悪役令嬢シルベチカの献身

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国王と、護衛騎士の回想

ディシャール国国王ディオール・ラヴァ・ランフォールドの悔恨  3

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 マスティアートの末娘を呼び出したのは、彼女が王妃教育で登城した日だった。

 王妃教育など、もう全て無意味になるのだと思うと、ディオールは目を伏せる。
 いや、これまでユリウスと婚約してからの8年全てが無駄になるのだ。それどころか未来まで無くなるという現実を、国の為とはいえ15歳の小娘に伝えなくてはいけないという現実に、ディオールは息をつく。

 ディオールはアクアマリンの瞳を細めながら、冷酷な王になる心積もりをする。
 この頃にはもう、マスティアート公爵は娘を失う覚悟を決めていた。
 古くから王家に仕える12公爵家の当代当主として、娘の命を差し出せと言う命に、頷く以外の選択肢を公爵は持っていなかったのだ。

 呼び出した公爵家の末娘シルベチカは、突然の呼び出しに困惑した様子ではあったがとびっきり美しい淑女の礼をした。
 15歳とは思えぬほど洗練された佇まいを身につけた娘に、酷なことを告げねばならないというと、ディオールは気が重かった。

 それでもディオールは国王だった。
 公爵には悪いが、国のためにこの娘の命を捧げてもらうことに、やはり躊躇など微塵もなかった。

 ディオールは、神官に説明させながら娘の様子を窺う。
 娘は説明を受けている間無反応だった。
 現実を理解できないだけなのだろうと、ディオールは思った。
 無理もない、ディオールだって、最初は悪い冗談だと思ったくらいだ。

 神官が丁寧に説明した後、娘は少しだけ俯いた。

「……発言をしてもよろしいでしょうか、国王陛下」と、娘は穏やかな声音でディオールに許しを求めた。泣いて叫ぶだろうと思っていたディオールは、少しだけ拍子抜けしたが、娘の発言が気になって淡々と許しを与える。

「これは王命なのでしょうか」

 その問いの意味が分からなくて、ディオールは眉根を寄せた。「どういうことだ」と再度問えば、娘は迷うように視線をさまよわせる。

「いえ……その」
「なんだ、申してみよ」
「……はい、陛下。……私はただ、この身を国のために散らすのなら、陛下直々のご命令を頂きたいと、不遜ながら思ってしまったのです。……どうか、私を哀れと思うなら、陛下直々のご命令として、この身に授けていただけませんでしょうか。そうしたら私は、誇りをもってこの身を散らすことができると思うのです」

 泣くこともせず、喚くこともせず、ただ祈るようにそう言った娘を、ディオールは驚いた瞳で見つめていた。

 公爵は、末の娘を15歳だと言っていた。
 7歳で息子と婚約し、8年王太子妃教育を受けたと言っても、ディオールの半分も生きていない小娘のはずだった。
 その15歳の小娘が、死ぬなら王命として死にたいと願う狂気を、ディオールは理解できなかった。

「……お前は、命が惜しくないのか?」

 気がつけば、ディオールはそう尋ねていた。
 その質問が、どれだけ残酷なのか、ディオールは発言してから気が付いたが、それでも問わずにはいられなかった。
 娘は、深呼吸すると真っすぐとした瞳でディオールを捉え、言葉を続ける。

「私は、8年王太子妃教育を受けました。
 その教育で最初に教えられたことは、王族となる者は、その身を粉にして国に捧げ、民を護り導く者だとお教えいただきました。
 その教えを受け、ユリウス殿下のよき伴侶となるべく、私は長く教育を受けてまいりました。
 その私が、この国のために命を捧げよと命じられて、どうして惜しむことができましょう」

 娘の声は震えていた。
 それでも、真白の瞳は凛としてディオールを見つめていた。

 真白の瞳の奥、底に揺らめく金の煌きを見てディオールは、ただ単純に、惜しいと思った。
 シルベチカ・ミオソティス・マスティアートという、これから死ぬ少女の命を惜しいと思った。

 まごうことなき王妃の器の持ち主を、こんな理由で失わなくてはいけないという事実に、ディシャール国国王ディオール・ラヴァ・ランフォールドは静かに目を伏せたのだった。


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