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近衛兵ギュールス=ボールド

気が休まらない休養日 招かれたロワーナ

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 冒険者達から有志を募り、傭兵として国軍に協力する形で、国の保安を脅かす魔族を退治あるいは討伐を目的とする役所である魔族討伐対策本部。
 ニヨールと呼ばれる地区にある。
 首都ライザラールで冒険者達の宿場として一番の賑わいを見せる地区。
 そこに存在するニヨール新報社は、その地区では唯一存在する新聞社である。

「……それは大変失礼いたしました……」

 その新聞社の応接室でのこと。
 ホワールの上司であるベイク=エイリアは顔を青くして、取材の依頼を受けるためにわざわざ新聞社に足を運んでくれたロワーナに頭を下げていた。

 新聞社の数はあるが、そんなニヨール地区には一つしかないのは理由がある。
 普通の新聞は三十ページだが、ニヨール宿場新報社発行の新聞はその倍。
 同じ記事がいくつかに分けて掲載されている。
 淡々と事実を書き綴っている内容。
 それについて、国、政府や軍からの視点で書かれたものと、読者目線、社内からの視点で書かれている記事もある。
 ある意味一番偏った見方をしない記事を書く方針であることから、オワサワール皇国推奨の新聞と名指しで称えられるほど。
 更にその方針を支持する意味も込め、皇族関係者から直接取材を許される唯一の新聞社となっている。

「止めないか。私はただ、上司に部下の行動を報告しただけだ。それよりもいつもの取材の時間が減ってしまうぞ?」

 ロワーナからの言葉は、ベイクには不問に付すことを意味し、安心させるのに十分な一言だった。

「お、恐れ入ります。で、今回の伺いたいお話は、えーと、隣のウラウナガーンに出兵したという話を聞きまして、いつもなら短くて半日ほど現地で滞在しますよね? それが半日ほどで帰還されたと」

「……答える前に済まないが、その情報を入手したとき、そばに誰かいなかったか?」

 質問逃れかと怪しんだが、部下が迷惑をかけた手前ということもあるが、恐縮な思いがまだ残っているベイクは素直にロワーナからの質問に答える。

「は、はい。あー、今部署にいる者達と、取材に出かけたうちの二人……あ、ホワールもいたな」

「ふむ、なるほど納得だ。彼女に何も言わなくて正解だったな」

「はい?」

「何、似たような、いや、さらに突っ込んだ質問をしようとしてきたのでな」

「あ……、そ、それは重ね重ね」

 いつの間にひいていた冷や汗が、再びベイクの体の表面に現れる。
 彼の種族は爬虫類と、魔術を使うことが出来る妖精と融合された獣妖族。
 爬虫類は汗はかかないが、他種族と混ざるとそっちの体質の傾向が現れることがある。

「形式通りの挨拶は時間の無駄だ。御社の発行部数は確かに群を抜いている。だが他社の発行部数の合計と比べれば、当然御社の方が低い」

「そ、そりゃそうですよ。こっちだってそこまで自惚れてはいません」

「だからこそ、ここが世間に敵わない部分もある」

 いきなり始まったロワーナの話は、ベイカーには何の話題かは見当もつかない。が、流ちょうな話し方の中に必要な情報は必ず出る。要点だけを聞きたい思いを我慢して、じっと耳を傾ける。

「世間でこれはこうと決めつけられて、その意義が定着している物は数多い。そして我々国軍の一部は、ある意味そんな世間からずれている」

 そんなことはないでしょう、とロワーナの言葉を否定しようとするが、おそらくそれも情報入手までの時間を引き延ばす無駄な発言になる。
 ベイカーはさらに続くロワーナの話を待つ。

「冒険者達の間で避けられていると思われる『混族』のことは知っているか?」

 ベイカーは体をびくりと動かす。
 本題に入ってきた。こちらの聞きたいことの答えが始まる。
 その心構えを整えて返事をする。

「噂で聞きます。青い体の男のことですね。我々の取材の調査の結果判明したことは、毎回討伐に参加はしますが、帰還報告がない。けれど登録手当は毎回受け取っている。そして翌日また登録している。生還した後の街中での足取りは掴めず、けれど毎朝本部にやってきて登録している」

 ベイカーは首をかしげながら結果の報告を伝える。
 ちらほらとその話を聞き始めた頃から記事になりそうということで足取りを追っていた新聞社。
 ほかの新聞社はそうしようとはせず、『混族』の話題について好き勝手に内輪で盛り上がり、その中の一説を面白おかしく記事にあげるだけ。

「わが社も含めてどこもかしこも『混族』という名称が独り歩きすることもありました。けれど我々は団長がおっしゃられたように、あらゆる立場からの視点で記事にあげる方針です。偏った見方の記事はボツになるか、公平な見方が出来るまで差し控えます」

『混族』への偏見が生まれた温床の一つ。
 そういう解釈もできるとロワーナは考える。

「たしかギュールス=ボールドという名前でしたよね? 名前が判明したのはつい最近ですよ。傭兵として登録されるよりももっと前から、冒険者として登録してたのは掴めてたんですがね」

 それだけ彼自身の事には誰もかれも無関心であったということ。
 そして名前よりも先に彼らに定着した物があった。

「『死神』とか、『捨て石』とかだろう? 『捨て石』の方は普通に自分でも使ってたが、『死神』の方は、そう呼ばれるのは嫌ってたようだったがな」

「……やはりそうでしたか。駐留本部に呼び出しの告示が貼られてましたから、まさかとは思いましたが」

 ロワーナからの反応で、ベイカーは大体察しがついたようだ。
 滅多にその名を呼ばれない人物が名指しで公表される。
 犯罪者でもない者が呼び出される。
 呼び出した者が、魔族討伐に出撃したかと思ったらすぐに帰還。任務放棄でもしたのかと思われるくらいの迅速さで。

「しかし呼び出すにも、何か理由があったんでしょう? 『混族』とは何か知りたいという好奇心を満たすため、なんていう……」

「バカを言うな。そんな暇はあるか。彼を目にしたのは、街中でのトラブルだ。一般の者達からの不満が多くてとりあえず調査をしたところ、同じような調査結果だ。手当の不正受給があるかもしれん。そこから魔族との繋がりの可能性も考えたがそうでもない。が、彼の出撃の届け出に不審な点があったため、それは見逃せなくてさらに詳細を調べたところ、呼び出す価値はあると判断したわけだ」

 その後の経緯をロワーナは軽く説明する。

「我々も含めた一般の者達にとっては当たり前のことが、彼にとっては無縁の事だった。我々にとって普通の事が、彼にとって手にすることが出来ない理想の世界だった、ということか。そうであることを周りが許さず、彼はそれに従い続けた結果だな」

「我々も、彼らへの偏見を止めなければなりませんね。害を及ぼす者は、彼らにもいるかもしれませんが我々にも存在します。でなければ団長達の巡回は無意味な事ですからね」

「彼に伝えたよ。『混族』という名前が持つ意味はもう覆せない。だから新たに名乗るべきだとな」

「名乗る? 何を?」

「『青の一族』。彼、ひょっとして同族の者がいたら、その力は必ずしも魔族の意志によって使われるわけではない。持ち主の意志だ。この国にこれまで通り忠誠を尽くすならそのように名乗る方がいいだろうとな」

 確かに大衆が思いを一つにしていることを変えるのはなかなか難しい。
 周りの意識を変えるには、彼女の案は存外いい発想かもしれないと考える。

「しかし、別の名称を思いつくほど彼に……ぞっこんとでも言いましょうか」

「バカを言うな。だがこれまでの境遇の話を聞いたときは、流石にほっとけないという思いが真っ先に出てきた。親離れ前提で親の立場に立っていると思われてもやぶさかではないな」

「……かれがもしそれを恩と受け止め、恩返しをしようと考えたらば……さしずめ守護神ってところじゃないですか?」

 ロワーナは、ふっ、と思わず笑いが出る。
 そこまで大仰な名称をつけるか、と。

「しかし、たった一人でその魔族の大軍を滅ぼしたのでしょう? 有り得ないですよ。その話がもし嘘だったとしたら、他の部隊は今頃高原まで行ったり来たりの大騒ぎ。あそこら辺の様子は落ち着いているみたいですから団長の話は当然間違いない。彼の働きぶり、神がかってるとしか言いようがないじゃないですか」

 どのようにして倒したかという説明は受けてはいないベイカーにとっては、そうでなければ直接この国に神が舞い降りて奇跡を起こしたとしか思えない戦果報告である。

「名前負けしなければ、守護神も悪くはないな。彼に伝えておこう。私が忘れてなければな」

 ロワーナはそう言うと、ソファからゆっくりと立ち上がる。
 ベイカーは次回の取材が楽しみとは思うが、ある事に気が付く。
 取材は、ロワーナ直属の第一部隊が活動を終えた次の日にすることに決まっている。
 そして昨日、その活動を終えたばかり。

「……次回を楽しみに待っております、と言いたいんですが……しばらく休養期間ですよね」

「うん? それがどうした?」

「……じゃあ次回の取材は……」

 彼の予想によれば、しばらくはないはず。
 ギュールスについての情報も、当然新しい確実な情報は入らないはずである。

「……我慢するんだな。我々とて、御社が求める記事になりそうな話を毎日有しているわけではないのでな」

 あの鉄砲玉娘にもよく言い聞かせておけ、と言い残し、ロワーナは応接室を出る。
 部屋の前で見送るベイカー。
 普通なら玄関まで見送るのが礼儀だが、そこまで畏まらなくてもいいと直々にロワーナから言われている。

 彼にとって、短いながらも充実した時間を過ごすことが出来、満足な思いで心は満ち溢れていたが、ホワールの事を思い出すと、はらわたが煮えくり返る思いがふつふつと沸き上がった。

「にしてもまったくあいつはっ!」

 彼も応接室を出ると、編集室までの廊下を歩く足音を特別大きくしていった。
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