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近衛兵ギュールス=ボールド

気が休まらない休養日 感情の吐露

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「まぁ以上が主な地理だが……どうした? 気になる点とかあったか?」

「うわあっ!」

 ギュールスが気付いた時には、ナルアが横から顔がくっつき、横顔を覗き込むように接近していた。
 ナルアの顔は数秒間だったが、その位置にいたまま。けれどギュールスにはいきなり近づいたような感覚になり、椅子から転げ落ちる。

「まったくナルアさんてば。ギュールス、驚きすぎて体中真っ青ですよ?」

「元からだろうが! って言うか、ギュールス、お前、驚きすぎだろ。どうした?」

「ひ、一人で立てますよ」

 立ち上がらせようと手を伸ばすナルアだが、ギュールスは自分で立ち上がる。

「資料室での教訓が生かされてるようです」

「え?」

 アイミが余計なことを言う。
 何のことかとナルアがアイミを見るが、彼女は意味ありげにニヤリと笑っている。

「あ、いや、のしかかられるなんて思っていませんから」

「あ゛ぁ゛?!」

 うろたえるギュールスに凄むうなり声を向けるナルア。
 その後の、アイミの予想以上に荒れるナルアを、彼女は慌てふためいてまたなだめにかかる。

「仲いいな、みんな。混ぜてほしいくらいだが、晩ご飯だぞ」

 会議室に入ってきたのはケイナ。
 その彼女に仲裁を要請するアイミの声もむなしく、ケイナはそう言うとすぐに扉を閉め、しばらくはその騒ぎは続いた。

 ようやく三人が食堂に現れたのは、ロワーナを含めた六人が食事をしている最中。

「ケイナさぁん、ひどいですよ。すぐに出ていくんですから。大変だったんですよ」

「こいつが重いとか言うからだろうが! 筋肉は必要だし、しっかり体の調子を整えずして臨戦態勢取れるわけがないだろう!」

「いや、ナルアさんが重いっつったんじゃなくて……」

「……仲が良くなることは悪いことじゃない。だが時間はなるべく守るように。それと私情をむき出しにしないように。私からはそれだけだ」

 ロワーナはその三人のやり取りをほほえましく感じるが、釘をさすべきところはしっかりと注意する。

「ケイナさんも手伝ってくれてたら……」

 アイミが恨みがましくケイナを見るが、ケイナは平然と食事を続けながら返事をする。

「無理。怖いもの」

「ケイナさんも怖がるナルアさんの……」

「違う」

 ケイナの一言はその三人をキョトンとさせた。

「怖かった、と言うには語弊があるが、怖いのは彼の方。ギュールスが何か腹に一物抱えていたように見えたから」

 ナルアとアイミはギュールスを見る。

「おい、隠し事は止めような?」

「何か、あった?」

 人事異動がほとんどない第一部隊の結束は固い。
 だが自然にそうなったのではなく、そうなるように努力した結果である。
 階級による区別はつけるものの、家族同然の絆を保つことで、戦場の様々な難局を全員で切り抜けてきた部隊である。

 その努力の一つが、隠し事をしない。
 一人で消化し切れることであるならば問題にはならないが、心の中にいつまでも淀んでいるような思いがあると、そこから大きな失敗に繋がることもある。

 ロワーナは彼の異変に気付いていたが敢えて黙っていた。
 自分から指摘するのとメンバーから指摘を受けるのでは、ギュールスやメンバーの印象がかなり違う。

 ナルアは注意するような口調だが、アイミ同様心配そうな顔を向ける。
 さっきまでのふざけて絡んだ雰囲気はすっかり消えている。
 他の全員は、ロワーナ以外は食事の手を止めていた。

「……特にお前はこの部隊ばかりではなく近衛兵師団の中では異質な存在だ。故にすぐにどこかに異動を命じられるかもしれんから、ここに居られるのはほんのわずかな期間かもしれん。だがな」

 ロワーナも食事を途中で止め、ギュールスに優しく話し始めた。

「それでもここにいる全員は仲間だ。その思いを伝えることで、互いのその意識が強まる。お前にしか分からない辛い思いもあるだろう。そんな思いを分かち合うことは至難の業だ。だが、お前はそういう思いを持っているという現実を、皆が分かるだけでもお前のことをより大切に思えることにもなる。その思いを持つようになった事情を伝えることで、結束が強まることもある。伝える必要のない思いもあるだろう。だがそんな思いは隠しきれるぞ? 隠しきれない心の思いを抱えたままでは、いつまでもその思いに囚われ続けるぞ? 間違いなくそれは後悔に変わる。そしてそれは成長を妨げるものにもなる。たとえ我々と離れることになっても、同じ釜の飯を食った者のその先のことは気にかかるものさ」

 ロワーナの話が進むにつれ、ギュールスの頭が次第に下がっていく。
 アイミが近寄って、その目線に合わせる様に膝を曲げる。

「大丈夫だよ? 誰も馬鹿にしたり、笑ったりする者はここにはいないよ? ギュールスが私達の事信じてくれるなら、ギュールスが望む日々も必ずやってくるから。他の誰かじゃ、絶対言えないことでしょ? 言えないままなら、そんな日が来るの、難しいけど……」

 アイミは、エリンとティルと四人で最初にウォルトの道具屋に行ったその帰りの馬車の中の話を思い出して、ギュールスにしか聞こえないように話しかけた。

 それを聞いてギュールスは重い口を開く。

「レンドレスが侵略して……焼け野原になったところに住んでた者達の……種族は……」

「あ、さっきの話? ムアラミ自治区のこと?」

「森に住む者達……種族はいくつかいたな。エルフもいたし、我々と同じシルフの亜種もいた。……そして、ノームも」

 ギュールスは、ロワーナからの回答に反応して、怒りの感情を抑えきれない顔を上げた。

「お前に個人的に謝るつもりはない。だが……すまない。我々があの国の暴挙を諫め止めるべきだった。我々の役目の一つでもある。その任務を果たす」

「あ、いえ。す、すいません……」

 ロワーナの話が終わる前にギュールスは自分の失態を謝罪した。

 全員が気付く。
 その侵略の犠牲になった者達の中に、ギュールスを養ってくれた家族全員が含まれていることに。
 そしてロワーナは安心する。
 ギュールスの物事の捉え方は、根本を常に見ていることに。

「魔族来襲の時期が収まったら、レンドレスの横暴を何とかする交渉についても進めていかないとな。だがまず目の前の、魔族の対処に全力を尽くす。……ギュールス、お前も手伝ってくれるか?」

 答えるまでもない。
 しかしギュールスからは言葉はなかったが、力強く頷いた。
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