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近衛兵ギュールス=ボールド

変わり始める流れ

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 ギュールスが目を覚ましたのは、背中の傷で入院した病院の中の一室。
 別の負傷で再入院となっていた。

「う……。ここ、は……」

「起きなくていいから。まずは寝てて。看護師さーん、ギュールスが目ぇ覚ましましたー」

 ケイナ、ティルと一緒に見舞いに来ていたアイミが看護師を呼びに行く。

「何と言うか……。つい普通の仲間としか見なくなっちゃうから、そんな風に扱われてるってのに全く気付かなくて……ごめんね」

「あぁ、動かなくていい。ゆっくり休んでろ。……普通の火傷なら大した傷じゃなかったらしい。魔法攻撃に伴った火傷に刀傷のダメージがまだ残ってたらしいな。……退院直後に無理させて済まなかったな」

 第一部隊の全員の思いを代表したような言葉をケイナが口にする。

「……そんなことより、エルフの女の子……」

「あ、あぁ、あの少女は無事だった。母親の元に戻ってた」

 一番聞きたいことを聞き、聞きたかった答えが聞くことが出来て、傷の痛みを堪えながらも安心した思いが顔に出る。

 国軍兵士の話によれば、あの後の母親の様子は言い訳めいたことばかり口にしていたという。
 村の長老や村長からは諫められたが、最後までギュールスへの詫びと謝礼の言葉は出なかった。

「あの女の子が無邪気でいられればそれでいいですよ」

 ギュールスは満足そうな顔をして静かに目を閉じる。

「……ギュールス……。ん? ギュールス? ……まさか……。おいっ、ギュールス!」

「……眠くなっただけです。耳元で大声出されるの、つらいです」

 目を閉じたままボソッと呟く。

「耳元で大きな声出されるより、つらいこと、あるんじゃないの?」

 ティルの目には少しばかり涙を浮かべている。
 しかしすぐに寝息を立てたギュールスに、彼女の小声は届かなかった。

 アイミが看護師を連れてきたのはそのすぐあと。
 ギュールスを診てもらうつもりでいた三人は、無駄足をさせた看護師に恐縮する。

「眠りたいときは眠らせておいて。意識不明とは違うから、まずは食事と睡眠で体力取り戻してもらわないと」

 看護師はそう言い残して病室から出た。
 残された三人は沈痛な面持ちでギュールスを見守る。

「身内からも、同じ国民と思ってる者達からも叩かれて、切られて……」

「国民というより、この世界の住人から、だな」

「……恨み言ひとつ言わないで、愚痴も何も言わないで……この人、なんでそんな目にあってまで、この国のために頑張れるんだろう……。こんなに傷を負ってまで、一体その先にどんなこと望んでるんだろう……」

 アイミの誰かに答えを求めるでもない問いかけに、二人は言葉を詰まらせる。
 何の憂いもなく心の底から安心したようなギュールスの寝顔を見つめながら。

 …… …… ……

「近衛兵師団の解散?! 兄上、いえ、エリアード元帥! それは一体どういうことですか!」

 皇居内のエリアードの部屋で、外の廊下中にも響き渡りそうな声で怒りの声を上げているのは、呼び出されて一方的な話を聞かされたロワーナ。

「落ち着け。お前の戦績功績を否定するわけではない。否定しなければならない部分もあるが」

「……私に落ち度があるというならお聞かせ願いたい!」

 正当な理由があるというならそれに耳を傾けるくらいの分別はあるとばかりに、エリアードの机から一歩離れて軽蔑するように自分の上司を見下す。
 そんな妹の態度を見てエリアードは苦笑いをするしかない。

「……何を二やついておられるのです?」

「いやいや、まるで子供が癇癪を起こして落ち着いたあとみたいだなとな」

 感情を爆発させた後ようやく落ち着いたかと思えば、兄の言葉で再び顔を赤くするロワーナ。

「……いい加減理由を聞かせていただけませんか?」

 それでも平静を努めて再度問うロワーナに、エリアードは身を前に乗り出して答える。

「近衛兵師団が抱えている問題は二点。それは、幾度かの緊急出動で、満足のいく結果が出なかったこと」

「……最近では十分成果を果たしていると思いますが?」

「それが二点目だ。ギュールスとやらが加入してから、近衛兵師団の足並みが乱れてきている」

「乱れを補って余りある彼の功績は……」

「彼の功績は、ないぞ?」

 ロワーナは目を見開く。
 実の兄を見る目が、何を言っているのだと、まるで気が違ったかという正気を疑うものに変わる。

「報告書には、彼の功績は記されていない。事実はどうあれ、私が判断する材料は報告書しかないのだ」

 積み重ねられたささやかな爆弾の数々が同時に爆発した。
 彼が積み重ねてきたその功績や功労は、他の部隊のものとする彼の善意の上に平気であぐらをかく彼女の部下である他の部隊によって奪われることと同義であることにようやく気付いた。

「な……な……。わ、私は」

「落ち着け。これは近衛兵師団の第四部隊から第七部隊までの全員の総意だぞ? こっちに提出された報告書はだれでも閲覧可能だからな。おそらくそれを確認した上で、私に直訴してきたんだろう」

 力不足を補ってもらったその返しがこれか。
 力ある者が力ない者に好き放題にされ、振り回され、侮辱されたも同然のように感じるロワーナ。
 しかしエリアードは話を続ける。

「どのみち近衛兵師団の功績はある、ということでもある。しかしこの障害は、お前の指導力に問題があると見た」

 屈辱である。
 近衛兵師団団長に任命され、その目的のために尽力した結果が解散である。

「そして今現状の体制にも問題はあると俺は思っている」

 まだ自分を辱めるのかと、ロワーナは前進を震えさせる。
 その両手は難く握りしめられている。
 しかし必要であればその話を聞く必要がある。
 それも人の上に立つ者の責任でもある。

「俺もお前も、皇帝陛下の子息、息女だ。次期皇帝は俺だが、お前にはないとは言い切れん。にも拘らず俺とお前には差がある。それは後継者かどうかという話ではない」

「……回りくどい話は止めていただきたい。私は自分をいつまで抑えられるか分かりません」

 やれやれ、と呆れ顔のエリアードは、単刀直入に話題を切り出した。

「近衛兵師団解散後、お前にも親衛隊をつける。近衛兵師団の中で適任者を選出し、その部隊の増員並びに他の近衛兵は現存の部隊への編入を図る」

 青天の霹靂。
 全くそのような話は出たことはなかった。
 あまりに突然の話に、ロワーナは言葉を失う。

「国際情勢がかなり流動的になっている。レンドレスの世界各国断絶により、とにかくあの国の動向が掴めないということと、ガーランド国が一方的に被害を受けているという話もある」

 レンドレス共和国の飛び地がガーランド王国の中にあるという、各省のない話ではあるが、それを匂わせる話もある。

「ガーランド王国のラッドン国王と陛下が対談したそうだ。その結果お前と皇太子のリューゴ殿と婚約をするという話を進めている」

「ここここ、婚約?! な、何をいきなり父上は!」

「一応、皇帝陛下って言え、な?」

 おもむろにエリアードは立ち上がり、ロワーナをリラックスさせるために茶を容れた。

「前々からそんな話は聞いていただろう? いずれはどこかに嫁ぐこととなるだろうとな」

「そんなことは……心得てはいるが、まだ碌にあったことのない……。政略結婚、ということですか?」

「違うな」

 ロワーナの軽蔑したような口調に即答するエリアードは、それを否定した。

「政略婚約、だよ。我々が抱える共通の問題点は、魔族の襲撃、しかも組織的なものだ。その黒幕はレンドレス。そして国王も把握できない飛び地の問題。外部の者の手による調査も望んでいるが、保守派の者達から国の情報を売る行為と受け取ってもらいたくはない」

「……結婚ではなく婚約にするのは……」

「いくらその国から許可を得たとしても、他国の偵察だ。快く思わない者もいる。偵察するための理由があれば問題は起きまい。結婚ともなれば、魔族との闘争が終わった後の万が一の事態に陥った時、人質となり得る」

「そこで婚約止まりにして……。しかし私一人では」

「何のために近衛兵師団を解散して、お前にも親衛隊をつけると思ってるんだ? ま、今回限りではなく、きちんとした成婚、あるいはそれ以降もお前のそばに置くつもりではいるがな」

 政略婚約の話を皇帝から聞いたエリアードが、トラブルが起き始めている近衛兵師団をどうするかという問題に、それにかこつけた解決策を思いついた。
 近衛兵師団の問題点に軽く触れると、皇帝はエリアードの案を快く許可し、それをこうして何とか妹に伝えたという話の流れである。

 政略婚約の話の狙いを打ち明けられたロワーナはその話に乗る。
 しかし爆発した後の爆弾は、言葉に表せない新たな不安をロワーナの心の中に生み出していた。
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