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お茶屋でのひととき
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「へぇ、大蛇に育てられた娘、ねぇ……」
「ああ。彼女の服を見繕ってもらってるんですよ。また少し背が伸びて、丈が合わなくなっていたみたいだから」
「ほーん、それで加賀見の嫁さんと話してたのか」
紅蓮は今、村にある茶屋の席に座って、なぜかついてきた風早と共に団子を食べながら櫻の話をしていた。
話題に上がった加賀見の嫁さんというのは、この店の店主のことである。彼女は今、奥の部屋で村の女衆から譲ってもらった着物を見繕っているところだ。
櫻の着物を何とか手に入れたいと考えたとき、紅蓮が真っ先に相談したのがこの店の店主、加賀見菜穂だった。普段男衆があまりいないこの村では、この茶屋が女衆の憩いの場であり、休憩所となっている。
獣狩の村では、基本的に獣狩が依頼をこなして得た報酬でみんなが暮らしている。が、多くの動物が冬眠する冬になると、当然依頼の数は減ってしまう。冬の間も生活できるように、普段獣と戦わない村の女衆は、男衆が狩った獣の毛皮や爪、羽などを使って日用品を作って売っている。紅蓮が数年前、櫻に贈った氷狼の毛皮の毛布もそうだ。商品として売る前の検品で、『商品にならない』と弾かれたものを紅蓮が譲ってもらったのだ。
紅蓮は菜穂に相談し、菜穂は村の女衆に櫻のことを話したら、『丈が合わなくなった着物ならある』と言って、村のみんなが協力してくれた。紅蓮が村にいるときには紅蓮に、いないときには菜穂に渡してくれるようになった。それならばと、紅蓮は女衆から渡された着物の管理を菜穂に頼むことにしたのだ。家を空けている間に、せっかくの着物が虫に食われていたらもったいない。それに、女衆から渡されたものの中には女性の下着も混ざっていた。紅蓮が見繕って櫻の元に持って行くより、菜穂に見繕ってもらったほうがいいだろう、という気持ちもあったのだ。
そして今は、櫻に届けるための着物を受け取ろうとしていた。その相談をしているところを風早に見られ、今に至る。
「その大蛇の娘って、いくつだ?」
「12くらいだって、聞いてます。彼女も捨てられたから、正確な年齢は大蛇もわからないそうで」
「へぇ、ってことは──「ねぇ紅蓮くん」」
店の奥から菜穂が顔を覗かせる。
「その櫻ちゃんって──って、幹也様!?っじゃなくて、風早様!?」
「おい、そっちの名前に『様』を付けたら、名前を変えてる意味が無くなるじゃないか」
「それを言ったら、村の全員が『風早』と貴方が同一人物だと知っていますけれど……?」
「それはいいんだよ。『嗚呼、今は長じゃないんだなぁ』って思ってもらえりゃそれでいいのさ。ふら~っと散歩するだけでみんなから頭下げられたら、やってられないだろ?疲れるわ」
「まぁ、確かに……」
紅蓮には想像することしかできないが、本人ならないとわからない苦労があるのだろう。道を歩くだけで尊敬のまなざしを向けられたら、それは気が休まらない気がした。
紅蓮がそう考えながら菜穂に視線を向けると、彼女は襖に寄りかかったまま突っ立っていた。紅蓮と着物の話をしたときにはいなかったはずの新しい村の長が、気が付いたら自分の店にいたら誰だって驚くだろう。菜穂の話の先が気になって、紅蓮は風早から視線を外して菜穂に声をかける。
「加賀見さん、着物、どうですか?」
「あぁ、そうそう。紅蓮くん、その櫻ちゃんって、背丈はどのくらいなんだい?」
「背丈?えっと……だいたい、このくらいですかね」
紅蓮は立ち上がって、記憶にある櫻の背丈を手で示す。紅蓮の脇の下より拳一個分ほど下の位置だ。
「……?紅蓮、お前背丈は?」
「かなりさば読んで、6尺」
「ということは、4尺と少しくらいか……歳は12なんだろう?そのわりには低いな」
「でもまぁ、人それぞれではありますからねぇ。……にしたって、低い気はしますけども」
「そう、なんですよね……背も低いし、身体もだいぶ痩せていて……」
紅蓮の言葉を聞いて、菜穂が睨むように眉根を寄せた。
「ねぇ紅蓮くん、その櫻ちゃん、ちゃんと月のものはきてるのかい?」
「…………いや、そんな話は聞かない、です」
「まぁ、そんな話を紅蓮にするとは思えないけどな。大人の男だし、蛇に月のものがあるかなんて知らないし?」
「取り敢えず着物のほかにも、下着は多めに入れておくよ」
「……助かります」
「紅蓮くん、あんたがちゃーんと支えてあげな。なんならこの村に連れてきたって良いんだからね」
「……はい」
紅蓮は目の前のみたらし団子の串の、最後の一個を頬張って飲み込み、代金を畳の上に置いた。
「櫻にもう少し体力が付いたら、連れてくるつもりです。今はまだ、もう少し」
「んじゃそん時は、村のみんなで宴でもしよう。肉を焼いて酒を飲んで、みんなでその子が生きていることを祝ってあげよう」
獣狩の村では、それぞれの誕生日を祝うという風習がない。自分の子供の誕生日なら祝う人もいるが、基本的には年明けに全員の誕生日を祝う。『年が明けると全員が一緒に年を取る』という考えだから、新年と一歳年を取ったことの両方を祝うのが獣狩の村の慣習だ。
「いいと思いますけど、櫻は多分、酒飲んだことないですよ」
「そこは良いんだよ、俺たちが飲んでれば」
「主役を差し置いて酒飲むんですか」
「いいじゃないかよ。みんなが楽しんでて、本人も楽しんでれば。生きていると、“ただ生きている”というだけで祝福してもらえることなんてないだろう。ましてや、今まで紅蓮以外の人間と会ったことが無いんならなおのこと」
風早は深緑色の湯飲み茶碗に入れられた緑茶を飲み干して、静かに湯飲みを置く。
「生きているだけで、十分価値があるのだと。生きているだけで、祝福されるに値するのだと。ちゃあんと伝えておやりよ。お前はその子のお兄ちゃんなんだろ?」
「…………」
ぴしりと、紅蓮の動きが止まる。バレないようにごくりと生唾を飲み込んで、ゆっくりと立ち上がる。なんだかわからないけれど、今は風早の顔を見られない。
お兄ちゃん。
「──そ、う……ですね」
何か胸に引っかかるものを感じながら、紅蓮はお茶屋の暖簾をくぐった。
「…………どうしたんだ、あいつ」
「怒ったんじゃないですか?」
「怒った?何に?」
「──それ」
「それ?」
「緑茶。それ、紅蓮くんに出したやつ」
「あ」
「頼んだのもお金払ったのも紅蓮くんですよ」
「やべ」
「あらあら、酷い長ですねぇ~」
「ああ。彼女の服を見繕ってもらってるんですよ。また少し背が伸びて、丈が合わなくなっていたみたいだから」
「ほーん、それで加賀見の嫁さんと話してたのか」
紅蓮は今、村にある茶屋の席に座って、なぜかついてきた風早と共に団子を食べながら櫻の話をしていた。
話題に上がった加賀見の嫁さんというのは、この店の店主のことである。彼女は今、奥の部屋で村の女衆から譲ってもらった着物を見繕っているところだ。
櫻の着物を何とか手に入れたいと考えたとき、紅蓮が真っ先に相談したのがこの店の店主、加賀見菜穂だった。普段男衆があまりいないこの村では、この茶屋が女衆の憩いの場であり、休憩所となっている。
獣狩の村では、基本的に獣狩が依頼をこなして得た報酬でみんなが暮らしている。が、多くの動物が冬眠する冬になると、当然依頼の数は減ってしまう。冬の間も生活できるように、普段獣と戦わない村の女衆は、男衆が狩った獣の毛皮や爪、羽などを使って日用品を作って売っている。紅蓮が数年前、櫻に贈った氷狼の毛皮の毛布もそうだ。商品として売る前の検品で、『商品にならない』と弾かれたものを紅蓮が譲ってもらったのだ。
紅蓮は菜穂に相談し、菜穂は村の女衆に櫻のことを話したら、『丈が合わなくなった着物ならある』と言って、村のみんなが協力してくれた。紅蓮が村にいるときには紅蓮に、いないときには菜穂に渡してくれるようになった。それならばと、紅蓮は女衆から渡された着物の管理を菜穂に頼むことにしたのだ。家を空けている間に、せっかくの着物が虫に食われていたらもったいない。それに、女衆から渡されたものの中には女性の下着も混ざっていた。紅蓮が見繕って櫻の元に持って行くより、菜穂に見繕ってもらったほうがいいだろう、という気持ちもあったのだ。
そして今は、櫻に届けるための着物を受け取ろうとしていた。その相談をしているところを風早に見られ、今に至る。
「その大蛇の娘って、いくつだ?」
「12くらいだって、聞いてます。彼女も捨てられたから、正確な年齢は大蛇もわからないそうで」
「へぇ、ってことは──「ねぇ紅蓮くん」」
店の奥から菜穂が顔を覗かせる。
「その櫻ちゃんって──って、幹也様!?っじゃなくて、風早様!?」
「おい、そっちの名前に『様』を付けたら、名前を変えてる意味が無くなるじゃないか」
「それを言ったら、村の全員が『風早』と貴方が同一人物だと知っていますけれど……?」
「それはいいんだよ。『嗚呼、今は長じゃないんだなぁ』って思ってもらえりゃそれでいいのさ。ふら~っと散歩するだけでみんなから頭下げられたら、やってられないだろ?疲れるわ」
「まぁ、確かに……」
紅蓮には想像することしかできないが、本人ならないとわからない苦労があるのだろう。道を歩くだけで尊敬のまなざしを向けられたら、それは気が休まらない気がした。
紅蓮がそう考えながら菜穂に視線を向けると、彼女は襖に寄りかかったまま突っ立っていた。紅蓮と着物の話をしたときにはいなかったはずの新しい村の長が、気が付いたら自分の店にいたら誰だって驚くだろう。菜穂の話の先が気になって、紅蓮は風早から視線を外して菜穂に声をかける。
「加賀見さん、着物、どうですか?」
「あぁ、そうそう。紅蓮くん、その櫻ちゃんって、背丈はどのくらいなんだい?」
「背丈?えっと……だいたい、このくらいですかね」
紅蓮は立ち上がって、記憶にある櫻の背丈を手で示す。紅蓮の脇の下より拳一個分ほど下の位置だ。
「……?紅蓮、お前背丈は?」
「かなりさば読んで、6尺」
「ということは、4尺と少しくらいか……歳は12なんだろう?そのわりには低いな」
「でもまぁ、人それぞれではありますからねぇ。……にしたって、低い気はしますけども」
「そう、なんですよね……背も低いし、身体もだいぶ痩せていて……」
紅蓮の言葉を聞いて、菜穂が睨むように眉根を寄せた。
「ねぇ紅蓮くん、その櫻ちゃん、ちゃんと月のものはきてるのかい?」
「…………いや、そんな話は聞かない、です」
「まぁ、そんな話を紅蓮にするとは思えないけどな。大人の男だし、蛇に月のものがあるかなんて知らないし?」
「取り敢えず着物のほかにも、下着は多めに入れておくよ」
「……助かります」
「紅蓮くん、あんたがちゃーんと支えてあげな。なんならこの村に連れてきたって良いんだからね」
「……はい」
紅蓮は目の前のみたらし団子の串の、最後の一個を頬張って飲み込み、代金を畳の上に置いた。
「櫻にもう少し体力が付いたら、連れてくるつもりです。今はまだ、もう少し」
「んじゃそん時は、村のみんなで宴でもしよう。肉を焼いて酒を飲んで、みんなでその子が生きていることを祝ってあげよう」
獣狩の村では、それぞれの誕生日を祝うという風習がない。自分の子供の誕生日なら祝う人もいるが、基本的には年明けに全員の誕生日を祝う。『年が明けると全員が一緒に年を取る』という考えだから、新年と一歳年を取ったことの両方を祝うのが獣狩の村の慣習だ。
「いいと思いますけど、櫻は多分、酒飲んだことないですよ」
「そこは良いんだよ、俺たちが飲んでれば」
「主役を差し置いて酒飲むんですか」
「いいじゃないかよ。みんなが楽しんでて、本人も楽しんでれば。生きていると、“ただ生きている”というだけで祝福してもらえることなんてないだろう。ましてや、今まで紅蓮以外の人間と会ったことが無いんならなおのこと」
風早は深緑色の湯飲み茶碗に入れられた緑茶を飲み干して、静かに湯飲みを置く。
「生きているだけで、十分価値があるのだと。生きているだけで、祝福されるに値するのだと。ちゃあんと伝えておやりよ。お前はその子のお兄ちゃんなんだろ?」
「…………」
ぴしりと、紅蓮の動きが止まる。バレないようにごくりと生唾を飲み込んで、ゆっくりと立ち上がる。なんだかわからないけれど、今は風早の顔を見られない。
お兄ちゃん。
「──そ、う……ですね」
何か胸に引っかかるものを感じながら、紅蓮はお茶屋の暖簾をくぐった。
「…………どうしたんだ、あいつ」
「怒ったんじゃないですか?」
「怒った?何に?」
「──それ」
「それ?」
「緑茶。それ、紅蓮くんに出したやつ」
「あ」
「頼んだのもお金払ったのも紅蓮くんですよ」
「やべ」
「あらあら、酷い長ですねぇ~」
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