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しおりを挟む目を覚ました時、ヒロは自分の部屋ではなく、全く知らないどこかの床に寝そべっていた。彼は起き上がった。辺りを見渡して、どうして自分はこんなところにいるのだろうと不思議に思った。
周りにはヒロのように横たわっている人やすでに目を覚まして座り込んでいる人、泣いている人、腕を組んで黙っている人など様々な人がいる。彼らもまた、突然ここに来てしまったということなのだろうか?
今度は自分の居る場所をじっくり見ようと思った。ここは五階建てのホテルのようだ。しかし、随分前から使われていないのか、明かりはチカチカとしていて今にも切れてしまいそう。横たわっていた床には赤い絨毯が敷かれているが、少し黒ずんでいて掃除をされていないことがわかる。
入り口はどこかと探していると、彼が立っているところから少し行った先に大きなドアがあるのが見えた。あれがこのホテルの入り口だろう。すぐそばのカウンターには満面の笑みを浮かべている女性が一人立っている。頭には小さな帽子をかぶっていて、彼女がこのホテルのフロント係をしているのだとすぐにわかった。
ヒロは彼女に声をかけようか迷っていたが、それをする必要はなくなった。彼女の方から声をかけてきたのだ。
「ようこそ、忘却ホテルへ! このホテルは皆さまの記憶を預かったホテルとなっております。ここから自分の記憶を取り戻すことで現実の世界へと帰ることができます。各フロアにご自身の記憶がちりばめられていますので、忘れずに持ち帰ってくださいね。持ち帰ることができなければ、ここから出ることはできませんのでご注意ください。時折、お怪我をされる方も出てくるのですが、そちらの処置についてはこちらでお受けすることができませんのでご了承ください。では今から共に記憶を探す仲間を決めます。こちらですでに分けてありますのでどうぞ、このカードをお受け取りください」
フロント係の女性はここにいる全員にカードを配った。カードには赤いカードと黒いカードがあり、ヒロは赤いカードを渡された。渡されたカードを裏返すと、そこには誰かの名前が書かれていた。
「『牧野波瑠』」
女性だろうかと思ったが、この名前の主は女性ではなかった。名前を読み上げると一人の男がヒロの前にやってきた。
彼はここにいる誰もが目を奪われるような男だった。すらりとした長い脚に小さな顔。身長が約180センチのヒロよりも少し目線が高く、肌は白い。また、彼の顔には、退廃的な美しさを感じる。長いまつ毛に縁どられた瞳は不思議な色を持っていて、右目の下には黒子がある。顔の真ん中には高く美しい鼻があり、さらに目線を下げると桃色の薄めの唇がある。かっこいいというより綺麗というのが相応しい。ヒロはこんな綺麗な人が存在したのかと感心した。
彼の手には黒いカードがあり、そこにはヒロの名前が書かれている。この人がヒロの相手ということだ。彼が近寄ってきた辺りから少し周りの視線が鋭くなったように感じた。こんなところで恋愛なんてしてられないだろうによくそんな目を向けられるなぁと彼はまるで他人事のように思った。ヒロは目の前の男に自分のカードを見せた。美しい男は頷き、手を差し出した。
「牧野波瑠だ。よろしく」
「こちらこそよろしく。一谷ヒロだ。」
視線を感じながらヒロは彼の手を握った。二人の挨拶が終わると、他の人たちも自分の仲間を探し始めた。先ほどまで静かだったホテルのロビーが少しにぎやかになる。ヒロはそれをぼんやりと見つめていると、波瑠が話しかけてきた。
「どうして記憶を失ったの?」
「交通事故で頭を打ったんだ。それで記憶が全部無くなった」
「そう」
「君は?」
「僕? 僕も似たようなものだよ。事故に遭った」
記憶を失うということは重大なことであるというのになぜかそこまで重大ではないと考えている節が、ヒロにはあった。それは隣でほほ笑んでいる波瑠も同じようだ。だからこそ記憶をなくした経緯をこんなにも軽く話すことができるのだと思う。
しかし、そう考えているのはこの二人位で、他の人は皆、記憶を重要視しているようだ。他のチームでは、互いにあまり関わらないようにしようと言っている人がほとんどだ。誰も当然どうして記憶を失ったのかなんて話はしていない。それもそうかとヒロは思う。記憶という物はプライバシーにかかわるものだし、誰も話したがらないはずだ。
フロント嬢は皆のチーム分けが終わったのを見て、手を叩いた。拍手というには少しテンポが遅い気がする。その姿に恐怖を覚えた人もいて、ある女性は仲間の男性の後ろに隠れてしまった。男性はまんざらでもない顔をしている。
人間はどうしてこんなおかしな場所でもそういう本能を抑えられないのだろう? そもそもこんなおかしな場所を受け入れている自分たちが不思議に思えて仕方がない。しかし、これはそういうものだ、ということもすごく理解できるのだ。なるべくしてなった、という感覚だ。
フロント嬢はにこやかに手を挙げた。
「ここから先は皆さまの力次第になります。どうか自分の記憶を自分の手で取り戻して、このホテルをチェックアウトしてくださいね。健闘を祈ります」
その言葉が聞こえた後、目の前にいたはずの嬢がその姿を消してしまった。いなくなった、と騒いでいるとホテルの明かりが消え始め、数分の間で全て消えてしまった。暗闇の中、怒鳴り声や叫び声、泣き声が聞こえてきた。人々が混乱に陥る中、ヒロと波瑠の二人は冷静だった。泣き叫んだとてどうしようもないからだ。それよりもこれから何が始まるのか全く見当もつかない。自分の記憶を探せと言っていたが、どうやって探すのか、この先には何があるのか。そんなことを考えていたとき、一階のフロアの床がグネグネと歪みだした。皆が床に倒れ込む。すると、床からいくつも手が出てきて、皆を床の下へと引きずり込んだ。騒がしかった一階は静まり返った。
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