悪役令嬢シルベチカの献身

salt

文字の大きさ
上 下
63 / 64
そして僕らは絶望した

終わりの話

しおりを挟む


 公式に、2人が和解したと言う記述は残っていない。

 ウィステリア・アルペストリス・マスティアートは、爵位を受け継いだ後も毎年ただ1日だけ王都にやってくるほかはほとんど領地から出ずにその生涯を終えたという。
 本来、12公爵家という立場でありながら、その殆どを領地に引きこもって過ごすというのは、決して褒められたものではなかったが、妹の不始末の責をとると言えばそれ以上追及されることはなかった。

 ユリウス・アラウンド・ランフォールドがマーガレット・カザリー……、かつてウェライア子爵令嬢だった婚約者と婚姻をあげたのは、精霊廟の前でユリウスとウィステリアが誓い合ってから、およそ半年後のことだ。
 婚約期間、ずっと何かに囚われているように見えた王太子ユリウスは、婚姻式の少し前から憑物が落ちたかのように見違えた。
 けれど、愁いを帯びたそのサファイヤの瞳は変わらず、幼い頃の無警戒で人見知りも物怖じもせず、話しかければ誰にでもくるくると愛らしく笑う王子を知るものは、その変わり方に少しだけ驚いた。
 婚姻してから程なくして、王太子夫妻の間には男の子が2人と娘が1人生まれた。
 娘が生まれた時、ユリウス王太子は娘の誕生を泣くほど喜んだという。
「こんなにも愛しい存在の手を離せと、俺は言えないな」と言いながら、息子と娘をあやすその姿は、どこか悲哀に満ちていたと伝えられている。

 彼が王に即位した頃、第一王子がマスティアート公爵家の末の娘に恋をして王妃へと望み、社交界が揺れたのは有名な話だ。
 かつての事件から2人は決して結ばれないと思われたが、紆余曲折の末第一王子と公爵令嬢は結ばれた。

 ざわめく貴族に「子供達の世代に罪はない」と、退位した先王の発言が後押しになったのがきっかけだったが、一連の事件をユリウス王は大きく反対することなく、どこか優し気に目を細めて見守っていたという。

 ユリウス王は、正しく賢君であった。
 民を想い、民に尽くし、様々な改革に手を尽くし、歴代の王の中でも5本の指に入るだろうと言われるほどに賢君と言って差し支えなかった。
 ユリウス王は、決して自身が賢君だと認めなかった。
 誉れ高き賢君だと、民が声高に言う中で「私は賢君ではない」と、王族でありながら驕らず、控えめに微笑む姿も、民を魅了した。

 子爵令嬢から王妃になったマーガレットの人気は相変わらずだった。
 慈愛の王妃と後に呼ばれた彼女は、社交が得意で、どんなことにも精力的に参加した。
 特に福祉に力を入れ、王都の孤児院から地方の救護院まで、求められれば必ず訪れ、汚れ仕事でもなんでも平気な顔で引き受けたという。
 王太子夫妻が国王夫妻と呼ばれ方を変えても、2人は支え合うように仲睦まじかったというが、一方では「夫婦というにはどこか違うような気がする」と、仕えていた侍女たちから声が上がった。が、真相は定かではない。
 ただ、王妃マーガレットには2人が婚約してからずっと、結婚もせずに生涯王妃に仕え続けた筆頭侍女がいたというから、随分と慕われていたのだろうと思う。

 ユリウス王は、長く在位して王を務め、年老いてからゆっくりと第一王子であった王太子に王位を譲り渡して退位した。
 ちょうどその頃、ユリウスの孫娘が生まれた。
 青い髪に、真白の瞳をもって生まれた孫娘に、新王夫妻はかつてユリウス王の婚約者だった少女の、ミオソティスという2つ目の名前を送った。
 当時の事を知る誰もがそのことに眉を顰めたが、一番の被害者であったマーガレット王太后が何とも嬉しそうにその名を呼ぶので、「きっとこれがかの令嬢に対する許しなのだろう」と、誰もが噂して、その口を閉じた。

 結局ユリウス上王は、ウィステリア公爵よりも、マーガレット王太后よりも長く生き、80年ほど生きて、その長い生を、最愛の孫娘に看取られて去ったという。

 今際の際に、「私は立派な王になれたかな」と、そう言い残してこの世を去ったユリウス上王に、孫娘がどう言葉を返したのかは伝わっていない。
 ただ、それから5年ほど経って、「ユリウス王の手記」が発見された後、長く不名誉なままでいたシルベチカ・ミオソティス・マスティアートの真実が明らかとなる。

 賢君と名高かったユリウス王と、人知れず若くしてその身を国の為に捧げたシルベチカの真実に、国内はざわりと音をたてたが、稀代の悪役令嬢から一転、献身の聖女となったシルベチカのおかげで、そこまで荒れることはなくやがて落ち着いたという。

 王都の劇場で、何度も再演されていた人気の舞台が消えうせ、代わりに別の舞台が流行るようになったのは、それから間もなくだ。
 一人の公爵令嬢の献身を題材にしたその舞台に、王都で暮らす誰もが涙したことを、かつて献身を捧げてこの世を去った少女は、知る事すらないだろう。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

【完結】苦しく身を焦がす思いの果て

猫石
恋愛
アルフレッド王太子殿下の正妃として3年。 私達は政略結婚という垣根を越え、仲睦まじく暮らしてきたつもりだった。 しかし彼は王太子であるがため、側妃が迎え入れられることになった。 愛しているのは私だけ。 そう言ってくださる殿下の愛を疑ったことはない。 けれど、私の心は……。 ★作者の息抜き作品です。 ★ゆる・ふわ設定ですので気楽にお読みください。 ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様にも公開しています。

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

死ぬまでにやりたいこと~浮気夫とすれ違う愛~

ともどーも
恋愛
結婚して10年。愛し愛されて夫と一緒になった。 だけど今は部屋で一人、惨めにワインを煽る。 私はアニータ(25)。町の診療所で働く一介の治療師。 夫は王都を魔物から救った英雄だ。 結婚当初は幸せだったが、彼が英雄と呼ばれるようになってから二人の歯車は合わなくなった。 彼を愛している。 どこかで誰かに愛を囁いていたとしても、最後に私のもとに帰ってきてくれるならと、ずっと許してきた。 しかし、人には平等に命の期限がある。 自分に残された期限が短いと知ったとき、私はーー 若干ですが、BL要素がありますので、苦手な方はご注意下さい。 設定は緩めです💦 楽しんでいただければ幸いです。 皆様のご声援により、HOTランキング1位に掲載されました! 本当にありがとうございます! m(。≧Д≦。)m

身勝手だったのは、誰なのでしょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢になるはずの子が、潔く(?)身を引いたらこうなりました。なんで? 聖女様が現れた。聖女の力は確かにあるのになかなか開花せず封じられたままだけど、予言を的中させみんなの心を掴んだ。ルーチェは、そんな聖女様に心惹かれる婚約者を繋ぎ止める気は起きなかった。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】愛するあなたに、永遠を

猫石
恋愛
冬季休暇前のパーティで、私は婚約破棄をみんなの前で言い渡された。 しかしその婚約破棄のパーティーの事故で、私は…… 【3話完結/18時20時22時更新】 ☆ジャンル微妙。 ざまぁから始まり、胸糞……メリバ? お読みになる際には十分お気を付けください。  読んだ後、批判されても困ります……(困惑) ☆そもそもざまぁ……?いや、ざまぁなのか? う~ん…… ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ☆この作品に関しては、タグ、どうしよう……と、悩むばかりです。  一応付けましたが、違うんじゃない?と思われましたらお知らせください ☆小説家になろう様にも掲載しています

皇太子殿下の秘密がバレた!隠し子発覚で離婚の危機〜夫人は妊娠中なのに不倫相手と二重生活していました

window
恋愛
皇太子マイロ・ルスワル・フェルサンヌ殿下と皇后ルナ・ホセファン・メンテイル夫人は仲が睦まじく日々幸福な結婚生活を送っていました。 お互いに深く愛し合っていて喧嘩もしたことがないくらいで国民からも評判のいい夫婦です。 先日、ルナ夫人は妊娠したことが分かりマイロ殿下と舞い上がるような気分で大変に喜びました。 しかしある日ルナ夫人はマイロ殿下のとんでもない秘密を知ってしまった。 それをマイロ殿下に問いただす覚悟を決める。

処理中です...