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夏の終わり【有希】
しおりを挟む夏休みが終わる頃。
僕は、家に帰った。
久しぶりだった。
父が帰ってきた形跡は無い。
安心して、外で待ってくれている蓮也先輩の元に戻った。
「どうだった?」
蓮也先輩が心配そうな顔で尋ねるので「帰ってないみたいです。」とだけ答えた。
この夏、殆どの時間を2人で過ごした。
こんなに人生が楽しいと感じたのは、初めての経験だった。
夏が終われば、また普通の日常に戻ってしまうかもしれない。
何より、蓮也先輩は受験生だから忙しくなるだろう。
2人で過ごす時間は、減っていくだろう。
先輩は、この近くにある大学を推薦で受けるとのことだった。
だからと言って、勉強しなくていいわけじゃ無い。
これから忙しくなるかもしれない。
僕も、今は蓮也先輩の家に居候しているから生活ができている。
でも、父親が帰っていたら…。
「蓮也先輩。大学に入っても、一緒に居てくれますか?」
不安になって尋ねる。
実は、この質問は初めてでは無い。
最近、幸せすぎて不安になってしまう事が多々あった。一緒にいる時間が長ければ長いほど、離れるのが怖くなった。
その度に、いつまでも一緒に居てもらえるのか、質問してしまう。
「もちろん。ずっと、ずっと一緒だよ。」
蓮也先輩が笑顔を浮かべて応える。
その笑顔を見るたびに、心があったかくなり、安心する。
「さ、帰ろ。」
そう言われて、素直に着いていく自分がいる。
僕の家はここなのに。僕が帰っていい場所なのだろうか。
「うん。」
さりげなく右手を手繰りのせて握ってくれる。暑いのに、くっついて歩き始める。
「遠いのにありがとうございます。」
「いえいえ。可愛い有希くんと離れたく無いからね。」
手を通して、蓮也先輩の体温が伝わってくる。言葉からは優しさと愛情を感じる。
「歩いて帰る?」
「歩いて帰るつもりです。」
ここから蓮也先輩が住むアパートまで徒歩1時間くらいかかる。
「じゃあそうしよう。足痛く無い?」
「大丈夫です。」
2つの影が並んでいるのを見ると、蓮也先輩の存在を再認識する。
帰り道は、夏休み明けのテストに向けて、勉強の話をした。
「数学、課題すら終わって無いです…。僕、問題解くのが遅くって。あと、家庭科の課題もあって。」
勉強の不安を話す。
「あー、数学は今日明日で教えるよ。でも家庭科なぁー。どんな課題だったっけ?家事をしてそのレポート書くんだっけ?」
「そうです。なんでもいいから家事をして、それをレポートにまとめて。その写真も撮らないと。」
高校生にまでなって、家庭科の授業があるなんて知らなかった。しかも夏休みの課題まで出されるなんて。
「俺は、確か実家に帰った時に、洗濯のレポートとかしたかな。洗濯機回して、干して、畳むだけだから簡単だったよ。それも明日終わらせよう。」
受験生に課題まで手伝わせていいのだろうか。
「蓮也先輩は、課題終わったんですか?」
「さっき終わった!やっと!」
「毎日夜遅くまで勉強してますよね。僕、邪魔じゃ無いですか?」
「いや、逆に励みになるかな。好きな人がそばに居る安心感とかもあるし、なんかし集中できる気がする。」
僕に気を遣ってくれているのか、本音なのか。よくわからない。でも、今は離れたく無いから、この優しさに甘える事にした。
握った手にほんのちょっとだけ力を込める。ありがとうの気持ち、伝わるといいな。
僕が力を込めると、優しく握り返してくれる。
僕よりも大きな手。
僕は、この人と一生手を繋いで歩いていたい。
その願いが叶うのか。男同士で一緒に居ていいのか。蓮也先輩が大学生になっても、会えるのだろうか。
考えることはたくさんあるけれど、今この瞬間は幸せだった。
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