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二章

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「あの、それで……もう他にやる事がなければ、ルナノワさんに
 謝りに行きたいのですが…。」

まだ蹲ってうぐうぐと喜びの声を上げるグヴィタに声を掛ける。
頭がおかしくなっていたとは言え、結婚したいと思ったことは本当だ。
それは頭が冷えた今も変わらないし、彼程誠実な人なら
もう性別なんてどうでもいいとすら思っている。
むしろもう女は懲り懲りだくらいの勢いである。

「ぁああ……陛下自らが一臣下にそのような……なんと慈悲深く
 謙虚で美しき御心…!」

「ええ、はい。」

相槌を打ちながら、更に崩れてしまったグヴィタを立ち上がらせて
扉を開け一歩外に出た。
すると、視界の左端に人影が見えたので誰かと思いそちらを向くと。

「……ルナノワさん…!」

「…おや、ライラータ。修練場にでも行ったのかと思っていましたよ。」

扉のすぐ近くに、壁に凭れ掛かるようにして立つ彼。なんでここに。
突然の登場に頭がこんがらがって言葉が出てこない。

「…………。」

彼は何も答えずに俺達をちらりと一瞥すると、背中を向けて
歩き出してしまった。それが無性に悲しくて視界がまた涙で歪む。
嫌だ、行かないで。まだ謝ってないのに。
そう思ったら足が勝手に動き出して、彼の背中に抱きついてしまっていた。

「……っ、陛下……!」

「やだ…おねがい、行かないで…っ」

また涙が出てきてしまい、情けない涙声になってしまった。
けれどもうなり振りなんか構って居られない。
俺はもう好きになった人を手放したくない。もう振られるのは嫌だ。
この誠実な彼だけは、絶対に誰にも渡したくない。

ぎゅうぎゅうと彼の背中に抱きついていると、呆れたようなため息。
きっと鬱陶しがられているんだろう。
もしかしたらさっきの剣で切られるかもしれないと一瞬考えたが
もうそれでもいいと思った。どうせ死にたかったのだ。
彼に殺されるなら本望だ。

「……どこにも行きませんよ。誓ったでしょう。」

優しい声に、反射的に顔を上げると俺を甘く見つめる彼と目があった。
ああ、なんて優しくて誠実で美しいんだ。

「好き…。」

温かい気持ちが溢れて、思わず口から出てしまった。
彼が目を少し見開いたのが分かった。でも構わない。もう全部言ってやる。
「私のことなんてどうでもいいんでしょ」なんて、彼には絶対
言わせないくらい何度も好き好き言ってやる。

「貴方の……貴方のまっすぐな目が好き……。
 でも、さっきはごめんなさい…。怒らせる気は無くて、一生俺と
 いてくれるって言ってくれたのが嬉しくて……そんなこと言われたの
 初めてだったから。
 だから、嬉しすぎて……貴方となら、ずっと一緒にいたいと思って、
 だから……。」

何も考えずに喋り出したから考えがまとまらない。結局何が言いたいのか
分からない。ああもう何なんだこれは。
もういい、ヤケクソだ。ぎゅうぎゅうに抱きついていた腕を離して
彼の前に回り込んだ。まだ驚いて固まっている彼に向かって
手の平をずいっと突き出す。

「好きです!俺と結婚してください!!」

結構な大きさの声で叫んで、さっき投げつけられた指輪をもう一度差し出した。
我ながらなんて情けないプロポーズなんだ。しかも二回目。
もう既に号泣しているし多分鼻水も垂れている気がする。
でももう恥なんて思ってられない。彼がほしい。どんなに情けなくても
恥ずかしくても彼のことがほしい。

「……本気で言っているのか。」

しばらく俺の嗚咽だけが廊下に響いていたが、彼が殊更真剣な目で
俺を見つめ、低く、言い聞かせるように俺に問い掛ける。
それに俺は何度も頷いた。
当たり前だろう。ここまで情けない姿を冗談で見せる奴がいるものか。

「おねがい……俺、がんばるから…絶対しあわせにするから…。」

だから結婚して、と三度目のプロポーズを開始しようと口を開いたが
その言葉が紡がれることは無かった。

「んむ……ん、……っ」

「……ん……。」

彼の柔らかい唇が俺の唇を塞いでいる。突然の事に体を固くしていると
俺の腰と頭に彼の腕が回り、がっしりと抱きしめられた。
触れ合わせるだけだと思ったキスは、俺の唇を吸い、食んで、
快感に緩んだ唇の間から舌を差し込まれた。気持ち良い。
こんなに気持ちいいのは初めてだ。

「んぅ、は…っ、ぁん……っ……」

勝手に声が漏れてしまう。でもどうしようもない。
息継ぎもできないくらいの深いキスに頭がくらくらする。
少しペースを落としてもらおうと彼の厚い胸板に触れると
両手首を掴まれ壁に押し付けられた。
指輪を握っていた右手は彼の左手と指を絡ませるように合わせられ
それがとても幸せに感じられて、また涙が溢れた。

「ん、ん…はぅ……ふ……っ」

舌でめちゃくちゃに口内を掻き回され、頭も口の中もぐちゃぐちゃだ。
気持ちよすぎて下半身も完全に勃ち上がってしまっている。
こんなピチピチの服を着ているのにどうしてくれるんだ、と頭の端で
思ったがその考えもすぐに快楽の波に呑まれて霧散した。

「はぁ…、ん……ぁ……」

長い口付けが終わり唇が離れると、俺と彼の唇を繋げる透明な糸が
つ、と垂れた。
何となくそれから目が離せなくて見つめていると、顎を優しく掴まれ
目を合わせられた。至近距離で見る彼の目はやはり美しくて
こんないやらしい口付けをしたのに、性的な事が何も感じられない程
無垢で澄んだ色をしていた。

「……分かった。その申し出、受けよう。」

まるで決闘の申し込みを受け入れたかの様な口ぶりで
繋いでいた手から指輪を受け取ってくれた彼。
俺はただ嬉しくて、泣きながら少し笑った。
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