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国王と、護衛騎士の回想
ディシャール国国王ディオール・ラヴァ・ランフォールドの悔恨 4
しおりを挟む「分かった、シルベチカ・ミオソティス・マスティアート。王命としてこの命をお前に授けよう。お前のその身、この国のために捧げよ」
ディオールがそう言うと、シルベチカはゆっくり微笑んだ。
「王命、承りました」と言って淑女の礼をする姿の、どうしようもない美しさに、ディオールは嘆息する。
「もしも、お前に願いがあるなら、その身を国に捧げてくれたことに敬意を表して、余が直々に叶えてやろう。何でも好きなことを望むと言い」
ディオールは当然のようにそう言った。
ディオールはシルベチカに、命と言うものを国のために差し出せと言っているのだ。
これくらいしてやりたいと思うのは、王として当然だろう。
シルベチカは少しだけ視線をさまよわせると、たった一言こう言った。
「……このことを、ユリウス殿下に知られずにいたいのですが、可能でしょうか」と。
*
ディオールはその日から、週に一度自称幽霊の相手をするようになった。
王太子妃教育を受ける必要が無くなった幽霊は、それでも王太子妃教育を受けていることを装うため、週に一度王宮にやってきている。
これから死ぬとは言え、何もしていない王太子妃候補を放っておくこともできず、散々検討した末にディオールは幽霊を執務室にいれることにした。
本来は、都合がつくまでのしばらくの間のつもりだったが、結局幽霊は追放が決まるまで執務室にやって来ていた。
最初は恐縮して小さくなっていた幽霊は、ディオールが戯れに話しかけるとよく喋った。
王太子妃教育は、もう十分に入ってると聞いて戯れに簡単な仕事を放って見れば、幽霊はとても楽しそうにその仕事をこなした。
「どうせ、しばらくしたら消えてしまう幽霊です。陛下のお好きにご利用ください」と可愛くないことを言うようになっても、ディオールは不思議と不快を感じなかった。
幽霊はいつだって、一方的に話をした。
悪役令嬢をはじめたけれど、息子に嫌われるためだから放っておいてほしいだとか、あまりの悪役令嬢っぷりに愛想をつかされはじめてるだとか、息子が恋に落ちた音を聞いただとか、他愛もない、けれど大事な話ばかりだった。
生意気で、不遜で、人目が無いからと、王であるディオールすら揶揄うその幽霊を、ディオールは幽霊だからと許した。
幽霊はますます楽しそうに話をした。
2年に満たないその時間はディオールにとって少し、特別な物になった。
話をするたびに、幽霊の叶えてほしい願い事は増えていった。
「悪役令嬢ごっこしてること、目をつぶってくださいね。きっとあの方が、罰してくださいますから」
「私がいなくなったあと、あの方が恋を選んだら、どうか許してさしあげてくださいね。必要な勉強は全て、私が教えておきますから」
幽霊の願いはいつだって、息子の事に直結していた。
欲があるように見えて、真実その欲は欲とすら呼べないものだった。
聖女になりたいかと言えば、幽霊は首を振って笑う。
「そんなことしたら、バレてしまうじゃないですか」と言って幽霊は困ったように笑うのだ。
2度目の託宣で、幽霊の運命の日が決まった。
教会から渡された書類を確認した幽霊は、困ったような顔で「門まで、王都からどのくらいかかるものなのですか?」と言う。
「門までは、馬車なら3日だが、騎竜を使えば半日だ」
「……そうですか。それじゃあ、ユリウス様の卒業式、参加できますよね?」
「……そうだな。1日あるから、騎竜を使えば間に合うだろう」
「よかった……私、ユリウス様の卒業式参加したかったんです。だってほら、卒業式だと式服を着用なさるじゃないですか! 最後に、あの方の立派な姿をこの目に焼き付けておきたくて……」
幽霊はそう言って、心底嬉しそうに笑った。
式服が何だと言うのだろう。ディオールにその価値は分からない。
けれど幽霊が望む数少ない願いであるなら、ディオールは叶えようと思った。
公爵はもう、娘の固い決意を見て見守ることに徹したようだ。
一度だけ、幽霊の将来の夢が何だったのか気になって、聞いたことがあった。
『お父様、私将来素敵なお嫁さんに、ユリウス様のお嫁さんになりたいわ』
もう叶うことはないその夢を公爵から聞いて、ディオールは後悔した。
期日まで、あともう半年に迫っていた。
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