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そして僕らは絶望した
終わりの話
しおりを挟む公式に、2人が和解したと言う記述は残っていない。
ウィステリア・アルペストリス・マスティアートは、爵位を受け継いだ後も毎年ただ1日だけ王都にやってくるほかはほとんど領地から出ずにその生涯を終えたという。
本来、12公爵家という立場でありながら、その殆どを領地に引きこもって過ごすというのは、決して褒められたものではなかったが、妹の不始末の責をとると言えばそれ以上追及されることはなかった。
ユリウス・アラウンド・ランフォールドがマーガレット・カザリー……、かつてウェライア子爵令嬢だった婚約者と婚姻をあげたのは、精霊廟の前でユリウスとウィステリアが誓い合ってから、およそ半年後のことだ。
婚約期間、ずっと何かに囚われているように見えた王太子ユリウスは、婚姻式の少し前から憑物が落ちたかのように見違えた。
けれど、愁いを帯びたそのサファイヤの瞳は変わらず、幼い頃の無警戒で人見知りも物怖じもせず、話しかければ誰にでもくるくると愛らしく笑う王子を知るものは、その変わり方に少しだけ驚いた。
婚姻してから程なくして、王太子夫妻の間には男の子が2人と娘が1人生まれた。
娘が生まれた時、ユリウス王太子は娘の誕生を泣くほど喜んだという。
「こんなにも愛しい存在の手を離せと、俺は言えないな」と言いながら、息子と娘をあやすその姿は、どこか悲哀に満ちていたと伝えられている。
彼が王に即位した頃、第一王子がマスティアート公爵家の末の娘に恋をして王妃へと望み、社交界が揺れたのは有名な話だ。
かつての事件から2人は決して結ばれないと思われたが、紆余曲折の末第一王子と公爵令嬢は結ばれた。
ざわめく貴族に「子供達の世代に罪はない」と、退位した先王の発言が後押しになったのがきっかけだったが、一連の事件をユリウス王は大きく反対することなく、どこか優し気に目を細めて見守っていたという。
ユリウス王は、正しく賢君であった。
民を想い、民に尽くし、様々な改革に手を尽くし、歴代の王の中でも5本の指に入るだろうと言われるほどに賢君と言って差し支えなかった。
ユリウス王は、決して自身が賢君だと認めなかった。
誉れ高き賢君だと、民が声高に言う中で「私は賢君ではない」と、王族でありながら驕らず、控えめに微笑む姿も、民を魅了した。
子爵令嬢から王妃になったマーガレットの人気は相変わらずだった。
慈愛の王妃と後に呼ばれた彼女は、社交が得意で、どんなことにも精力的に参加した。
特に福祉に力を入れ、王都の孤児院から地方の救護院まで、求められれば必ず訪れ、汚れ仕事でもなんでも平気な顔で引き受けたという。
王太子夫妻が国王夫妻と呼ばれ方を変えても、2人は支え合うように仲睦まじかったというが、一方では「夫婦というにはどこか違うような気がする」と、仕えていた侍女たちから声が上がった。が、真相は定かではない。
ただ、王妃マーガレットには2人が婚約してからずっと、結婚もせずに生涯王妃に仕え続けた筆頭侍女がいたというから、随分と慕われていたのだろうと思う。
ユリウス王は、長く在位して王を務め、年老いてからゆっくりと第一王子であった王太子に王位を譲り渡して退位した。
ちょうどその頃、ユリウスの孫娘が生まれた。
青い髪に、真白の瞳をもって生まれた孫娘に、新王夫妻はかつてユリウス王の婚約者だった少女の、ミオソティスという2つ目の名前を送った。
当時の事を知る誰もがそのことに眉を顰めたが、一番の被害者であったマーガレット王太后が何とも嬉しそうにその名を呼ぶので、「きっとこれがかの令嬢に対する許しなのだろう」と、誰もが噂して、その口を閉じた。
結局ユリウス上王は、ウィステリア公爵よりも、マーガレット王太后よりも長く生き、80年ほど生きて、その長い生を、最愛の孫娘に看取られて去ったという。
今際の際に、「私は立派な王になれたかな」と、そう言い残してこの世を去ったユリウス上王に、孫娘がどう言葉を返したのかは伝わっていない。
ただ、それから5年ほど経って、「ユリウス王の手記」が発見された後、長く不名誉なままでいたシルベチカ・ミオソティス・マスティアートの真実が明らかとなる。
賢君と名高かったユリウス王と、人知れず若くしてその身を国の為に捧げたシルベチカの真実に、国内はざわりと音をたてたが、稀代の悪役令嬢から一転、献身の聖女となったシルベチカのおかげで、そこまで荒れることはなくやがて落ち着いたという。
王都の劇場で、何度も再演されていた人気の舞台が消えうせ、代わりに別の舞台が流行るようになったのは、それから間もなくだ。
一人の公爵令嬢の献身を題材にしたその舞台に、王都で暮らす誰もが涙したことを、かつて献身を捧げてこの世を去った少女は、知る事すらないだろう。
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