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六七日、にして、なんか俺に興味持ち始めた?

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(ねえ、昭司君)
(またかよ。何だよ)
(……最近、あたしに冷たくない?)
(いや普通だろ。最近のお前、お母さんにべったりだからな)
(あー……うん。あのね、昭司君が来ない日は、お母さんパートに出てるから)

 いつまでも、愛する家族を失って悲しみにくれてばかりではいられない。
 時間は、冷たくも優しくも、均等に流れていく。
 生きてる人は、その時間の流れに乗れていくことができないと生活することは難しいからな。

(お母さんが外に出ている間は、家でお留守番してるの)
(お留守番って……今のテーブルに座ってたりするのか?)
(ううん。ここにずっといるよ?)

 ここ。
 即ち、お仏壇。
 それで留守番と言えるのか?
 いや、その前に、俺以外に見える人がいない存在が、留守番の役目を果たせるかどうか。
 宅配便が来たら、サインなり押印なりできるのかって話。

(それ、留守番じゃなくて居留守って言わねぇか?)
(そうとも言うかも)

 居留守そのものだと思うんだが。

(だから、お母さんが帰って来てからじゃないと、肩もみできないの)

 そりゃそうだ。

(だから、昭司君が来た日は忙しいのよね)
(忙しい?)
(だって、会話できる唯一の相手だから、お喋りはその日しかできないし、その日のお母さんは家にいる時間長いから、普段よりも長く肩もみとかしてあげたいし)

 せわしねぇなぁ。

(いつここからいなくなるか分からねぇんだ。親孝行に集中しとけ)
(あら? 昭司君は、こんな綺麗な女性から話しかけられたいと思わないの?)

 自分で言うか。

(思うよ。でも綺麗な女性の人間から話しかけられる経験はほとんどないから、幽霊で我慢しよう、とも思わん)
(話しかけられたくないわけ?)
(話しかけられたいが話しかけてくる人がいない。仕方ないから美香さんで我慢しよう、とは思ってないってこと)
(あら、なんかうれしいかも)

 でも、まぁできれば、元気な頃に話しかけてもらいたかった、という気持ちもないこともない。
 が、そこまで執着してるわけでもない。

(ま、小さい頃からお檀家さん達からちやほやされてたからな)
(へぇ。昭司君、人気者だったんだ。でもそれだったら目立つから、あたしもそういうことで覚えててもおかしくないと思うんだけど)
(お盆のときには小学生から檀家回りを手伝わされてたからな。どんな顔でも小さい子供が衣着て拝みにまわる様子って、可愛いもんだったんだろ)

 それが今では……。
 十で神童十五で才子、二十過ぎればただの人ってのがぴったりだな。

(じゃあそのお仕事のエキスパートってこと? かっこいいじゃない)

 現実見ろよ。
 カッコよかったら注目の的だろ。
 和尚さんっていい人ですね、とぼちぼち言われるようになった現実からほど遠いっての。
 しかも、日常会話の中で話題に上がるわけでもなし。
 褒められても、あんまりうれしくはない。

(かっこいいのは、その呼称の響きだろ? できることしかしてないし、普通だよ普通)
(でも、手を合わせてる姿、背中も伸びててかっこいいと思うよ? 誰かいい人とかいるんじゃない?)

 手を合わせるって……。合掌って言えよ。
 それに、よくよく見るからそう感じるんであって、無関係な人が俺を見たって、同じような評価は出るはずもなし。
 それにしても、彼女がどうのとかって、お前は近所のおばちゃんか!

(そんな暇も機会もないな。予定の仕事がない日や時間は全部留守番電話番。それも仕事の一つだしな)
(留守番? あたしとおんなじだねっ)

 一緒にすんなや。

(いつ誰が亡くなるか、なんて誰も予想がつかない。ましてや、もうすぐ亡くなりそうですから準備しててください、なんて連絡もない。いつも亡くなった後に電話が来る)
(その連絡が来たらすぐに出られるようにしないといけないのね)

 他人事のように言うな。
 お前んときもそうだったんだぞ?

(家族は、次第に弱っていく身内を毎日看病なりしてその様子は見てるだろうから、予測とかはできるだろう。ところがこっちはその人の直前までの容態については全然知らない。いつも元気な姿しか見たことがないからな。だから檀家の訃報の報せは、いつも突然だ。ただ対応するだけじゃなく、そんな相手に気を遣う言葉も、条件反射で出せるようにしとかないとな)

 気を遣う言葉がいつでも出せるように、ということ自体、事務的な感じがしなくもない。
 が、自分の言葉が事務的、機械的な言葉しか出てこないと思われるのも、この仕事としてはどうなんだ? とも思う。
 そんな言葉がいつでも出せるように、普段から心掛けてるだけでも、それなりに気持ちがこもった対応と言える……と思い込んでる。
 相手からどう思われてるかは分からんが。

(だから遊んでる暇もないな。外で遊べる時間っつったら、そんな報せの電話がかかりそうのない夜の時間帯くらいか?)
(え? 旅行とかは行ったことないの?)

 あるわけがない。
 何泊かしてる間に、檀家の誰かが亡くなったりしたら、帰ってくるまで檀家はオロオロしっぱなしだろ?
 それじゃ、何のためのこの仕事だよ。
 住みながら職に就いている。
 まさに住職だわな。

(高校の修学旅行が最後だったな。ま、結婚すりゃ新婚旅行に行ける日にちくらいはもらえるか?)
(その後予定は)
(もちろんないっ!)

 読経中じゃなかったら、意味のないドヤ顔を美香に突きつけてるところだった。
 いや、意味はなくはないか?
 真面目に仕事一筋ってアピールにはなるか?
 大切な人を失った家族は、誰だってオロオロする。
 そんな中でこっちに連絡を入れてくるんだ。
 意味は分からずとも、経を読む声を聴くだけで安心する、という人は少なからずいる。
 自分だけ楽しむことを避け、その分の時間をそのための努力に割り当てる。
 跡継ぎとして期待している人達は、そうであってほしいと更に期待してたりする。
 誰から褒められることではなくても、やってなきゃならないこと、とは思う。
 要領のいい同業は、趣味を高じさせながら、本業も関係者内外から褒められることもあるようだが。

(……趣味とか、あるの?)
(家の中で遊べるもの、かな。途中で投げても差し支えないやつ)
(……なんか、大変そうだね)
(そんな大変そうな仕事が家業の奴に、言い寄ってくる奴なんかいるわけがない)
(え? そうなの?)

 そうなの? じゃねぇわ。
 元気だったら、俺と結婚する気あったか?
 ないだろ。
 結婚対象外筆頭じゃね?
 そんな奴に、そうなの? なんて言われたくはない。

(趣味ってんじゃないけど、こういう法事で、お勤めが終わったあとのお茶飲み話で、相伴してくれる人達を笑わせることくらいかな)
(笑わせるの、好きなんだ)
(いつまでも悲しんでばかりだったら、そのうち気持ちが沈んだままで、日常生活に支障をきたすようなことがあるかもしんないだろ? 笑ってもらったら、少しくらいは元気になるんじゃないか? もっとも美香さんのお母さんは、お前の同期がこうして来てくれるから、まだましな方かもな。賑やかでいいじゃないか)

 来てくれる人数が減りつつあるけどな。
 それでも普通なら、同期の連中が来てくれること自体珍しい。
 余程愛されキャラじゃない限り。

(お前のお母さんは、娘さんをよくもまぁ、そうなるまでに育ててくれたよ。大したもんだ)

 なんか評論家っぽい目線になっちまってる。
 まぁいいけど。

(うん……そうだね。でも、昭司君も)
(はい、おしゃべりはここまで)
(え?)
(お勤め、終わり、だからな)

「……お疲れさまでした。六七日のお勤め、終わりになります」
「今日もありがとうございました。相変わらず何もありませんが、お茶、どうぞ。……みなさんもご一緒にどうぞ」
「お邪魔しまーす」
「磯田、今日もお疲れ」

 今週は、十人超えるくらいか。
 それでも七日日の法要にしちゃ大人数だ。
 お母さん、あなたはホントいい娘さんをお持ちになりましたねぇ……。

 ※※※※※ ※※※※※

「では来週は四十九日になりますが、そのあとは、こないだから言われてるように、月命日にはお邪魔して、それで百か日、そしてまた月命日、という具合で」
「はい、そのようにお願いします。時間などはまた後で電話で相談したいと思いますので」
「分かりました。では失礼します。……じゃ自分はこの辺で」
「おう、磯田、お疲れ」
「ありがとうな、磯田」
「磯田君、またね」

 またね、ってのはどうかと思うんだが。
 まぁそれでも、供養のために足を運んでくれる、というのは……ありがたいことじゃないか、なぁ、美香さんよ……って……」

(昭司君、ありがとね。お疲れ様)

 美香はまたも熱心に母親の肩もみをしながら声をかけてきた。
 生きている間も、そんな風にしてたんだろうか。
 照れくささ何かは全く見られない。
 むしろ、母親への肩もみはお手の物、といった感が強い。
 親子の仲が良くて、何よりだ。
 が、いつまで続けられるんだろうなぁ。
 来週は四十九日。
 一つの節目に当たる。
 心置きなく、親孝行しとけよ?
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