隠し事にしようよ

本野汐梨 Honno Siori

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体調不良で…3【有希】

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 洗面器にお湯とタオルを入れて持ってきたのを見て、涙が出そうなくらい嬉しかった。

 僕のして欲しい事をしてくれる人は、この人だけだ。

 起き上がって上半身の服を脱ぐ。

「俺が拭いてあげる。」

「あの、本当に汚いから…。」

 こんな姿晒して、嫌われたくない。
 僕の不安とはよそに、蓮也先輩にスルスル服を脱がされてしまった。

「いいから、いいから。」

 あっという間に裸にされてしまう。

(お尻とか汚いかも…。)

 下痢で汚れたお尻を見られたら…。

 でも、蓮也先輩の優しさに抵抗できない。
 もうされるがままの赤ちゃんみたいだ。

 ちょうどいい温度の濡れタオルで、体を拭かれる。

 たまに、タオルが気持ちいいところに擦れてムラムラしてきた。

(こんな時なのに…。)

 それを察して「元気になったら、いっぱい気持ち良くなろうね。」と恥ずかしい言葉を掛けられてしまった。

 体の角度を少しずつ変えられながら、ゆっくりタオルで汚れを拭ってもらう。

「お腹、痛かったよね。今も痛い?」

 後ろを向いた時に尋ねられた。
 やっぱり…。
 多分、お尻が汚かったに違いない。

「あの…。汚くて、ごめんなさい。」

「いいよ。有希くんなら。それより、体調はどう?お腹は?」

「今、吐き気もないし、だいぶ楽です。」

 全身を拭いてもらって気分もスッキリした。
 エアコンの涼しい風が心地よい。

 それから、蓮也先輩の服を貸して貰った。
 全身が蓮也先輩の香りに包まれて幸せだ。

「じゃあ、いっぱい水分補給して。」

 そしてまた、コップに入ったスポーツドリンクを差し出された。

「あんまり飲むと、また、吐いちゃいます。もうあんまり、喉乾いてないし…。」

「吐いてもいいよ。苦しいかもだけど。脱水になるより。俺がついてるから、大丈夫だよ。」

 なぜこの人の、「大丈夫」はこんなに安心するのだろう。

 僕は、素直になって、スポーツドリンクを飲んだ。
 飲み干すと、「ゆっくり寝てたらいいよ。後でおかゆ作ってあげるね。」と優しく声をかけられた。

 ベッドに腰掛けた蓮也先輩は、僕の頭を撫でる。


「俺も一緒に寝ていい?」

「はい…。もちろんです。」

 ベッドでぎゅうぎゅう詰めになって眠りに落ちた。


 また気持ち悪くて目が覚めた。

 隣に蓮也先輩はいない。
 薄暗い部屋の中で、蓮也先輩が勉強机に向かっているのが見えた。

(やばい。邪魔しちゃいけない。)


 そうは思いつつ、今にでも吐いてしまいそうだ。


 ゆっくりベッドから起き上がって、トイレに向かう。
 すぐに蓮也先輩に気づかれた。

「どうした?具合悪い?」

 僕は頭を振って、「ちょっとトイレ」とだけ答えた。

 口を両手で押さえて「トイレ」なんて言ったら吐くに決まってる。バレバレなんだ。

 駆け寄って抱えられながらトイレに連れて行かれる。

 便器の蓋が開いた途端に、僕はさっきのスポーツドリンクを一気に吐き出した。

 背中をゆっくり摩られて、少し落ち着く。

「ごめんなさい。」

 便器に顔を向けたまま声を出した。
 何に向かって謝っているのか。自分にもよくわからない。ただ、一つ。迷惑かけて、嫌われたくない、その気持ちだけは間違いなかった。

 続けてまた、胃液まで吐き出す。
 げーっ、と変な声みたいなのが出る。
 吐いても吐いても苦しくて、息ができない。

 何度もえずいて、やっと吐き気が治ってきた。

「大丈夫。有希くん。大丈夫だからね。」

 ずっと背中を摩られて、苦しいものの、1人の時よりずっと楽に吐けた。


 体に力が上手く入らなくって後ろにいた蓮也先輩にもたれる形になった。全身の力を抜いて、蓮也先輩に身を任せた。

「もう大丈夫?」

「はい。もう、大丈夫です。」

「こちらこそ、ごめんね。一気に飲ませ過ぎたかな?」

 蓮也先輩は、僕の事を想って行動してくれてたのに。
 恩を仇で返す感じになって、自分の事が急激に嫌いになって、全身に寒気が走った。

「謝らないでください。こんなに大事にして貰ったのに。僕が悪いのに。」

「悪くないよ。何にも悪くない。」

 後ろからギュッと抱きしめられた。

「有希くん。大好きだよ。俺は、何があっても有希くんの事が好き。だからね、俺を頼ってね。」

 僕は自分を好きになれないのに、他人の蓮也先輩には、こんなに想って貰えるなんて。

「うん…。僕が僕を嫌いな分、蓮也先輩が僕の事を好きでいてあげて。」

「もちろん。俺がいっぱい愛してあげる。どれだけ、有希くんが有希くんの事を嫌いでも。俺が、その分大事にしてあげるから。だから、大丈夫だよ。」

 また、「大丈夫」と言ってもらえた。

 抱きしめられたまま頭を撫でられた。
 しばらく沈黙が続いた。
 でも、優しい沈黙だった。


「おかゆ、ちょっと食べられそう?」

「うん…。」

「じゃあ、準備するね。」


 お姫様抱っこされて、洗面所に連れて行かれた。

 コップに水を入れて渡される。
 受け取って、うがいをした。

 また、抱っこされてベッドに座らされる。

 すぐに、蓮也先輩が器に入った白粥を持ってきてくれた。

「無理して全部食べなくてもいいからね。食べられるだけ、食べてみて。」

 ちょこっとだけ、食べてみた。
 あったかくて、ほんのり塩味で、美味しい。


 それから、すぐに眠くなって、僕は眠りについた。

 気づけば、蓮也先輩も隣で寝ていた。
 横向きで寝ていた僕と向かい合う形で、蓮也先輩も横向きで寝ていた。

 僕が目覚めたのに気がついたのか、「おいで」と言って、手を少し広げた。
 すかさず、僕は蓮也先輩の胸に飛び込んだ。

「今日は、いっぱい迷惑かけて、ごめんなさい。」

「こちらこそ、遅くなってごめんね。病院にも連れて行けなくてごめんね。」

「ううん。僕が、病院に行きたくなかったから。それに、蓮也先輩が居てくれるだけで幸せ。」

「幸せだね。俺ら。2人でいると。」

 それから、蓮也先輩の心音を聞きながら眠った。

 でも、食あたりは治ってなくて、夜中に何度か起きて吐いたり下痢したりした。

 その度に蓮也先輩が起きてきてくれた。



 翌朝。



 体調はだいぶよくなったけど、僕は学校を休むことにした。

 蓮也先輩も、今日はサボるって言い出したのは驚いた。

 その日は、ほとんど寝て過ごした。


 体調が良くなってきた僕は、腐った唐揚げを食べて具合が悪くなって大変だった事を話した。

 蓮也先輩は、僕が学校に来てなくて、父親に何かされたんじゃないかって心配で、家を調べて、わざわざ来てくれたらしい。
 どうやって調べたのか尋ねたら、「生徒会長特権」と答えられてしまった。

 でももし、蓮也先輩が来てくれなかったら…。

 そう思うとちょっと怖い。


 蓮也先輩には本当に感謝しかない。
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