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国王と、護衛騎士の回想
ディシャール国国王ディオール・ラヴァ・ランフォールドの悔恨 2
しおりを挟む12公爵家と呼ばれる公爵家は、かつてこの国が建国される際に月の精霊王が遣わせた、12の試練をまとった精霊獣の末裔だった。
試練を終えて晴れて建国がなされた際に、12の獣は人の姿を得て、国に住む娘を娶って建国王と精霊姫に生涯仕えたといい、国民の間では伝説のように語られているが、概ね真実であった。
マスティアートの家は、その祖先が白き癒しの鼠だった。
その鼠は試練当時、小さな体で癒し手を担い、実りの牡牛フランディクシー家の祖先と共に建国王と精霊姫を翻弄したとされていた。最初に王と姫に忠誠を誓った精霊獣ともされていて、今なお12公爵家の上位に位置した尊き一族であった。
白き癒し手の鼠の姫と言われ、該当するのはマスティアート家の3人の娘たちに他ならなかった。
1番目の娘と2番目の娘は、もう既に嫁いでマスティアートの家から離れていたため、ディオールはすぐにマスティアートの家に生まれた3番目の娘だと理解し、神官の前で改めて詳しく話を聞くためにマスティアート公爵を呼び出した。
当初、ディオールは娘を教会に、修道女として捧げる程度だと思っていた。
息子との婚約は、解消することになって残念だったが、一生涯教会にその身を捧げるだけで、死ぬわけでもなし、むしろ国の為になれるのだから本望だろうとさえ思った。
彼は国王だ。
国の益の為、公爵令嬢とは言え娘一人の、これからの人生を捧げさせることに、躊躇はなかった。
けれど説明を求められた神官は、にこやか笑顔で「死にますよ」と言った。
「捧げると言うことは、その身を精霊神様に全て捧げるということです。
魂も、魔力も、心も全てです。
託宣にて決められたその日に、月への門をくぐることで、その魂をドロドロに溶かし、精霊様の糧となるのです。
糧となった者は、幸運です。
その御身は未来永劫、悠久の間精霊様と共にあるのですから」
にこりと微笑みながら、狂気そのもののような行いを口にする神官を、ディオールは恐ろしいものを見るような目で見つめた。
曰く、
精霊神は定期的に人の世に生きる者の魂と魔力と心を求め、贄を欲するという。
曰く、
その贄は、月への門をくぐった瞬間永遠の眠りにつき、精霊神は1年かけてその魂と魔力と心を溶かして摂取すると、空っぽになった骸だけを返すという。
そして曰く、
その贄を捧げないと、100年精霊はその力をこの国から奪ってしまうという。
ようするに、これは、精霊からの生贄の要求だった。
最初に激怒したのはマスティアート公爵だった。
可愛がっている末の娘の命を要求されたのだ、公爵の怒りはもっともだった。
ディオールはすぐにその裏付けの調査をした。
神官の話を一方的に聞いて、公爵に最愛の娘を捧げろと言えるほど、ディオールは王として愚かではなかった。
ただ、調査すればするほど、神官の話を裏付ける証拠ばかりが出てきた。
特に、300年前に一度精霊の力が失われた時の文献は顕著だった。
贄に選ばれた少女は、その当時の国王が愛した下級貴族の娘で、娘の命を守りたいと望んだ王は、よく似た代わりを宛がってごまかそうとしたようだったのだが、精霊神はすぐにそれを見抜き、代わりの娘は月への門をくぐる事も許さなかったらしい。
よって、精霊の力は失われ、国は大混乱に見舞われた。
その時は力が失われてすぐに、本来の贄を捧げたから、精霊の力が失われたのはほんのひとときで済んだと文献には書かれていた。
最愛を失った王は、とても苦しみ悲しんだとも記されていた。
ただディオールに分かったのは、神官の言葉が真実であると言うことと、まだ15歳だというマスティアートの末の娘に、国王であるディオール自身が「死ね」と告げなくてはならない現実だけだった。
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