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一章

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「……魔王陛下?」

まさか彼女に浮気され放題で情けなく自殺したこの俺がか?
自嘲するように笑って訊ねると、先程の中年男性が
目を潤ませながら答えた。

「はい。我らがアクラシエル魔国に伝わる古の伝承に
 太陽が月を食らう夜、異界から訪れし黒を纏う者が終わりの魔王となり
 我らの国を救って下さるとあります。」

なんなんだそのつまんないスマホゲーにありそうな設定は。
絶対誰もやらない。というかこの人、ナントカ魔国って言ってたが
ここは地獄じゃないんだろうか。

「あの、すみません。ここって地獄じゃないんですか?」

「ジ、ゴク?いえ…。ここはコンスという大地の東に位置する
 アクラシエル魔国です。…陛下はそのジゴクという世界から
 いらっしゃったのですか?」

「いえ、違います。お気になさらず。」

うわ。もう陛下って呼んできた。
しかし、どうやらここは地獄じゃなくてアクラシエルという国らしいな。
へえ。死んだら地獄じゃなくて異世界に来るのか。地球の皆さんにも
教えてあげたい。

「突然の事で、陛下も戸惑われるかと思います…!しかし、どうかそのお力を…
 我らをお救い下さい…!」

跪くというより最早土下座の勢いになってしまった男達。
あちこちからすすり泣く声が聞こえる。
松明の薄明かりの中、俺よりでかくて体格も見た目も良い男達が
ひぐひぐと子供のように泣く様がなんとも可哀想だ。

「頭を上げて下さいよ。…それで、俺は魔王になって何をしたら良いんですか。」

なるべく優しい声で話しかける。
やけにあっさりオッケーしたなと思うかもしれないが
どうせ俺は死んでいるのだ。やることなんか何もないし、浮気されて
実質捨てられたも同然の俺のことをここまで必要としてくれているなら
付いていくのも良いと思った。
すると、今まで葬式のような雰囲気を漂わせていた男達が
わぁっと歓声を上げた。

「ありがとうございます、ありがとうございます…!」

俺の肩や手やらを掴み感謝の言葉を繰り返す男達。
屈強な腕でがっしり掴まれては逃げ出すこともできないし、気が済むまで
やらせておくことにしよう。
しばらく放っておくと、男達は気が済んだのかまた俺の周りに跪いた。
少し間を置いて、一番俺の手をお触りしていた中年の男が喋り出した。

「陛下。ご無礼は承知でお聞き致します。……陛下のご種族は
 魔族で、間違いありませんか。」

「いえ、人間です。」

即答した。
魔族って。そんなファンタジーな種族に俺が見えるか。
どこからどう見ても人間にしか見えないだろう。
ふざけているのかと男達を見ると、皆顔を青くして絶句している。

「…どうかしたんですか。」

青ざめ、今度は崩れ落ちてしまった男達に声をかけた。
しかしさっきからリアクションがいちいちでかい。やはり海外は
ボディランゲージが激しいらしい。
ぼうっと眺めていると、俺の眼前で崩れ落ちた中年が、絞り出すようにして
言葉を紡ぐ。

「…陛下…陛下……申し訳ありません。陛下には……とてもお辛い戦いに
 なると存じます………。しかし、それでも……申し訳ありません、陛下…!」

感極まったかのように皆が今度こそ嗚咽混じりに泣き出してしまった。
俺には全く話が見えてこないので、そっちサイドでそれだけテンションの
ボルテージ上げられると俺はどうしていいのか分からない。

「陛下……どうか、この国を……我らを……。」

はい、分かった。救ってほしいのは分かってる。

「どうか、野蛮な人間どもからお救い下さい!!」

わああっと先程の歓声とは違い、男達の野太い泣き声が上がった。
もう、テンションが高すぎる。

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