上 下
9 / 122
冒険者、そして傭兵ギュールス=ボールド

偽りの正義の渦が消えた後

しおりを挟む
「とにかく毛嫌い一辺倒でした。二言目には『混族だから』ですからね。冒険者ウィラ=エノーワの証言から事実は判明できないものと思われます。気持ちは分からなくはありませんが……」

「『混族』か。確かに忌まわしい存在ではあるが、必勝を目的に掲げる国軍の戦力を見れば、正直猫の手も借りたいほどの戦力の乏しさ。参戦に来る者は拒まずだが……」

 夜の治安を守る近衛兵達が遭遇した、夜の街の大通りで起きた私刑。
 近衛兵の隊長は、加害者の集団や被害者のギュールスからその場での聞き取り調査などはせず、そのまま解散させた。
 あれだけの大人数をその場で聞き取りを行うことで暴動が起きるようなことがあれば、彼らが討伐に参加する場合魔族討伐の戦力が下がる恐れがある。
 隊長は冒険者達に対し参加しなくても構わないようなことを言ったが、参加しなければただの市民、国民である。国民の起こすトラブルを、なるべく被害を最小限に抑えるのも彼女たちの仕事。
 ゆえに治安を守る役目を持つ近衛兵隊の言動は正解と言える。
 そして取り調べによる拘束で、討伐に参加する可能性のある者を不参加にするのも国としての益は少ない。
 近衛兵の活躍の場は主に街の中。
 魔族討伐の参戦もすることはあるが、トラブルの元である本人達が不在の中でも調査する仕事も彼女たちの担当である。

「編成時に顔を合わせるわけにはいかんな。『混族』は一目でそうと分かるし、嫌い方も感情が入ると周りに嫌悪感を生じさせてしまう。彼女と似た年代の冒険者とも一緒にしない方が良さそうかもしれんな」

 近衛兵の部隊はいくつかに別れて、手分けして町の治安を守っている。町中の所々に設置されている駐留所の一か所にその部隊はいた。
 魔族討伐対策本部から得た情報の報告を部下から受けた隊長は、討伐の編成にまで思いを巡らせる。

「そのウィラとやらの冒険者になる前のことについて調べてみてくれないか。それと、あの『混族』についても過去を調べてみてくれないか。そっちはついでで構わんぞ」

 冒険者になれる条件や資格はある。まずは年齢。それ以外にも冒険者の職種に適しているかどうか。そして冒険者として適した性格かどうかということも重要な要素である。

「それにしてもあれほどまで嫌われてるというのに、それでもこの都市に拘るのはなぜだ?」

「人が多いですから、嫌う者も多ければそれほど気にしない者も多い、ということなのではないでしょうか? 普通の仕事に就くことは難しいでしょうし、そうなるとフリーの冒険者として仕事をする方がいくらかは生活が楽になると思います」

 一人の部下からの意見を聞いた隊長は「そういうものか」と呟き、物思いにふけた。

 ────────────

 その頃、いつもより遅い時間だがいつもと同じ行動をとっているギュールス。
 道具を何とか売ってもらい、宿の傍の小川で体を洗う。

「……まぁ体の回復はこの程度なら何とかなるけどな」

 それでも時折顔をしかめている。
 傷は治すことが出来ても痛みまで消えることはないらしい。

「……朝起きれなきゃ、明日の手当てはもらえねぇけど、起きられるかわかんねぇな……」
 体を洗い終わった後、五口ほど小川の水を飲む。

 どんなにつらい目に遭っても、生きて生き延びるという強い本能に身を任せるギュールス。
 そんな彼の目には何の輝きもなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

ちょっっっっっと早かった!〜婚約破棄されたらリアクションは慎重に!〜

オリハルコン陸
ファンタジー
王子から婚約破棄を告げられた令嬢。 ちょっっっっっと反応をミスってしまい……

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

処理中です...