隠し事にしようよ

本野汐梨 Honno Siori

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重い体で[有希]

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 土曜日。

 僕は、朝からチラシ配りのアルバイトに向かう。

 家から徒歩圏内の場所に事務所がある。
 いつもは、走って向かうのだが今日は気分が乗らない。

 僕は、ゆっくりゆっくり歩いていた。

 体が鉛の様に重いのだ。
 もちろん心も重い。息も上手くできている気がしない。

 生徒総会の疲れが一気に溢れてきたのかもしれない。

 もしくは、父親との関係に疲れてしまったのかもしれない。
 どっちにしろ、体が不調というより、心が不調だった。
 父親の気持ち悪さを、いつもはどこか他人事の様に考えていた。実感がなかったと言えばいいのか。でも、昨日はリアルだった。
大きな傷は増えてないけど、心の傷が深くなった気がする。

 僕の頭の中は、先輩のことでいっぱい。
 特に、おととい、一緒にお風呂に入った時に初めて見た先輩の裸が目に焼きついて忘れられない…。

 今日も泊まりに行きたいけれど…。
 昨日の父親の態度がフラッシュバックする。

 土曜日、つまり今日は、先輩の家にまた泊まれたら、なんて思っていたけれど、とてもそんな状況じゃ無い。ともかく今日は父親の機嫌取りに専念しなければ。


(しばらくは、先輩の家に泊まりに行けないな。)


 もし、僕が普通の家に生まれていたらこんな思いしなかったかもしれない。
 それに比べたら…。

 先輩は、普通の家に生まれ育った人だ。

 愛されてるし、たくさんの人を愛してる。
 それに比べて、僕は誰にも愛されず、むしろ世界を恨んでいる節がある。
 
 子供の頃から、地球が爆発してくれたらいいのにって心の底から願っているような人間だ。

 こんな人間が、人間を好きになってもいいのだろうか。愛されてもいいのだろうか。

 そう。
 先輩と僕は、水と油。
 混じり合うことはできない。



 よくよく考えたら、先輩が急に僕を家に呼んでくれるなんて、好きって言ってくれるなんて。
 もしかしたら、僕は変な病気に罹ってかかって妄想に取り憑かれているのかもしれない。

 もしかしたら、全部長い長い夢なのかもしれない。



(今までのこと、全部忘れよう。)

 僕の理性が、やっとまともな思考を取り戻したみたいだ。

 人を好きになるなんて、自分で自分を不幸にしてるじゃないか。

 僕は、恋愛なんかできる人間じゃない。ましてや、相手が男の先輩だなんて。



 今は、とにかくアルバイトに集中しないといけない。


 事務所に着くと、ろくに挨拶もせずに、僕が配布する用のチラシを受け取り、すぐに外に出た。



 もちろん、すぐに先輩の事を忘れられるわけじゃ無い。

 でも、時間が経てば忘れられるに決まっている。


 事務所の人に手渡された、配布地図を見た。

 本当は、事務所で確認するんだけど、今日は、機嫌が悪かったから何も見ずに事務所を飛び出してしまった。



(げっ…。学校の近くじゃん。)


 今日配布予定場所の配置図を見て気付いた。

 今日に限って。僕は、徒歩での配布だから、いつもはもっと事務所の近くの配布に回される。それなのに、今日は5キロ以上離れているような場所まで歩いて行かなきゃなんて…。


 こういうことは、たまーに有る。
 事務所の人も忙しいから、誰が徒歩で誰が自転車で誰がバイクで配布するのか、わからなくなって、よく間違えるらしい。
 いつもは事務所の人にお願いして、近場に変更してもらえてるんだ。

 でも、ちゃんと確認せずに飛び出しちゃったから…。

 本当は、ちゃんと確認してから出てくれば良かった…。


 今日は、あんまりついてないな。



 今更、事務所に戻る気力もないし、今日は誰かと会話をするのも辛い。


 僕は、重いチラシの山をバッグに入れて、自分の通う高校の方向に向かって歩き出した。





 1時間くらい歩いて、ようやく目的地周辺についた。

 既に僕は、歩き疲れていた。

 ここから、また歩かなきゃなんて…。

 今日は、ピザ屋さんと便利屋さんのチラシを2枚1組で配っていく。
 いつもより分量が少なくてよかった。
 多い時はもっと10枚1組くらいの日もある。


 地図をよく確認する。


(あ、先輩の住んでるアパートにも配るのか…。)


 先輩の家の近くに行けるだけで、ちょっと胸が苦しくなった。今日のこの胸の苦しみは、喜びに近かった。



 高校の道路向かいの住宅密集地から順にチラシを配り歩く。

 この辺は、意外とマンションやアパートが多いから、思ったより楽かもしれないなぁ、なんて考えてた。

 それでも450枚配らないといけなかった。

 ともかく、早く帰って、家事を済ませてしまわなきゃ。


 僕は、急に焦りを感じ始める。
 早歩きで、家から家を転々としていく。



 気づけば、先輩の住むアパートの横の一軒家に来ていた。

 ポストにチラシを入れながら、道路から先輩の部屋を覗く。
 カーテンが閉まっていた。
 人の気配はない。
 留守のようだ。


 1ミリでも先輩との物理的な距離が埋まれば僕は幸せなのに…。



「先輩、会いたいです…。」



 心の叫び声溢れた。

 涙もこぼれそうだった。


 僕は、先輩の住むアパートの集合ポストに向かった。
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