付いたら、大木の太い枝の上。少女には高い場所。降りるに降りられんかった」

 少女……まぁ少女だろうな。
 コルトもシェイラも少女と言えばしょう……コホン。

「今にして思えば、『鬼がいるぞー』と言う子供らの声。その声に釣られてやってくる大人達。長い棒で突き落そうとしたり、木の幹に体当たりして、少女を枝から落とそうとしとった」

 今にして思えば、って、思い出話じゃねぇか!
 他人事みたいな話し方して、結局自分事って思いっきりばらしてんじゃねぇか!

「少女は怯えて木の幹にしがみつくしかできんかった。人間たちは、そのうちそこから立ち去っていった。何も危害を加えないってことが分かったんじゃろうな」
「そりゃ蚊だって血を吸わず、耳元でプーンなんて音立てなきゃ、線香炊いたり殺虫剤撒いたりはしないよな、うん」
「蚊トンボと一緒にするな」

 蚊トンボなんて、そっちにもいるのかよ。

「元々その場所は人通りが少ない道に伝っておった林。一日、二日と経つが、元の場所に戻れんかった」
「……その間もちろん一人?」
「左様。一人きり。寂しかったが、何を考えてるか分からん人間に近寄られるよりは大分マシじゃった。それと、誰か助けに来てくれる、迎えに来てくれる、と思っておったしな」

 鬼……なんだろうか?
 鬼だったとしても、神通力とか何かあるもんじゃねぇの?

「三日目、ある男が一人、その木に近寄ってきた。そしてその木をよじ登り始めた。わ……少女は怯えた。じゃがの……」

 今、私とか妾とかワシとか言おうとしたろ。
 別に昔話の演出とか考えなくていいから。
 面倒くさい奴だな、こいつも。

「少女が座っていた枝に到着すると、腰に付けていた包みを外し、少女に差し出した」

 随分物好きな奴がいたものだ。

「『これ、食え。腹、減ってるろ?』と言いながらの。大人だと思うが、物の言い方が何となく頭がた……子供っぽい感じがしたの」

 今、頭が足りない、とか言おうとしたよな?
 分かりやすくていいけどさ。

「おにぎり、というもんだった。包みには二個入ってた。すぐに食べ終わった。食べ終わってから気付いた」

 男の分まで食べてしまった、と思ったんだろ?
 男は、気にするな、とか言ったんだろうよ。

「お前、降りられないのか? と聞いてきた。降りたら、もう二度と自分の家に帰れない、と思ったんじゃろ。木の幹に力いっぱいしがみついた」

 その場から離れたら、見えない出入口から離れてしまうってことだよな。
 そんなの、この部屋にいたら何となく気持ちは分かる。

「よし、分かった、と言うてな。その場からすぐに立ち去った」

 何だよ。薄情だな。
 物語はそれでお終いって感じじゃねえか。

「どこぞからか、木材を持って戻ってきた。何度も往復して、とにかくたくさんの木材を運んできた」
「家でも建てたか?」
「いや、櫓を組んだ」
「ヤグラぁ?」

 おそらくこいつのそばに簡単に行き来できるようにってことだろうが、はしごをかければそれで済む話じゃねぇの?

「やぐらを組むだけにしては、木材は多すぎた。そしたら男はそれを足場にしての」

 足場代わりに櫓を組んだ?
 その男、何するつもりだ?

「少女がいた枝を床の一部にした部屋を作り始めた」

 おいちょっと待て。
 つまり何か?
 よく無人島で生活するって物語をテレビで見たりしたが、枝の上に家を作るみたいな、アレをしたってのか?

「床を作り、柱をその隅に建て、屋根を作った」

 おい。
 壁はどうした。

「風が寒いから壁も欲しい、と願った。男は少女の言う通り、壁を作った」

 まぁ当然だろ。

「出入口どうしよう、と、四方の壁ができた後で困っておったな」

 だめじゃん!
 でも、何か可愛いな、その男。

「幹の方に扉を作って、何とか部屋が完成した。少女のために作ったと言っておった。少女は泣いて喜んだ」

 心細い女の子の味方か。
 そりゃ心強かったろうな。

「じゃが男の仕事はそれで終わりではなくてな」

 また何か仕事し忘れてたんだろ。

「どこからか、藁をたくさん持ってきた。布団代わりと言うには暖かくはないかもしれん、と言うてな」

 肝心なところに気が回らず、そういうところには気が回るのか。
 丸っきりバカってわけじゃないらしい。

「鬼の少女と男の奇妙な生活が、短いながらもそこで始まった」
「めでたしめでたし」
「勝手に終わらせるでないわ」

 まだ続くのかよ……。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したからモンスターと気ままに暮らします

ねこねこ大好き
ファンタジー
新庄麗夜は身長160cmと小柄な高校生、クラスメイトから酷いいじめを受けている。 彼は修学旅行の時、突然クラスメイト全員と異世界へ召喚される。 転移した先で王に開口一番、魔軍と戦い人類を救ってくれとお願いされる。 召喚された勇者は強力なギフト(ユニークスキル)を持っているから大丈夫とのこと。 言葉通り、クラスメイトは、獲得経験値×10万や魔力無限、レベル100から、無限製造スキルなど チートが山盛りだった。 対して麗夜のユニークスキルはただ一つ、「モンスターと会話できる」 それ以外はステータス補正も無い最弱状態。 クラスメイトには笑われ、王からも役立たずと見なされ追放されてしまう。 酷いものだと思いながら日銭を稼ごうとモンスターを狩ろうとする。 「ことばわかる?」 言葉の分かるスキルにより、麗夜とモンスターは一瞬で意気投合する。 「モンスターのほうが優しいし、こうなったらモンスターと一緒に暮らそう! どうせ役立たずだし!」 そうして麗夜はモンスターたちと気ままな生活を送る。 それが成長チートや生産チート、魔力チートなどあらゆるチートも凌駕するチートかも分からずに。 これはモンスターと会話できる。そんなチートを得た少年の気ままな日常である。 ------------------------------ 第12回ファンタジー小説大賞に応募しております! よろしければ投票ボタンを押していただけると嬉しいです! →結果は8位! 最終選考まで進めました!  皆さま応援ありがとうございます!

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

追放シーフの成り上がり

白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。 前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。 これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。 ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。 ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに…… 「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。 ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。 新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。 理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。 そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。 ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。 それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。 自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。 そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」? 戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

異世界転移ボーナス『EXPが1になる』で楽々レベルアップ!~フィールドダンジョン生成スキルで冒険もスローライフも謳歌しようと思います~

夢・風魔
ファンタジー
大学へと登校中に事故に巻き込まれて溺死したタクミは輪廻転生を司る神より「EXPが1になる」という、ハズレボーナスを貰って異世界に転移した。 が、このボーナス。実は「獲得経験値が1になる」のと同時に、「次のLVupに必要な経験値も1になる」という代物だった。 それを知ったタクミは激弱モンスターでレベルを上げ、あっさりダンジョンを突破。地上に出たが、そこは小さな小さな小島だった。 漂流していた美少女魔族のルーシェを救出し、彼女を連れてダンジョン攻略に乗り出す。そしてボスモンスターを倒して得たのは「フィールドダンジョン生成」スキルだった。 生成ダンジョンでスローライフ。既存ダンジョンで異世界冒険。 タクミが第二の人生を謳歌する、そんな物語。 *カクヨム先行公開

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

処理中です...