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五七日、のついでにこんな薀蓄
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月命日のお勤めが終わって帰る時、彼女の母親は玄関まで見送ってくれたが、美香は後ろから肩を抱きしめていた。
この愛情表現には、母親は当然気付かない。
そして、二人の互いへの思いは噛み合ってるのだが、意思疎通がない分微妙にずれている。
そのずれもまた、許容できるものだから、両者の思いと行動を知ってる自分にも、悲しい思いが増してしまう。
が、気持ちはこの家にばかり向けていられない。
美香の月命日の日から中三日。
その間も他の仕事や雑用が入る。
そして五七日を迎えた。
いつもの通り、仏壇の前でふわふわ浮かんでいる美香の表情から、何となくはしゃぐような感じは消えていた。
というより、穏やかな笑みを浮かべている。
唯一の赤の他人の話し相手より、ずっと一緒に過ごしてきた家族と一緒にいた方が気持ちは落ち着くんだろうな。
(あのね、昭司君)
話しかけるのはいいんだが、なんでいつもお勤めしてる最中なんだよ。
(何?)
(お母さんね)
(うん)
(随分、痩せたなって)
(いつと比べて?)
(思い出に残ってる、子供の時に肩たたきしてあげた時と比べて)
何だその突っ込みどころ満載な言葉は。
(当たり前だろ? 遡ること三十年弱。産んだときは二十代だったとしても、五十代後半だろ? 逆に逞しくなってる方が怖いわ)
(……ふざけないでよ)
(あのな)
(うん)
(俺、今、何をしてるか分かる?)
(あたしと会話)
ふざけんなっ!
(お前の五七日のお勤めの最中なんですが?)
(それで?)
(一応、毎回、お仕事には集中したいって思ってるんですけどね?)
(したらいいじゃない)
(お前が毎回話しかけてくるから、返事しちまうだろ! 無視したら悲しそうな顔するしっ。会話を早く切り上げたいときは、そんなふざけた反応もしたくもなるわっ)
(あ……ごめん)
……素直だな。
まぁ、分かってくれりゃ問題ない。
(ところでさ)
言ってる傍から何話す気だよお前。
(痩せてきたお母さんに……まぁ触ったつもりなんだけどさ。触った感触がないから)
(すまん)
(え? 何? どうしたの?)
(お勤め終わるまで、ちと待っててもらおうか)
(あ、うん。なんか、ごめん)
やれやれだ。
※※※※※ ※※※※※
お勤めが終われば、途中のやり取りの雰囲気も忘れる。
アドバンテージを握れば、俺の言動に特に問題は起こらないはずでな。
(今日で五七日を迎えたわけだが)
(うん)
(この七日日ってのは、実はお釈迦様由来の仏教とはまた別の物だったりする)
(え? マジ?!)
幽霊が驚く姿というのも斬新だな。
だが幽霊と一緒にしていいものだろうか。
(中国発祥の十王経っていう宗教観? 思想? から始まった)
(へえぇ!)
そこに十三仏思想とかってのと融合して云々という話なんだが、俺が話したいこととはずれるから割愛。
それに、いきなり専門用語連発しても、聞いてくれるかどうかだし、何より気分転換にはちょうどいいタイムリーな話の邪魔になりそうだしな。
(悪いことをしたら地獄に落ちる、みたいなことを言うだろ?)
(うん、よく聞くね)
(思うに、その地獄……地獄の苦しみってのはそこにあると思うんだ)
(そこってどこよ?)
七日ごとに裁判所のようなところを通過する。
当然裁判所だから裁判官がいるわけだ。
その裁判官のことを王と呼ぶ。
でも七日ごとだと四十九日で終わる。つまり七回。
ということは、七人の裁判官、王がいるわけだが、十王経というからには十人の王がいる、ということだ。
あとの三人はどこにいるかっていうと、四十九日の後の百か日、一周忌、三回忌のところにいる、らしい。
(へえぇ……そうなんだ……)
(で、その取り調べが一番きつい、と言われてるのが五番目、つまり五七日)
(今日のお勤めのことよね)
(そして一番メジャーな王でもある)
(メジャーって……)
だって知名度が一番高いんだもん。
そう言った方が分かりやすいだろ。
(嘘を言ったら閻魔さんに舌抜かれる、なんて話聞いたことないか?)
(あー、あるかも)
(その閻魔王が五番目の裁判官ってこと)
(へえぇ! そうだったんだ! ……で、どこにいるの?)
美香はきょろきょろとあたりを見回す。
が、いるわけがない。
「ところで和尚さん?」
「は、はいっ?」
美香との会話に夢中になってると、母親から話しかけられると不意打ちみたいに感じられるからヤバい。
が、美香が俺の話に夢中になって聞いてると、ついそのことを失念してしまう。
けど……俺の話を聞いてくれる人って……ほとんどいないんだよな。
ついでにそんな機会も。
「美香は今頃どこにいるんでしょうねぇ」
先週と同じく、お母さんの肩もみしてますよ。
けれども、教えたくても教えられない。
何だろうなぁ、このジレンマ。
「俺も知りたいなぁ。なあ、磯田。美香のやつ、今どこにいるんだ?」
「あたしもそっちに行ったら、会えるのかな。でも二十年やそこらじゃまだ再会には早いよね」
えーと。
いつの間にやら呼び捨てにされてるんだが。
「五七日って言うとですね……」
まさかの二回目。
しかも丁寧語。
まぁどっちも仕方がないか。
※※※※※ ※※※※※
(ところで……さ)
同期からの質問に一通り答えた後にまたもいきなり。
声と心の中と、どっちで返事していいか混乱しちまうだろ。
(何だよ)
(お母さんの事なんだけど……)
(……菩提寺と、たくさんある檀家の一軒の一人ってことくらいしか関係ないぞ? 近所でもないし、お母さん、俺が美香さんと同級だったってことも知らなかったっぽかったし)
(そっか……。じゃああたしの入院前と今とじゃ、比べようもないのか)
(そうだな……)
これも言っちゃいけないことだろうか。
入院の見舞いしながらパートの仕事と日常の家事。
娘の心配をしながらも、仕事に穴を開けられないという目まぐるしい忙しさから解放されて、心の負担が減ったこと。
お母さんも、葬儀の日に比べて随分と穏やかな顔になってきたからなぁ。
けどそんなことを言ったらこいつ、自責の念に苛まされやしないだろうか。
(でも、もっとやせ細った同年代の人もいるからさ。それに比べたら元気な方だよ? それに、その肩もみ、効果があるかもしんないから続けてみたら?)
(あ……うん……そうしてみる)
もしお前が極楽浄土に行くんなら、それすらもうできなくなる親孝行だもんな。
この愛情表現には、母親は当然気付かない。
そして、二人の互いへの思いは噛み合ってるのだが、意思疎通がない分微妙にずれている。
そのずれもまた、許容できるものだから、両者の思いと行動を知ってる自分にも、悲しい思いが増してしまう。
が、気持ちはこの家にばかり向けていられない。
美香の月命日の日から中三日。
その間も他の仕事や雑用が入る。
そして五七日を迎えた。
いつもの通り、仏壇の前でふわふわ浮かんでいる美香の表情から、何となくはしゃぐような感じは消えていた。
というより、穏やかな笑みを浮かべている。
唯一の赤の他人の話し相手より、ずっと一緒に過ごしてきた家族と一緒にいた方が気持ちは落ち着くんだろうな。
(あのね、昭司君)
話しかけるのはいいんだが、なんでいつもお勤めしてる最中なんだよ。
(何?)
(お母さんね)
(うん)
(随分、痩せたなって)
(いつと比べて?)
(思い出に残ってる、子供の時に肩たたきしてあげた時と比べて)
何だその突っ込みどころ満載な言葉は。
(当たり前だろ? 遡ること三十年弱。産んだときは二十代だったとしても、五十代後半だろ? 逆に逞しくなってる方が怖いわ)
(……ふざけないでよ)
(あのな)
(うん)
(俺、今、何をしてるか分かる?)
(あたしと会話)
ふざけんなっ!
(お前の五七日のお勤めの最中なんですが?)
(それで?)
(一応、毎回、お仕事には集中したいって思ってるんですけどね?)
(したらいいじゃない)
(お前が毎回話しかけてくるから、返事しちまうだろ! 無視したら悲しそうな顔するしっ。会話を早く切り上げたいときは、そんなふざけた反応もしたくもなるわっ)
(あ……ごめん)
……素直だな。
まぁ、分かってくれりゃ問題ない。
(ところでさ)
言ってる傍から何話す気だよお前。
(痩せてきたお母さんに……まぁ触ったつもりなんだけどさ。触った感触がないから)
(すまん)
(え? 何? どうしたの?)
(お勤め終わるまで、ちと待っててもらおうか)
(あ、うん。なんか、ごめん)
やれやれだ。
※※※※※ ※※※※※
お勤めが終われば、途中のやり取りの雰囲気も忘れる。
アドバンテージを握れば、俺の言動に特に問題は起こらないはずでな。
(今日で五七日を迎えたわけだが)
(うん)
(この七日日ってのは、実はお釈迦様由来の仏教とはまた別の物だったりする)
(え? マジ?!)
幽霊が驚く姿というのも斬新だな。
だが幽霊と一緒にしていいものだろうか。
(中国発祥の十王経っていう宗教観? 思想? から始まった)
(へえぇ!)
そこに十三仏思想とかってのと融合して云々という話なんだが、俺が話したいこととはずれるから割愛。
それに、いきなり専門用語連発しても、聞いてくれるかどうかだし、何より気分転換にはちょうどいいタイムリーな話の邪魔になりそうだしな。
(悪いことをしたら地獄に落ちる、みたいなことを言うだろ?)
(うん、よく聞くね)
(思うに、その地獄……地獄の苦しみってのはそこにあると思うんだ)
(そこってどこよ?)
七日ごとに裁判所のようなところを通過する。
当然裁判所だから裁判官がいるわけだ。
その裁判官のことを王と呼ぶ。
でも七日ごとだと四十九日で終わる。つまり七回。
ということは、七人の裁判官、王がいるわけだが、十王経というからには十人の王がいる、ということだ。
あとの三人はどこにいるかっていうと、四十九日の後の百か日、一周忌、三回忌のところにいる、らしい。
(へえぇ……そうなんだ……)
(で、その取り調べが一番きつい、と言われてるのが五番目、つまり五七日)
(今日のお勤めのことよね)
(そして一番メジャーな王でもある)
(メジャーって……)
だって知名度が一番高いんだもん。
そう言った方が分かりやすいだろ。
(嘘を言ったら閻魔さんに舌抜かれる、なんて話聞いたことないか?)
(あー、あるかも)
(その閻魔王が五番目の裁判官ってこと)
(へえぇ! そうだったんだ! ……で、どこにいるの?)
美香はきょろきょろとあたりを見回す。
が、いるわけがない。
「ところで和尚さん?」
「は、はいっ?」
美香との会話に夢中になってると、母親から話しかけられると不意打ちみたいに感じられるからヤバい。
が、美香が俺の話に夢中になって聞いてると、ついそのことを失念してしまう。
けど……俺の話を聞いてくれる人って……ほとんどいないんだよな。
ついでにそんな機会も。
「美香は今頃どこにいるんでしょうねぇ」
先週と同じく、お母さんの肩もみしてますよ。
けれども、教えたくても教えられない。
何だろうなぁ、このジレンマ。
「俺も知りたいなぁ。なあ、磯田。美香のやつ、今どこにいるんだ?」
「あたしもそっちに行ったら、会えるのかな。でも二十年やそこらじゃまだ再会には早いよね」
えーと。
いつの間にやら呼び捨てにされてるんだが。
「五七日って言うとですね……」
まさかの二回目。
しかも丁寧語。
まぁどっちも仕方がないか。
※※※※※ ※※※※※
(ところで……さ)
同期からの質問に一通り答えた後にまたもいきなり。
声と心の中と、どっちで返事していいか混乱しちまうだろ。
(何だよ)
(お母さんの事なんだけど……)
(……菩提寺と、たくさんある檀家の一軒の一人ってことくらいしか関係ないぞ? 近所でもないし、お母さん、俺が美香さんと同級だったってことも知らなかったっぽかったし)
(そっか……。じゃああたしの入院前と今とじゃ、比べようもないのか)
(そうだな……)
これも言っちゃいけないことだろうか。
入院の見舞いしながらパートの仕事と日常の家事。
娘の心配をしながらも、仕事に穴を開けられないという目まぐるしい忙しさから解放されて、心の負担が減ったこと。
お母さんも、葬儀の日に比べて随分と穏やかな顔になってきたからなぁ。
けどそんなことを言ったらこいつ、自責の念に苛まされやしないだろうか。
(でも、もっとやせ細った同年代の人もいるからさ。それに比べたら元気な方だよ? それに、その肩もみ、効果があるかもしんないから続けてみたら?)
(あ……うん……そうしてみる)
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