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一章

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「失礼しました、陛下……。では、王の間で皆にご挨拶をお願い致します。」

気が済んだのか、立ち上がった中年に手を引かれ階段を降りた。
どうしよう。俺会社でも朝のスピーチとか苦手だったんだけど。

「すみません、挨拶って何を言えばいいんですか?」

「簡単なもので構いません。陛下のお名前と、そのお美しいお姿を
 皆にお見せして頂けるだけで充分です。」

この恥ずかしい格好を見せるのか…。スピーチも嫌だけどそれも嫌だ。
また俺を取り囲んだSP達の脚を踏みながら階段を降りると
さっきの俺の部屋より大きい広間に案内された。
赤いカーペットが敷かれた先にあるのはすごくおどろおどろしい飾りが
沢山施された大きな椅子。
多分あれが魔王の椅子だろう。いや、絶対そうだ。
広間の中央に真っ直ぐ敷かれたカーペットの両脇には既に物凄い数の
人間?魔族?が並んで跪いていた。

「さあ陛下、この敷き布の上を真っ直ぐ歩き、どうぞ椅子へお座り下さい。」

やっぱり俺の椅子だった。
言われた通りゆっくりとカーペットの上を歩いて、椅子に座った。
跪いているやつらはまだ下を向いたままだ。

「皆、面を上げよ。」

声がした方を見ると、俺が座っている椅子から少し離れたところに
司会者らしき紫の長い髪の男が立っていた。
その言葉と共に、今まで下を向いていたやつらが一斉に俺を見た。
……俺が勤めていた会社では、朝礼の時に全社員の前で毎日一人ずつ
かわりばんこで朝のスピーチをするんだが、その時と同じくらい緊張する。

「この御方が第十三代目魔王陛下であり、古より伝わりし
 終わりの救世主だ。」

皆俺をじっと見つめたまま黙っている。さっきの中年みたいに
オーバーリアクションをとったりしないらしい。そういえば中年は
どこにいったんだろう。

「では陛下、皆にお言葉を…。」

視線だけで中年を探していると、司会者に声をかけられた。
まだスピーチなんにも考えていないのに。
取り敢えず名前だけ言えば良いって言ってたし、そうしよう。

「……黒野終夜です。よろしくお願いします。」

立ち上がって自分の名前だけ言って座った。
これで良いはずだ。もう知らん。

「ありがとうございました。では、次に騎士就任の儀に移ります。」

死んでからずっと続いているやけくそテンションで挨拶すると
本当に名前だけでよかったのか、司会者はスムーズに進行を始めた。
ほっとしていると跪いているやつらの先頭の列から一人立ち上がった。
視線を向けると、こっちに向かって歩いてきたのは腰までの銀色の髪を
さらさらとなびかせ、空のように澄んだ水色の瞳を持つ
とても美しい男だった。
男が着ている真っ白の服と、それと同じ色のたなびく長いマントが
このおどろおどろしい魔王城の中で、とても清純で神聖に思えた。
そのあまりの美しさに見惚れていると、男は俺の前に跪き、強く見上げてきた。

「……魔王陛下。お初にお目にかかります。私はアクラシエル魔国
 タラニス第一騎士団団長、ルナノワ・ヌーヴェル・ライラータと申します。」

腰にくるような甘く低い声でそう言うと、彼が腰に差していた剣を
俺の足元に静かに置いた。
それだけの動作も綺麗で、ただ見惚れる俺に司会者が小さい声で
「その剣の切っ先を彼の眼前へ向けて下さい。」と言った。
なんだか気が咎めたが、足元の剣を拾い言う通りにした。

向けられた剣先を、伏せられた長い睫毛の奥の瞳が見つめている。
目が離せずにじっと見つめていると、その瞳と目があった。
なんて綺麗な色なんだろう。まるで吸い込まれるようだ。
すると清純さを湛えた空色の瞳が、射抜くような鋭さで俺を見つめながら
刃の先にゆっくりとキスを落とした。

それだけで自分の股間がうずうずと熱を持つのが分かって戸惑う。
こんなピチピチの服でアレを勃たせる訳にはいかないと焦って
下半身を見れば、幸い勃ち上がってはいないようだった。
己の変化に気を取られていると、彼が再び口を開いた。

「私の命、体、心、全ては貴方のものであり、この命尽きる時まで
 貴方と供にあり、この体朽ちる時まで貴方を守り、この心消える時まで
 貴方を想い慕うと誓います。」

俺を強く見つめながら彼が言ったのは、多分結婚式の誓いの挨拶のような
決まった文言みたいなものなんだろう。形式張った言い回しや
先程の剣先へのキスからも、これらは全てやることが決まった儀式なのだと
後から考えればそれくらい分かる。

……だが、この時の俺はいくらやけくそになっているとは言え、
彼女に浮気されて発作的に自殺する程傷心していた。
そう。人の優しさに飢えに飢えていたのだ。
だから、こんな俺なんかのために誓ってくれた言葉にグラグラと激しく
感情を揺さぶられてしまったのも仕方がないことだろう。

「……っ!、陛下……!?」

目の前の男を含め、広間全体が驚いたようにざわざわと騒ぎだした。
それもそうだろう。だって、いきなり魔王陛下が号泣しだしたんだから。

「………陛下……どうか、泣かないで下さい。」

すぐに立ち上がり、突然号泣し出した俺を心配そうに見つめる優しい目と
優しい声に更に涙が溢れた。
もう駄目だ。今まで浮気され放題だった俺には、彼の誠実な言葉が嬉し過ぎて
頭がおかしくなりそうだ。


……いや、もうこの時既におかしくなっていたのだ。だが、もう手遅れだ。
もう止まれない。

「ひ…っく……い、一生…俺と…居てくれるの…?ほんと…?」

ガチ泣きしながら訊ねると、彼の瞳は先程までの心配そうな色から
真剣な色へと変わった。
……ああ、なんて綺麗なんだ。

「はい。この命尽きる時まで、陛下と供に在ります。」

即座に答えてくれた彼のこの言葉が駄目押しとなり、表面張力のように
ぎりぎりで止まっていた俺の中の何かが決壊した。
涙で歪む視界の中、懐から指輪を引き摺りだした俺は彼の左手をぎゅっと強く掴み
それを唯一入りそうな小指にはめた。

「…陛下、なにを……?」

「おねがい。俺と結婚して。」

動揺している彼にそのまま抱き付いた。
まるで時間が止まったみたいに誰も動かない中、俺の情けない嗚咽だけが響く。



…………こうして、俺の魔王生活及び騎士との新婚生活が始まりを告げたのである。

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