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ギュールス=ボールドの流浪 ロワーナの変革期

交差点から離れていく、二つの道

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 それからというもの、しばらくはどちらかがどちらかへ会いに行くことを控えるようになった。
 魔族の神出鬼没、そしてレンドレスの動きにも警戒しなければならない。
 浮かれ気分であった両国は、幸い被害が出なかった魔族の出現と消滅に気を引き締める。
 婚約の祝福ムードで緩みかけた雰囲気にいい意味で緊張感をもたらせ、それが同盟国としての関係の強化に繋げられた。

 しかしロワーナ王女の気持ちは沈みがちである。
 ギュールスの消息は掴めない。
 今までの近衛兵の団長のときのように、魔族に関する詳しい同行の情報が入ってこない。
 リューゴから何とか情報を引き出そうと目論むが、会いに行ける情勢ではない。

 そんな状態が一週間ほど続いた頃、ロワーナの元に有り得ない指令がエリアードから発せられた。
 ロワーナの今の役目は主に、国外との交渉が中心となる。
 しかしその指令は出撃命令である。
 国軍の五割以上が既に出撃していた。

 ロワーナはその指令を受けた途端顔が青ざめる。

「ミアニム辺境国が……魔族によって占拠された?!」

「取り返すなら今のうち。それもあるがお前達には、あの国の者達をなるべく多く、戦災から救い出してもらいたい!」

 軍事から離れたとはいえ、近衛兵隊がほぼそのまま親衛隊に異動配属された彼女達。魔族との戦闘の経験は豊富である。

 しかし近衛兵時代に戦った魔族は、ただその場で暴れることだけしかなかった。
 国を占拠するなど、統率力が相当なければ出来ない事である。
 そしてその魔族の数や質も、今までとは比べ物にならないほどでなければどんな弱小国でもあっさりと占拠するのは難しいはずである。

 親衛隊はギュールスを除いた第一部隊全員と、第二、第三部隊の候補者の中から希望した八人の十五人体制。
 近衛兵師団と比べれば戦力は落ちる。だがその質と士気は格段に高い。

「魔族が出現した報せはありましたけど、辺境国とは言え既に占拠するほどの能力があるって言うのは……」

「レンドレス共和国が指揮しているとしか思えない。魔族のほかに軍隊や兵士、罠もあるかもしれない。十分注意して。でも元帥からの命令を優先して。国民を安全な場所に移すことを第一に。いいわね?」

 オワサワール皇国の北方の国境目指し、特別飛行速度が速い飛竜で移動。
 搭乗する部屋の窓は非常に小さく、外の様子は見えづらい。
 それでもミアニム辺境国が近くなるにつれ、その国の南側の様子が見えやすくなっていく。

「……外見上ですが、一級ランクが八、九体ほど国境線に沿って並んでいるようです。ただ……棒立ちの様ですね」

「こちらからは何か行動起こしてる?」

「攻撃担当が、特定の一体を攻撃。その他の部隊は攻撃部隊の防御担当。魔族は無傷の様です」

 一度に出現したこれまでの最大数は三体。
 しかも第三級。
 今回はランクが上で数も三倍。
 しかも攻撃が通じないという。

「国外へ逃げるミアニム国民は見えるかしら?」

「……何人かはいますが……追跡、追撃する様子はないようです」

「ちょっと待って。魔族も襲わないの?」

「微動だにしません。あ……今までそんな魔族はいませんでしたよね?」

 すぐに結論付けるのは危険ではあるが、それ以外に考えられない。
 その九体は自然発生した魔族ではなく、何者かによって統率されている魔族達であるということ。
 そしてそのようなことができるのは、レンドレス共和国しかあり得ない。

 飛竜はオワサワール皇国側の平野の着陸。
 その正面には崖がそびえ立っている。それが国境沿いに続き、その崖の上に魔族が等間隔で並んで、こちらを見下ろしている。

 その中心にいる一体に向かって国軍が集中攻撃。
 ある者は魔法で。ある者は遠距離攻撃。ある者は背中や腕にある羽で飛びながらの攻撃。

 しかし攻撃を受けている魔族は痛がりもせず反撃もしない。
 実際傷を受けている様子もない。
 他の魔族も棒立ちである。

 ミアニムの国民らしき人影が、その崖の上にいる。
 親衛隊全員飛行能力を持つシルフ。
 しかし助けに行ったときに魔族に襲われる可能性はある。
 かと言って現状維持というわけにはいかない。
 国軍は作戦遂行に集中しているため、状況を聞けるような雰囲気ではない。
 魔族は上位ランクのため、この場に駆り出される傭兵達はいない。

「……他の方面から逃げてくる国民がいるかもしれない。急いで魔族が作っているライン上を偵察。発見次第まずは報告すること!」

 ロワーナの指示は元帥からの指令からは外れてはいない。
 十五人全員がまとまって飛び立つ。

 ガーランド側から東へ国境を伝うように上空を移動する。
 ロワーナはあることが気になり、親衛隊全員を滞空させ、一人でミアニム国内に移動しようとした。

 そこで初めて一体の魔族が、ロワーナに向けて攻撃をしてくる。
 ロワーナはこれを冷静に回避。親衛隊全員は慌てるが、ロワーナは彼女の元に戻る。
 地上では国軍が焦った様子を見せていた。

「な、何をされるんですか! 危険すぎます!」

「何か目的があったにせよ、我々に何も告げずに動いたら、我々だってどう対応していいか困るんです!」

 親衛隊から叱りの言葉を飛ばされてもその冷静さは消えない。

「ごめん。でもこれで分かった。オワサワール国内にいる限り、魔族は動かない。ミアニム国内に進もうとすると攻撃してくる。国外に出たミアニム国民なら何の心配もなく救助に行ける」

 親衛隊にとっては大きな収穫だった。
 例えば崖に長い梯子を立てかけるだけで、逃げようとするミアニム国民が助かる可能性は遥かに高くなるということである。

 親衛隊の一人に、戦闘中の国軍全員にその情報を伝えるよう指示し、避難する者がいるかどうかをなるべく崖の近くに移動し、注視しながらゆっくりと飛行する。

 魔族はどれも違う姿。体の幅はまちまちだが、高さは大体四メートルくらいは超えている。
 生き物のようなものもあれば、どんな意思を持っているか分からない動きをする者もいる。
 しかしどれも大きく、一斉にオワサワールに向かって進撃するなら、しばらくはそれを押しとどめることは出来ないような雰囲気はある。

「……王女様! あれ!」

 親衛隊の一人が叫ぶ。
 一番東側にたたずむ魔物のてっぺんに誰かが立っている。

 統率している魔術師かと全員が目を凝らすが、その者が身にまとっているのは魔術師のようなローブではない。
 あまり目にしない色の何かを身にまとい、その上にはボロボロの何かを身に付けている人物。

 いつ襲われるか分からない魔族を遠巻きに見るロワーナと親衛隊。
 魔族はたとえ動かなくても、その人物が攻撃してくる可能性は高い。
 少しずつ慎重にその距離を、その人物の頭上方向の空中から詰めていく。

「……ま、まさか……」

「う、嘘でしょ……?」

 何かを身にまとっていると思わせられていたのは、あの時以来見ることのなかった色を体にまとう者。その色は、青。

 飛んでくる親衛隊の存在はとっくに見えていたようで、じっと彼女達を見続けていた。
 その顔も同じ色、そして一瞬オークかと思える顔。
 しかしその表情は、懐かしい者達と会えた喜びもなく、近づいた敵に飛ばす殺気のようなものも感じない。
 感情はないというわけでもない。
 誰かに操られているというわけでもない。

「レンドレスの者よね? ならば……似たような者がその国の中にいないとも限らない!」

 ロワーナはそう言い切ると、単身でその人物がいるその魔族に近づく。
 親衛隊は慌てて彼女の後を追う。

 ロワーナはその人物に声をかけようとするが、それを察したか、その人物は背中を向ける。
 そして片腕を上げるとその瞬間、魔族九体すべて姿を消した。

「なっ!」

「これは……一体……?」

 地上でも国軍は混乱している。
 しかしすぐに陣形を整えるのは流石である。
 高い崖を登り、全軍が崖の上に到着するのにそんなに時間はかからなかった。
 上空から見た彼らに変わった様子はない。
 しかしどこからか声が響く。

「オワサワール皇国国軍。援軍ご苦労。その迅速な行動と勇敢な心に免じて、我々レンドレス共和国は撤退しよう。なお、我々の軍事行動によるミアニム辺境国の被害は人、物共にない。避難行動による負傷は我々は関知しない。以上だ」

 そしてその声は消え去った。

 国軍はざわついているようだ。
 しかしロワーナと親衛隊の中の、元近衛兵第一部隊の全員は青ざめる。
 何度も何度も耳にしたことのある声だったからだ。

「に、似ている声の持ち主も、た、たくさんいますよ」

「安心を求めようとするな!」

 一喝したロワーナにとっては、その言葉は気休めにもならない。
 なぜならその人物がこちらに後ろを向けてから消えるまでの間、その姿を見た者はまざまざと見せつけられたのだ。

 一部衣類に隠された背中の、斜めに長くつけられた一筋の傷を。

「な……なぜ、ギュールスが……あいつが憎む魔族と共に……?」

 地上では、国軍によって命を助けられた国民達が、喜びの鳴き声と感謝の声で満ち溢れたいた。
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