花影のさくら

月神茜

文字の大きさ
上 下
17 / 20

祝宴準備

しおりを挟む
春。
先日の雨で塵が晴れて、すっきりとした晴天の日。

今日は、櫻の快気祝いと生まれてから今日まで全部の誕生祝いを兼ねた宴会の日だ。主催は獣狩ししがりの村の長、幹也である。長が『やるぞ』と音頭を取れば、何がなんでもみんなで楽しみながらやるのがこの村のいいところだ。
が。


────なんでこうなる。


紅蓮は今、ムスッとした顔で大量の酒樽を会場に運んでいるところだ。──1人で。
女衆には料理と櫻の身支度を頼んでいて、村にいる十数人の男衆で会場の設営に勤しんでいる。だと言うのに、なぜ紅蓮だけが、ただでさえ重い酒樽を1人で運んでいるのだろうか?紅蓮も24歳になったとはいえ、周りにいる屈強な男たちの方が向いているのではなかろうか。


────重いし、重いし、とにかく重いし、酒臭いし。


とりあえず紅蓮は酒を控えている。まだ香りと味を好きになれていないからだ。飲めないわけではないのだけれど、あまり好きじゃない、と思っている。

時刻は昼過ぎ。もう数時間すれば夕方になるという時間帯だ。会場の準備はほぼ終わっているかもしれない。あとは紅蓮の酒の用意ができれば完璧だろう。
にしたって。


────1人でやらせる量じゃないだろう、これ。


なんだか朝から『これを頼む』『あれを手伝ってくれ』『それを運んでくれ』『どれがいいと思う?』と引っ張りだこで、なぜみんな俺に声をかけるんだと眉間の皺が増えていくばかりだ。休憩をくれ。


「おーい紅蓮!遅いぞ!」
「酒樽10個運ぶのになんでそんなに時間がかかるんだよー」
「酒樽10個運んでるからだって、なんで気付かないんだ!?」


最後の1個をドン!と勢いよく茣蓙ござの上に置いた。今紅蓮がいるのは、村の中心の広場だ。年初めの宴会に使う場所で、それこそ年初めの宴会のように、広場いっぱいに茣蓙が敷かれている。宴会が始まると、全員が茣蓙の上に座って好き勝手に料理を取って食べながら、火を囲んで酒を飲む。堅苦しい挨拶も食事のルールも身分も無く、ただ『参加すること』以外のルールがない自由気ままな宴会だ。


「りんごの果実酒は今年、特に出来が良かったんだっけ?」
「そう。1番味がいいやつは来年の年初めに残して、それ以外から味のいいやつを選んだ、って」
「そりゃあ期待できる!」
「商人から買った麦酒ビールもあるんだろ?贅沢だよなぁ」


西洋との貿易をする商人が、これ以上運ぶと飲めなくなるから『頼むから買ってくれ』と、驚くほどの安価で数日前に売ってくれたものだ。味を確認したら──飲み慣れない味とはいえ──おかしなものでも無くちゃんとした酒だったので、悪くなる前に飲もうということになった。

この村では普段酒は一切飲まず、年に一回、宴会の時だけ解禁される。だから年始だけはみんな仕事を受けず、宴会が終わってから溜まった分を一気にこなしていく。

今回の宴会は、櫻の名前に合わせて桜が見頃の時期に開催するから、どうしても依頼が噛み合った獣狩ししがりしか参加できなかったのだ。


「かなり本気で、俺、疲れたんですけど」


朝っぱらから働き通しなのだ。休憩をくれ。


「…………」
「…………」
「…………うーん」
「何故!?」


────何故水の一杯も飲ませてもらえない!?


「嫁さんから、『紅蓮くんを見張ってろ』って言われてるしなぁ……」
「だからだったんですか!?俺が朝からずっと、誰かしらから声をかけられ続けたの!」


足止めのために仕事を振られていたのか。そう言われれば紅蓮も納得できる。何故か行く先行く先で、示し合わせたかのように仕事が現れるのだ。


「だってお前、ちょっと時間ができるとすぐ、櫻ちゃんの様子を見に行こうとするだろ?」
「…………そんなこと、ない、と、思います、けど……」
「その間が全てを物語ってるんだよ。今日ばかりは彼女が主役だ。主役の晴れ姿を見るのはお前が1番最後なの!そう女衆が言ってた!」


嫁さんからすごい剣幕で言われたんだぞ、と言う一言付きだ。
何故そんなに見せたがらない?
隠して何か変わるものか?
紅蓮は疑心暗鬼を絵に描いたような表情で獣狩ししがり仲間を見つけた。別に彼が決めたわけでは無く、女衆から言いつけられたのだとわかってはいる。わかってはいるのだが、納得したかと言われると全くしていない。
だって昨日の夜も一緒に食事をしたのだ。
昨日今日で何が一気に変わると言うのか。


「ほらほら、俺たちも酒を飲む前に風呂に行こうぜ?紅蓮も汗、かいただろ?」
「……多分誰よりも」
「悪かったって、ほら拗ねるなよ」
「拗ねては、ないですけど……納得できないです」
「へいへい」


ぞろぞろと連れ立って、風早の湯屋へ。
風早は涼しげな顔で番台に座っていた。


────狡い。


「長の特権さ。俺がどこにいるかわからなかったら、みんな困るだろう?」
「ぐっ、腹立たしいほど何も言い返せない正論」


いってらっしゃ~い。にこにこ笑いながら、ひらひらと風早は手を振った。普段を【長】と呼ぶと湯桶を投げるくせに、自分では言うのだから、本当に狡いと思う。紅蓮はますます不機嫌になりながら、相変わらず物凄い色の湯で体を癒した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。 朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。 禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。 ――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。 不思議な言葉を残して立ち去った男。 その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。 ※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。

桜のティアラ〜はじまりの六日間〜

葉月 まい
恋愛
ー大好きな人とは、住む世界が違うー たとえ好きになっても 気持ちを打ち明けるわけにはいかない それは相手を想うからこそ… 純粋な二人の恋物語 永遠に続く六日間が、今、はじまる…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬱金桜の君

遠野まさみ
恋愛
子爵家の娘だった八重は、幼い頃に訪れた家で、不思議な桜を見つける。その桜に見とれていると、桜の名を貰った、という少年が話し掛けてきた。 少年は記念だといって、その桜の花を一輪手折って八重にくれた。 八重はその桜を栞にして大事にすると、少年と約束する。 八重は少女時代、両親の愛情に包まれて過ごすが、両親が亡くなったあと、男爵である叔父の家に引き取られると、華族としての扱いは受けられず、下働きを命じられてしまう。 ある日言いつけられたお遣いに出た帰りに、八重は軍服を着た青年と出会うがーーーー?

処理中です...