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焦燥、切迫、告白
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村の鍛冶職人に紅蓮の大太刀を“今の”紅蓮に合わせてもらうため、どういった改良をするかの相談で三日。試作を含め、大太刀が完成するまでに最短で三週間。それだけかかるのならばと、紅蓮は予備の太刀を持って櫻の元に帰ることにした。
獣狩の村から櫻の元に移動するのに、一週間。一か月ぶりに会った櫻は、だいぶ伸びた髪を適当に括っただけの姿で紅蓮を出迎えた。いつものように紅蓮に抱き着いて、ぐりぐりと顔を押し付けて。弾けるような笑顔で出迎える。
「おかえりなさい!」
「……ただいま」
このやり取りをするたびに、紅蓮は自分の目じりが下がっていることに気づくのだ。『嗚呼、俺ってこんな表情ができたのか』といつも思う。村には紅蓮の表情を読み取れる人ばかりだが、依頼先の村となると話が違う。初めて会う人には、あまり表情が変わらないように見える紅蓮の顔は怒っているように見えるらしい。感情が表情に現れにくいだけで、怒っているわけでは一切ないのだが。
「……???お兄ちゃん?どうかしたの?」
櫻の頭を撫でながら、紅蓮はずっと思案顔だった。思いつめた顔で櫻を見つめながら一心不乱に髪を撫でているので、櫻も不審に思ったらしい。紅蓮も紅蓮で、考え事をしながら櫻の言葉を聞いていたから──思っていたこと、考えていたことをそのままぽつりと口から零してしまっていた。
「──櫻」
「なぁに?」
「…………その、お兄ちゃんっていうの、やめないか」
「──ぇ」
強張った櫻の身体と表情を見て、紅蓮はハッと我に返った。
────待て、俺は今何を言った?櫻に今、何て言った?
絶望した表情で、櫻が紅蓮の背に回していた腕をだらりと外し、一歩二歩と後ずさる。
「──ぁ……さ、くら」
「わ、私の、こと……きらいになっちゃ「違う!それは違う!!」」
突然声を荒げた紅蓮の、その声の鋭さに櫻がびくりと肩を震わせる。ただでさえ小柄な体を縮こまらせて、櫻は怯えたような瞳で紅蓮を見上げていた。
紅蓮は櫻の華奢な両肩に手を添えて、これ以上怖がらせないように軽く屈んで視線を合わせた。
「違うんだ、櫻」
けれど何といえばいいのか、それは紅蓮にもわからなくて。
「ごめんな櫻。俺は──」
自分の中にある正直な気持ちを打ち明ける以外に、先ほどの言葉をどう説明すればいいのか、皆目見当もつかなくて。
「俺は、お前を……そういう対象として見ずには、いられない」
それは、ずっとずっと、もう何年も紅蓮の中にあったもの。
何年も一緒にいすぎて、何年も心の中に住み着いていて。
考えても考えても正解がわからない、不確かで覚束なくて、曖昧でおぼろげな、酷くあやふやなもの。
「わかんない、わかんないよ……!ねぇ、そういう対象って何……?」
「──っ、そ、っか。わからない、か」
「……ぅん、わかん、ない」
────そうだ、そうだった。
櫻という少女は、綺麗で、純粋で、真っ白で──
────獣の血で汚れた俺が、手を伸ばしていい存在なわけが、無いんだ。
すぅ、と一気に冷静になって、紅蓮は屈んでいた背を伸ばした。その動きに合わせて櫻の視線が紅蓮を追う。
寝ぼけていた思考が、冷水を顔にかけた瞬間にすっきりと冴えるような、そんな感覚。
────馬鹿だな、俺。どうして忘れていたんだか。
何度も気軽に足を運ぶせいで、すっかり忘れていたのかもしれない。
この場所は、【冬の山】。
ここは【冬の神様】の神域で、彼女は神様に捧げられた、いわば神様への供物。彼女という存在は、既にその髪の毛一本まで【冬の神様】の所有物なのだ。
「……あ、の……お兄ちゃん……」
「ん?ああ、ごめん、櫻。──どうした?」
「あの、私──」
「いや、いい。何も言わなくて。ごめんな櫻。変なこと言って。忘れてくれ。今日さ、兄ちゃん疲れてるのかもしれない」
「────ぁ」
「変なこと言って困らせて、ごめんな。ちょっと頭冷やしてくる。ついでに魚でも捕まえてくるよ」
「…………ぅん、わかった。──待ってる、ね」
そう言った櫻の表情は酷く悲しそうだったけれど、彼女の顔がどうしても見られなくて視線を逸らしていた紅蓮には、気付くことができなかった。
獣狩の村から櫻の元に移動するのに、一週間。一か月ぶりに会った櫻は、だいぶ伸びた髪を適当に括っただけの姿で紅蓮を出迎えた。いつものように紅蓮に抱き着いて、ぐりぐりと顔を押し付けて。弾けるような笑顔で出迎える。
「おかえりなさい!」
「……ただいま」
このやり取りをするたびに、紅蓮は自分の目じりが下がっていることに気づくのだ。『嗚呼、俺ってこんな表情ができたのか』といつも思う。村には紅蓮の表情を読み取れる人ばかりだが、依頼先の村となると話が違う。初めて会う人には、あまり表情が変わらないように見える紅蓮の顔は怒っているように見えるらしい。感情が表情に現れにくいだけで、怒っているわけでは一切ないのだが。
「……???お兄ちゃん?どうかしたの?」
櫻の頭を撫でながら、紅蓮はずっと思案顔だった。思いつめた顔で櫻を見つめながら一心不乱に髪を撫でているので、櫻も不審に思ったらしい。紅蓮も紅蓮で、考え事をしながら櫻の言葉を聞いていたから──思っていたこと、考えていたことをそのままぽつりと口から零してしまっていた。
「──櫻」
「なぁに?」
「…………その、お兄ちゃんっていうの、やめないか」
「──ぇ」
強張った櫻の身体と表情を見て、紅蓮はハッと我に返った。
────待て、俺は今何を言った?櫻に今、何て言った?
絶望した表情で、櫻が紅蓮の背に回していた腕をだらりと外し、一歩二歩と後ずさる。
「──ぁ……さ、くら」
「わ、私の、こと……きらいになっちゃ「違う!それは違う!!」」
突然声を荒げた紅蓮の、その声の鋭さに櫻がびくりと肩を震わせる。ただでさえ小柄な体を縮こまらせて、櫻は怯えたような瞳で紅蓮を見上げていた。
紅蓮は櫻の華奢な両肩に手を添えて、これ以上怖がらせないように軽く屈んで視線を合わせた。
「違うんだ、櫻」
けれど何といえばいいのか、それは紅蓮にもわからなくて。
「ごめんな櫻。俺は──」
自分の中にある正直な気持ちを打ち明ける以外に、先ほどの言葉をどう説明すればいいのか、皆目見当もつかなくて。
「俺は、お前を……そういう対象として見ずには、いられない」
それは、ずっとずっと、もう何年も紅蓮の中にあったもの。
何年も一緒にいすぎて、何年も心の中に住み着いていて。
考えても考えても正解がわからない、不確かで覚束なくて、曖昧でおぼろげな、酷くあやふやなもの。
「わかんない、わかんないよ……!ねぇ、そういう対象って何……?」
「──っ、そ、っか。わからない、か」
「……ぅん、わかん、ない」
────そうだ、そうだった。
櫻という少女は、綺麗で、純粋で、真っ白で──
────獣の血で汚れた俺が、手を伸ばしていい存在なわけが、無いんだ。
すぅ、と一気に冷静になって、紅蓮は屈んでいた背を伸ばした。その動きに合わせて櫻の視線が紅蓮を追う。
寝ぼけていた思考が、冷水を顔にかけた瞬間にすっきりと冴えるような、そんな感覚。
────馬鹿だな、俺。どうして忘れていたんだか。
何度も気軽に足を運ぶせいで、すっかり忘れていたのかもしれない。
この場所は、【冬の山】。
ここは【冬の神様】の神域で、彼女は神様に捧げられた、いわば神様への供物。彼女という存在は、既にその髪の毛一本まで【冬の神様】の所有物なのだ。
「……あ、の……お兄ちゃん……」
「ん?ああ、ごめん、櫻。──どうした?」
「あの、私──」
「いや、いい。何も言わなくて。ごめんな櫻。変なこと言って。忘れてくれ。今日さ、兄ちゃん疲れてるのかもしれない」
「────ぁ」
「変なこと言って困らせて、ごめんな。ちょっと頭冷やしてくる。ついでに魚でも捕まえてくるよ」
「…………ぅん、わかった。──待ってる、ね」
そう言った櫻の表情は酷く悲しそうだったけれど、彼女の顔がどうしても見られなくて視線を逸らしていた紅蓮には、気付くことができなかった。
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