悪役令嬢シルベチカの献身

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国王と、護衛騎士の回想

護衛騎士ヘンリー・ブラッドの悲嘆 3

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「……シルベチカ……様」
「あぁ、ヘンリー……様ですね。もう、私は王太子の婚約者でも公爵令嬢でもない、ただのシルベチカですから」

 髪をばっさりと切って、そう微笑んだシルベチカを見て、ヘンリーは目を見張った。
 ディシャールにおいて、貴族の、魔法使いの髪を切ることがどれだけ屈辱的なことなのか分からないヘンリーではない。
 長く、主と尊んできた存在の痛ましい姿に、心臓が鷲掴まれたような衝撃が走る。

「御髪が……」
「さっぱりしたでしょう? 旅に出るからちょうどよかったと思わない?」

 そう言って、シルベチカはにこりと笑う。
 あの日以降、用意していた証拠を見つけた王太子は、何の疑いもなくシルベチカを断罪し、処罰を求めた。
 やりすぎなほど、念入りに作り上げた証拠は、何の罪もないシルベチカを国外追放するには十分すぎた。
 目の前にいる少女は、3ヶ月の猶予の後、真実の意味で国外追放となる事が決まっている。

「……アマリアは?」
「置いて行くことにしました。アマリアはとても優秀ですから……マーガレット様に仕えてほしくて」
「……そうですか」

 その方がいいだろうと、ヘンリーは思った。
 アマリアはきっと、最後まで共にいたかったと泣いただろうが、この旅の最後を想うと無理をさせたくなかった。
 この旅の終わりは、どこまでも悲劇で、どこまでも辛いものだ。
 騎士であるヘンリーですら、未だ納得しきれないままなのだから。

「……ヘンリー様も……」
「いけません、シルベチカ」

 ヘンリーはそう言って、シルベチカを制す。
 今のヘンリーとシルベチカの関係は、罪人とその見届け人だ。
 ヘンリーがどんなに願っても、もうシルベチカを尊称をつけて呼ぶことは一生許されない。
 それでも制した声には優しさが含まれていた。長い間、見守ってきた娘のような少女を労わる声音に、シルベチカの真白の瞳が波打つ。

「王命を頂きました。……私は最後まで……、最期までシルベチカを見届ける義務を賜ったのです」

「だからどうか、最期まで側に」 と、伝えたかったが声にならなかった。
 王命と言う建前が無くとも、ヘンリーはシルベチカと最期まで一緒にいるつもりだった。
 わざとそう言ったのは、シルベチカの拒絶を受けたくなかったからだ。
 王命と言えばシルベチカはそれに従う。
 だからと言って、額面通りに受け取って嘆くシルベチカでないことを、ヘンリーはこの10年で勝ち得た信頼で知っている。
 現にシルベチカは、真白の瞳を潤ませて、堪えるような小さな声音で「ほんとう?」と幼子のように言う。

「えぇ、シルベチカ」

 ヘンリーは、いつだって無表情だった顔を精一杯崩して微笑んで、「俺は生涯、貴女の騎士ですから」と、もう告げる事すらできなくなった言葉を飲み込んだ。


 それからヘンリーは、エドガーとマリと2人の部下を伴って、ただのシルベチカとなった彼女を連れて国を回った。

 髪をばっさりと切って、ただのシルベチカとなったシルベチカは、肩の荷が降りたせいか幼い頃のように純真で無垢なまま、美しいこの国をとても楽しそうに見て回った。

 町へいくだけで、あんなに楽しそうだったシルベチカだ。
 7歳と言う幼い頃から、王太子の婚約者として王都にばかりいた彼女にとって、ディシャールの国を見て回るという旅は、何よりも得難い時間だったに違いない。

「ヘンリー様、私……私ね、がんばってきてよかった……こんな綺麗な景色が見れるなんて思わなかったもの……」

 風光明媚な絶景が見れるという港町、リブレット公爵領のアレクシオの街を訪れた際、シルベチカがそう言って泣き笑いのような表情を浮かべた時、ヘンリーは「ええそうですね」と言うのが精一杯だった。

 これがご褒美だとでも言うように喜ぶ彼女を見ているのが辛かった。
 それでも、目を反らさずに彼女を見守ったのは、これが最期だと理解していたからだ。

 騎士の矜持だとか、王命だとかは関係なく、ただただシルベチカの最期に至るまでの全てを見届けたいと思った。
 もう、ヘンリー以外にそれができる人間はいなかったのだから。


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