上 下
41 / 122
近衛兵ギュールス=ボールド

出撃前夜の晩餐

しおりを挟む
 この日のそれからの第一部隊の面々は落ち着きを取り戻した。
 昨夜同様、出撃する近衛兵の全部隊が食堂に会したが、それほどの盛り上がりはない。
 それでも和気あいあいとした雰囲気で食事は進む。
 しかしギュールスだけは心ここにあらず。
 歓迎会ではないので昨夜とは席順も違っていたため特別注目されることはなかったが、第一部隊からは時折気にかけるような視線を向けられる。

 しかしギュールスは微動だにしない。
 そんな彼を見て、副団長の立場に見られているエノーラが食事の途中で席を立ち、傍に近づく。

「体の具合がおかしいのか?」

 ギュールスには、彼女が突然傍に現れたように感じられ、驚いて一瞬ピクリと動く。
 しかし彼女に顔も併せないままかぶりを振る。

「明日は重要な一日だ。今日は歓迎会でも食事会でもない。たまたま食事の時間に顔を合わせただけだ。明日の体調を良好にすることを優先するように」

 強制と思っていたギュールスは驚いてエノーラを見る。
 かすかにエノーラは頷く。
 一瞬どうするかギュールスは迷うが、確認するように上座にいるロワーナの方を見る。

「明日の起床時間、そして出撃の式に出る前に一度私の部屋に全員揃うこと。その時間は守れよ?」

 彼女からの言葉は、事実上の自由行動を意味する。
 ゆっくりと席を立ち、食堂から退室するギュールス。
 心配そうに彼の後姿を見守るメンバーたち。
 ロワーナも彼を席に座ったままギュールスの後姿を見送る。
 彼女にはその自覚はなかったが、その目には憐れみと慈しみの思いが込められていた。

 …… …… ……

 第一部隊の全員は、ギュールスが立ち去った後も食事を続けるが、何となく不安な思いが顔に現れている。

「む、食事中だが、ちょっと重要な用事を思い出した。不躾で済まんがすぐ戻る」

 慌てる様に食堂を出るロワーナ。
 その用事とは何のことか全員は見当もつかないが、滅多にないロワーナの行動も、明日の出撃に響きそうな予感がそれぞれによぎる。
 それからしばらくしてロワーナは戻ってくる。

「……なんだ皆。久しぶりの出番で心配か? まぁここ数日ギュールスに振り回されてたからあまり訓練してない分不安ということも分からなくはないが……」

「不安なのは我々ではなく彼の方です。連携が取りづらいだろうから現場では自己判断に任せるとは言っても、仲間入りした以上気がかりになるのは確かです。昨夜もそうですが今だって何の食事も摂っていません」

 席が近いエノーラが進言する。
 皆の意見はどうか、とロワーナが全員を見回すと、全員が頷いている。

「うん、彼の……」

「失礼しますっ! 戻ってきましたっ!」

 ロワーナの発言を止めるタイミングで入ってきたのはギュールス。
 全員が驚いてギュールスの顔を見る。
 戻ってくるとは誰も思わない。
 ましてやそんな力強い声を出せたのかと、その驚きのあまり誰もギュールスの姿から目を離せないでいる。
 ギュールスはそのまま、中に進み、自分が座っていた席に再び座る。

「あ、あぁ……一体、何が……」

「何もありません!」

 隣に座っていたティルの問いにも、やはり力強く即答。
 とは言え、その返事は答えを拒否するもの。
 何もないわけないだろうと聞き返そうとするが、思いの外その表情は明るい。
 第一部隊のメンバーはそれぞれ互いに顔を見合わす。

「だ……団長……」

「……別に、構わないんじゃないかな?」

 狼狽えながらロワーナに尋ねる声に、そのロワーナも明るい表情で食事を進めながら受け流す。

「それより、自分のすべきこと、やるべきことをしっかりと弁え、取り組むこと。周りがどうあろうとも気にせず自分の役割を全うすること。そうやってみんな、今まで生き抜いて来たんだろう? 今回も同じたよ」

 ロワーナの言う通りである。
 彼女達はこれまで魔族との戦いの何度も赴いた。
 無双ぶりをいつも発揮してきたわけではない。
 時には全滅の危機に遭遇したこともあった。
 栄えある近衛兵師団第一部隊だが、戦場ではみな、目的遂行に必死だった。
 無様な姿を戦場で晒すこともあったが、戦死者ゼロのまま、こうして無事に全員生き抜いて来た。

 言われてみればその通り。ギュールスの様子は気になるものの今はそれどころではない。

 その注目の対象であるギュールスは、やはり食事には手を付けない。
 その代わり、団長をはじめとするメンバー一人一人の顔を、皆にそれを見られないようにしながら目に焼き付けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...