19 / 66
重い体で[有希]
しおりを挟む土曜日。
僕は、朝からチラシ配りのアルバイトに向かう。
家から徒歩圏内の場所に事務所がある。
いつもは、走って向かうのだが今日は気分が乗らない。
僕は、ゆっくりゆっくり歩いていた。
体が鉛の様に重いのだ。
もちろん心も重い。息も上手くできている気がしない。
生徒総会の疲れが一気に溢れてきたのかもしれない。
もしくは、父親との関係に疲れてしまったのかもしれない。
どっちにしろ、体が不調というより、心が不調だった。
父親の気持ち悪さを、いつもはどこか他人事の様に考えていた。実感がなかったと言えばいいのか。でも、昨日はリアルだった。
大きな傷は増えてないけど、心の傷が深くなった気がする。
僕の頭の中は、先輩のことでいっぱい。
特に、おととい、一緒にお風呂に入った時に初めて見た先輩の裸が目に焼きついて忘れられない…。
今日も泊まりに行きたいけれど…。
昨日の父親の態度がフラッシュバックする。
土曜日、つまり今日は、先輩の家にまた泊まれたら、なんて思っていたけれど、とてもそんな状況じゃ無い。ともかく今日は父親の機嫌取りに専念しなければ。
(しばらくは、先輩の家に泊まりに行けないな。)
もし、僕が普通の家に生まれていたらこんな思いしなかったかもしれない。
それに比べたら…。
先輩は、普通の家に生まれ育った人だ。
愛されてるし、たくさんの人を愛してる。
それに比べて、僕は誰にも愛されず、むしろ世界を恨んでいる節がある。
子供の頃から、地球が爆発してくれたらいいのにって心の底から願っているような人間だ。
こんな人間が、人間を好きになってもいいのだろうか。愛されてもいいのだろうか。
そう。
先輩と僕は、水と油。
混じり合うことはできない。
よくよく考えたら、先輩が急に僕を家に呼んでくれるなんて、好きって言ってくれるなんて。
もしかしたら、僕は変な病気に罹って妄想に取り憑かれているのかもしれない。
もしかしたら、全部長い長い夢なのかもしれない。
(今までのこと、全部忘れよう。)
僕の理性が、やっとまともな思考を取り戻したみたいだ。
人を好きになるなんて、自分で自分を不幸にしてるじゃないか。
僕は、恋愛なんかできる人間じゃない。ましてや、相手が男の先輩だなんて。
今は、とにかくアルバイトに集中しないといけない。
事務所に着くと、ろくに挨拶もせずに、僕が配布する用のチラシを受け取り、すぐに外に出た。
もちろん、すぐに先輩の事を忘れられるわけじゃ無い。
でも、時間が経てば忘れられるに決まっている。
事務所の人に手渡された、配布地図を見た。
本当は、事務所で確認するんだけど、今日は、機嫌が悪かったから何も見ずに事務所を飛び出してしまった。
(げっ…。学校の近くじゃん。)
今日配布予定場所の配置図を見て気付いた。
今日に限って。僕は、徒歩での配布だから、いつもはもっと事務所の近くの配布に回される。それなのに、今日は5キロ以上離れているような場所まで歩いて行かなきゃなんて…。
こういうことは、たまーに有る。
事務所の人も忙しいから、誰が徒歩で誰が自転車で誰がバイクで配布するのか、わからなくなって、よく間違えるらしい。
いつもは事務所の人にお願いして、近場に変更してもらえてるんだ。
でも、ちゃんと確認せずに飛び出しちゃったから…。
本当は、ちゃんと確認してから出てくれば良かった…。
今日は、あんまりついてないな。
今更、事務所に戻る気力もないし、今日は誰かと会話をするのも辛い。
僕は、重いチラシの山をバッグに入れて、自分の通う高校の方向に向かって歩き出した。
1時間くらい歩いて、ようやく目的地周辺についた。
既に僕は、歩き疲れていた。
ここから、また歩かなきゃなんて…。
今日は、ピザ屋さんと便利屋さんのチラシを2枚1組で配っていく。
いつもより分量が少なくてよかった。
多い時はもっと10枚1組くらいの日もある。
地図をよく確認する。
(あ、先輩の住んでるアパートにも配るのか…。)
先輩の家の近くに行けるだけで、ちょっと胸が苦しくなった。今日のこの胸の苦しみは、喜びに近かった。
高校の道路向かいの住宅密集地から順にチラシを配り歩く。
この辺は、意外とマンションやアパートが多いから、思ったより楽かもしれないなぁ、なんて考えてた。
それでも450枚配らないといけなかった。
ともかく、早く帰って、家事を済ませてしまわなきゃ。
僕は、急に焦りを感じ始める。
早歩きで、家から家を転々としていく。
気づけば、先輩の住むアパートの横の一軒家に来ていた。
ポストにチラシを入れながら、道路から先輩の部屋を覗く。
カーテンが閉まっていた。
人の気配はない。
留守のようだ。
1ミリでも先輩との物理的な距離が埋まれば僕は幸せなのに…。
「先輩、会いたいです…。」
心の叫び声溢れた。
涙もこぼれそうだった。
僕は、先輩の住むアパートの集合ポストに向かった。
1
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる