上 下
75 / 196
未熟な冒険者のコルト

優雅な来訪者

しおりを挟む
 異世界からの来訪者……避難民? に握り飯を提供する仕事……というか、作業? を始めて、そろそろ六年目になる。
 プレハブの窓から見えるつららも、太陽の光を浴びながら雫を一滴、二滴と落としながら短くなっていく。
 日のあたる場所は日向ぼっこで気持ちがいい特等席。
 重症者がいなければ、その席の、見てて微笑ましい争奪戦が見られる。
 完全に体調が復活したら、また死地に赴く彼らだ。
 束の間ののどかな時間くらいは、ある程度は自由にしてやろう。

 敢えて言おう。
 俺はごく普通の一般人だ。
 体力だってこいつらよりもはるかに下だ。
 力づくで握り飯を奪われたら、奪い返すのはほぼ無理だ。

 だから暴力沙汰が起きたら困る。
 だが血の気の多い奴はここには来ない。
 まぁ俺をトラブルに巻き込むことと取り返しがつかないこと以外なら何があっても気にはしない。

 この部屋にはいろんな世界から、いろんな種族の者達がやって来る。
 俺と同じ日本人でも気に食わない奴がいれば気の置けない奴もいる。
 異世界の連中もおんなじだ。
 だから、そんな何かをしでかすことよりも、俺への風当たりがきつい奴だったり握り飯を受け取る行列を乱す奴なんかの方が、俺にとっては取っつきづらい。

 そんな奴らは、なるべく来てほしくないというのが本音だ。
 こんな雪解けが進む季節には特にな。
 冷暖房完備で外気をシャットアウトしているこの空間でも、一年の気候の変化は感じ取れる。

 もっともそんな変な奴はしょっちゅう来るわけじゃない。
 来たとしても数少ない事例。
 そして俺の印象も良くないからなおさら目立つ。
 その分記憶に残りやすい。

 けどな。
 ここに来る連中の中には礼儀正しい奴もいるよ?
 その態度や姿勢を見れば大体どんな奴かすぐ分かるようになった。
 凶悪そうな体格の奴もいる。
 しかし見た目に騙されることはほとんどない。
 見た目通りの奴もいれば、可愛く感じられる奴もいた。

 礼儀正しい奴の中には、握り飯一個に対して何度も頭を下げる奴もいる。
 気持ちは有り難いんだが、その一人に丁寧に対応してる場合じゃない。
 一度の握り飯タイムに百五十個配る。
 行列の途中でも配ってるから百五十人を相手にしてるわけじゃないが、半数くらいはショーケースの前で受け取る。握り飯タイムの間も部屋の出入りはあるからな。
 だから逆に、礼儀正しい奴らの印象は薄いって訳だ。

 まぁクレーム付ける程度じゃ顔も種族も一々覚えてらんないけどな。

 だが……。


 こんなことは、俺がこの仕事をして丸五年。六年目に入ろうとしているが、初めてのことだった。


 握り飯タイムはいつものように異世界人達が握り飯を受け取っていく。
 生気がないまま壁に寄り掛かって座り、誰かから手渡される者もいれば、有り難がりながらトレイの上から持っていく者もいる。
 一個じゃ足りないと不満を言いながら受け取る者もいれば、やっとの思いで握り飯に手を伸ばす者もいる。

 そしてその時間の後の、いつものコルトの歌の時間。
 救世主の渾名を押し付けたが、そんなあやふやな二つ名なんかかすんでしまうくらい、聞く者の顔を安らかにさせている。
 ほんとに、こいつに相応しい二つ名とか職業名、ありそうな気がするんだがな。
 医学の力で患者を治すのを医療士とするなら、歌療士なんてのがあってもいいような気がするんだから。
 何とかセラピスト、なんてのは当てはまるだろう。
 けど、異世界にそんな名称があるとも思えんし。

 まぁそんな彼女の活動中は、俺は巻き込まれるのはご免だからプレハブから退室してる。

 一応防音はしている。
 が、出入り口のドアはガラス張り。
 部屋の外から中の様子は伺えるし、気配のかすかな変化くらいは感じられる。
 コルトも気持ちよく部屋中にその声を響き渡らせている。

 が、コルトの動きが突然止まった。
 歌声も止まったようだ。
 まだ眠りに就いてない冒険者達は、屋根裏部屋の方に注目している。
 いや、厳密にいえば、異世界との扉があると思われる、屋根裏部屋の壁の方だ。

 コルトはオロオロし出している。
 久しぶりに見るな、あんなうろたえたコルトは。

 って、のんびり観察している場合じゃない。
 眠っている連中もいる。
 静かにプレハブの中に入っていった。

「どうした? コルト」
「コウジさんっ。ちょっと……とんでもない人が……いえ、お方? が」

 何でそんな呼び方で、しかも疑問符が?

「何だよ。一体いいぃぃぃい?!」

 いつからここはファッションショーになった?!

「ふむ……。そなたがここの主か? イゾウはどうした?」

 何だその上から目線の物言いは。
 って言うか、イゾウ?
 何だそりゃ?

 いや、それよりも、何と言うか……。

 俺より身長の高い……女性だよな。
 白が目立つ、表面積がやたら広いドレス姿で頭には花冠。
 そして背中から生えていると思われる、カラフルで大きな蝶の羽。
 羽毛っぽい物がその先に付けられている扇で口元を隠している。

 俺の頭の中に、「春先の昼の夢」っていうフレーズが頭に浮かんですぐ消えた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

女神に冷遇された不遇スキル、実は無限成長の鍵だった

昼から山猫
ファンタジー
女神の加護でスキルを与えられる世界。主人公ラゼルが得たのは“不遇スキル”と揶揄される地味な能力だった。女神自身も「ハズレね」と吐き捨てるほど。しかし、そのスキルを地道に磨くと、なぜかあらゆる魔法や武技を吸収し、無限成長する力に変化。期待されていなかったラゼルは、その才能を見抜いてくれた美女剣士や巫女に助けられ、どん底から成り上がりを果たす。

異世界トレイン ~通勤電車が未知の世界に転移した!2500人の乗客と異世界サバイバル~

武蔵野純平
ファンタジー
アルバイト社員として毎日汗をかいて雑用をこなす弾光広(ミッツ)は、朝の通勤電車の乗客とともに異世界に転移してしまった。だが、転移先は無人だった。 異世界は、ステータス、ジョブ、スキル、魔法があるファンタジーなゲームのような世界で、ミッツは巨大な魔物を倒すチート能力を得て大いに活躍する。前向きで気は良いけれど、ちょっとおバカなミッツは、三人の仲間とともに町を探す旅に出る。2023/3/19 タイトル変更しました『アルバイト社員!異世界チートで大暴れ!』

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...