短い怖い話 （怖い話、ホラー、短編集）

生き霊を飛ばす女

　　
　　

　６年前から、俺に生き霊を飛ばしてくる女がいるんだ。

　その女は、俺の高校時代の同級生だった。
　その女は、俺が所属していた水泳部の何人かいるうちのマネージャーの中の一人だった。

　あんまり関わりがなかったけれど、その女が俺のことが好きなのは薄々気がついていた。

　当時は、生き霊なんか飛ばしてくることはなかった。


　それが、高校を卒業してから変わってしまった。


　卒業後は、県外の大学に入学した。大学は違ったが、女も同じ県にある大学に進学していた。

　何度か、「ご飯に行こうよ」とか「〇〇に遊びに行こうよ」などと、連絡がきていたが面倒だったので全て断っていた。


　大学に入学してからすぐに、至る所で視線を感じるようになった。
　それから、


　そのくらいならよかった。

　半年くらいすると、アパートの呼び鈴が誰もいないにも関わらず鳴るようになった。
   部屋に誰もいないのに、ずっと見られているような視線を感じるようになった。
　勝手にリビングや玄関のドアが開いたり閉まったりした。

　物の配置が変わっていることもあったので、誰かが勝手に家の中に入ってきているのではないかと疑って、ペット用の監視カメラを設置してみたりした。
　結局、ヤマは外れてそのカメラには物が勝手に動いている映像が映るようになった。

　その映像を見た時はかなりの恐怖を覚えた。

　こんな心霊現象のあるあるみたいなことが、立て続けに起こった。


　　最初は、ヤバい物件を借りてしまったと後悔した。事故物件だったかもしれないなんて考えていた。
　でも引っ越すような金はないので、しばらく友達の家を転々と泊まり歩こうという作戦を考えて実行に移した。

　けれど、心霊現象は俺がいく先々で起こった。
　薄々、気が付きながらも家で一人でいるよりはマシなので他人の家で寝泊まりするような生活を二週間ほど続けた。

　
　そして家ではなくて自分自身に何やら霊的なものが取り憑いていることに確信を持ち始めた頃に決定的なことが起こる。

　その日は、サークルが一緒の女の子のAちゃんと良い仲になっていたので、その子の家に泊まりに行ったんだが、その日の夜は地獄のようだった。天井から呻き声が聞こえたり、カラーボックスに入っている漫画本が一冊、ポロリと落ちてきたり、玄関のドアの鍵が開いたり閉まったりした。

　ダイニングテーブルが２０センチくらい目の前で移動した時には二人とも怖過ぎて声が出なくなった。本当に怖いと何にも言えなくなるんだな、なんて今なら思えるけれど、あんなに全身に鳥肌が立つことなんて二度とない経験だろう。

　けれど、俺らは昨日のサークルの飲み会に参加して徹夜で遊んで学校にもちゃんと行ったので、結局眠気に勝つことはできずに夜中の２時頃には寝落ちしていた。

　明け方になって、Aちゃんがもがき苦しんでいる姿に気がついて、目が覚めた。

　Aちゃんは、声も出さずに首を掻きむしりながら目を見開いてのたうち回っていた。

　俺は、必死に「Aちゃん！Aちゃん！」と叫んだ。その声で気が付いたのか、Aちゃんは徐々に正気を取り戻した様子だった。

　落ち着きを取り戻したAちゃんに話を聞くと「苦しくて目が覚めたら、自分と同い年くらいの若い女の子に首を絞められてて…でもなんとなく現実じゃないってわかったんだよね。夢かと思ったけどなんとなく違くて。途中で金縛りって気がついたんだよね。生まれて初めて金縛りにあった。」と言っていた。
　
　この時に初めて、お祓いしなきゃ、と思った。

　お祓いなんてしたことないから、地域で一番大きな神社に電話した。そしたら、神社では心霊系のお祓いとかやってないけれど、たまたまうちの近くにある占いのお店が心霊系のお祓いをやっていると教えてくれた。藁にもすがる思いで、その占いのお店に電話をかけた。


　電話口越しに、占い師のおばさんはこう言った。


　「マイコって名前の女の子知ってるよね？あなたの高校の同級生のはず。その子の生き霊があなたに悪さをしてるのよ。」


　俺は一瞬固まってしまった。マイコってのは、俺が高校時代に水泳部にいた女でマネージャーだった女だ。しかも、その女は俺に好意を寄せていた。
　占い師曰く、生き霊の除霊は難しい。一度払ったとしても、相手になんらかの気持ちがある限り、何度も何度も生き霊を飛ばし続けるそうだ。
　占い師は、その女が俺のことを諦めるまで待てばいい。ただし、生き霊が嫉妬してしまうから、女性関係は慎むように言われた。

　

　　俺は、絶望に打ちひしがれたが、確かにどうすることもできないと思った。

　
　それから、俺はあらゆる縁切り神社に行った。なけ無しのバイト代と仕送りをためて、県内外の本当にあらゆる縁切りに効果があるという神社に行った。
　いつの間にか、大学を卒業して俺は社会人になっていた。
　
　転勤や出張の多い会社に入社したのは、縁切り神社巡りをするためだった。

　１年目はあまり出張はなかったけれど、1年目の途中からは当時住んでいた場所よりも結構遠いところに転勤になったので、休みの日は神社巡りをした。もはや、神社であればなんでも良くなっていたので近所のちっさい無人の神社に通ったりもしていた。
　2年目になると、再び隣県に飛ばされた上に、近隣の都道府県に出張が多くなった。
　そのたびに、縁切りに効果があるという神社を調べて言ってみるが、実はまだ効果は出ていない。


　冒頭にも話したが、“マイコ”は未だに俺に向かって生き霊を飛ばし続けている。


　人間の執着心の恐ろしさは、半端じゃない。