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近衛兵ギュールス=ボールド

部隊内外の諍い 団長室にて その2

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 各自の判断で、いつかかるか分からない出動に備える第一部隊。
 異質な存在と言うのは必ずしも周りの者達の調子を狂わせることばかりではない。
 休養、準備、訓練とそれぞれが立てた予定をある程度実行した後、今までの近衛兵がしたことのない道具作成をしているギュールスの作業に関心を持ったケイナ、ナルア、アイミ、エリンの四人が、ギュールスの作業を途中からでも見学しようと工房に入ってきた。

 ギュールスの学習能力は意外と高く、道具作成に必要な知識などが記載されている資料を見ながらの実践。
 ギュールスはその場で、道具屋に陳列されている物にはない道具を思いついては資料に目を配らせて応用を思いつき、自分専用の道具を完成に近づけていく。

「器用なもんだねぇ」

「触んないで。どの段階か分かんなくなるから」

 アイミが興味津々で作成途中の道具に触ろうとするがギュールスから冷たくあしらわれむくれ顔。

「もし実戦に生かすことを考えてるなら、この道具にもギュールスは命を預けることになるだろうから大人しく見てた方がいいかもね」

 ケイナから忠告を受けたアイミや他の者達は、ただ見るだけに徹する。

 工房の利用者はほかに三人。
 その三人は時折ギュールスの方をちらちらと見る。
 ギュールスに関心があるのではなく、目当ては周りの第一部隊のシルフ達。
 彼女たちのような綺麗な女性が工房に入ってくるのは非常に珍しいことで、作業に集中できないというほどでもないが、イベントか何かでもあるのかという様子見のような感じでこちらの方を気にしている。

 ギュールスは作業に一区切りついたのか、ふうと息を深く吐き出した。
 そろそろ昼食の時間である。
 その時間を確認して、ケイナはギュールスに声をかける。

「かなり作ったね。一つは装備品? あとは呪符のようだけど……」

「あ、触らないでくださいね。……はい、まぁ区分で言えば呪符でしょうね。夕方になれば実戦の使用に耐えるくらいに熟成してると思います」

「そっか。そろそろお昼だから食堂にいこっか」

 ギュールスはいそいそと辺りを片付ける。

「食堂の前に資料室に戻って、これを返さないといけないので……」

「それくらい付き合うさ。どうせ同じ本部棟だ」

 ナルアの返事を受けながら後片付けを終わらせると、全員から背中を押されながら工房を後にする。
 その後ろから、まだ作業を続けている三人の視線が物珍しそうに投げかけられていた。

 …… …… ……

 その頃団長室では、ロワーナの予定通り、巡回から帰還した第五部隊がその報告のためロワーナと面会していた。

「報告ご苦労だったな、ネーウル。次の出発までゆっくりするといい」

「ありがとうございます、ロワーナ団長。ところでつかぬことを伺いますが」

「ん? せっかくの機会だ。聞こうじゃないか」

 ネーウルと呼ばれた第五部隊の隊長は、やや顔をしかめながらロワーナに尋ねる。

「近衛兵師団に新たに編入した者が、シルフではなく『混族』である、と聞きました。由々しき事態と思われますが」

 この部隊もか。
 そう思っているのだろうロワーナは一気に顔をしかめる。
 外回りの部隊は皆一様にいい気分はしないようだ。

「近衛兵は防戦を主とする目的の軍隊だ。そして護衛の対象をより絞った結果、信頼が比較的高い、皇族に近い種族で固めることにより皇族そしてこの国の維持を図るというものだ。その信頼が高ければ、種族が問われることは」

「しかし! 『混族』ですよ! 元帥、並びに団長は何を考えておられるのか理解できません!」

 ネーウルの声は突然大きく響く。
 その声が頼もしく、流石は隊長であると、第五部隊のメンバーはその思いをネーウルに向ける視線に託している。

「……『混族』がお前達に何か被害を及ぼすようなことをしたか?」

「魔族と住民との間に生まれたモノでしょう! 国民の命を脅かす魔族の血を引くモノのどこに信頼があるというのですか!」

 こうも『混族』に対し根深い偏見があるのかと、またもやロワーナは思い知らされる。
 軽蔑の意味を持つ『混族』の名称を廃止し、『青の一族』と言う自分が思いついた名称を出すには、あっさりと打ち消されて終わりになるだろう。
 まだここでそれを口にするわけにはいかない。
 しかし、『混族』の偏見がすべてギュールスに当てはまることはあり得ない話である。
 そもそも彼が国民達の命を脅かす存在であるというのなら、そのきっかけや動機は彼には十分すぎるくらい体に染みついているのである。
 にも拘らず、恨みつらみを一切口にしないギュールスのどこが、信頼に欠けるというのか。

「彼の実態、戦いぶり、思想、性格、一切我が目でも確認した。第一部隊は彼を受け入れ、第二、第三両部隊も問題なく」

「第一部隊が受け入れ?! 我々でも編入希望が難しい部隊に、シルフ以外の種族、しかも『混族』がいきなり編入ですか?!」

「……第四から第七部隊だから外回り。そういう取り決めじゃない。事実魔族との戦争で、その四部隊はあらゆる意味で三部隊よりも見劣りしていた。言いたくはないが、レンドレスからの友好国への挑発行為やあの国の差し金と思われる魔族からの侵略行為に」

「向こうの力か上回った、それだけのことです。そしてそれでも食い止めた我々の」

「もういい。戻って休め。そして頭を冷やせ。第一から第三のメンバーは全員、常に向上心を忘れずに保ち、何のために存在しているかを常に心得ている。それを見失うと、現在の近衛兵師団自体存在意義が揺らいでしまうぞ」

 ロワーナはそう言い切ると、机の上の書類に目を向け、事務仕事に取り掛かった。

 存在意義も自己鍛錬も、誰もが近衛兵に就任してから何度も何度もロワーナが口にしていたことだしそれを常に耳にしていた。
 そのこと自体には、一人一人がそうあるべきだと感じていたことだし、その肩書に恥じない自分であろうと努力してきた。

 しかし『混族』が頭越しに抜擢される。
 能力などを見れば誰もが納得できるはずである。
 しかしその偏見が、その人事はあり得ないと決め付ける。

『混族』に限らず、優秀な人材がいろんな偏見で埋もれてしまう現実がある。
 そしてこの施設の中でギュールスは生活している。
 偏見を持つ者達と共に。

「我々の思う敵は魔族ではなく、同志の心の中に潜んでいたか……」

 ロワーナにとって厄介な敵が目につき始めた。

 …… …… ……

「どうした? ギュールス」

 ケイナ達がギュールスと共に移動をするとき、たとえ施設内であったとしても、なるべくギュールスを人目に触れさせないように、死角を作るように彼の周りを囲うような位置取りをして歩く。

 本部棟に向かう途中で不意にギュールスは立ち止まる。
 前を歩くケイナはそれを感じ取って振り向いた。

「……いえ、意外と家族連れっているもんですね」

 施設内の一部はまるでライザラールの繁華街のような街並みになっているところもある。
 通行人は軍関係者が多いが、家族で働く者もいるため、通行人の着ている物や装備は街中の様子とは違うが、大通りで友人同士や家族連れに出くわすことは多い。

「ライザラールの街中と、活気はそんなに変わらないだろう?」

 ギュールスの気持ちも余裕が生まれたのか、周りの様子を興味深く見ている。
 しかし歩きながらでも見ることは出来るはずが、わざわざ足を止めてまで周囲を見回している。

「……母親か……。思い出と言うと、ノームのおじさんおばさんのことしか思い浮かばないんですよね」

 四人は言葉を失う。
 全員は近衛兵に就く前までは家族と一緒に普通に生活をしていた

「そのおじさん達からしか話し聞いたことないんですよ。母親のこと」

 その大通りを行く、小さな子供を連れた母親と思しき通行人をぼんやりと見て、思うがままの言葉を口にするギュールス。
 しかし不意に聞こえる彼の言葉に、彼女たちは何も言うことが出来ない。

「逆恨みしたこともありました。魔族に襲われなければ、俺、『混族』としてうまれることはなかったんじゃないかって。けど、もっと悲しい思いをしている人達がこの世にいるかもしれないって。俺が犠牲になることで、そんな悲しい人が増えるのを止められるのかもしれないなって」

 ギュールスのような境遇の者はいないはずである。
 何しろ国民全員から虐げられている環境に身を置いているのである。

「あんな風に楽しそうな家族連れを見ると、突然魔族が襲ってきて、俺みたいに頼りに出来る人見つからなかったら、この後何十年もつらい思いするんですよね。今の思いとそんな思いの差が激しかったら、一人で生きていけるのかなって」

 自分だから耐えられた。
 耐えられない者はどうなるんだろう。
 自分のことを差し置いて、そんな予想をしてその歯止めになろうとする思いを持っていることを四人は知る。
 彼の言葉には力がない。
 力はなくとも、その心は折れない。

 四人はそれが不思議に感じた。
 だがその理由はすぐに分かった。

「あんな小さい子供と、子供と一緒にいる親の、顔中で喜んでる顔、ずっと見ていたいじゃないですか。俺の代わりに、ずっと笑ってもらいたいなって」

「……ギュールス」

「……はい」

「傭兵時代もそんな風に思ってた?」

「……もちろんです。でもこんな気持ちで親子連れの姿見ることは出来ませんでしたけど。すぐ怪しまれますから。……そういえばあまり前を向いたりしたことなかったな……」

 ナルアからの質問に、ギュールスはしみじみと答える。
 エリンが後ろからギュールスの肩を励ますように叩く。

「はい?」

「お昼、食べに行こ。それ、さっさと戻してさ」

 少しだけ悲しそうな顔をするが、それでもギュールスは笑ったような顔を見せ、静かに頷いた。
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